センチメンタル熱海 9 初島
私は坂を登って出勤する。
たった5分の通勤時間は
吐き気と孤独感と絶望感が混ざった拷問だ。
しかもこれを1日2回繰り返す。
まさに地獄のような時間だ。
坂を登り切ったところの建物と建物の間から、
初島が見える。
朝日を受けた島影は神々しく、
一瞬だけ私の気持ちが晴れる。
夕日を受けた島影は琥珀色に染まって、
こころ安らぎ、
夜はささやかな明かりがキラキラと
星の様で和んだ。
初島を見る一瞬だけ、私が私に戻れるのだ。
ああ、あなたがいてくれてよかった。
雨や曇りの日に島影がぼやけても
その美しさは私の心に届く。
以前初島には行ったことがある。
お魚の定食を食べ、散歩をし、
ハンモックに寝て、温泉に入った。
しかし、
その初島と今眺めている初島は別もので
休みの日に行こうとは思わなかった。
いつもそこにいてくれる。
その事が大切で、
その美しい姿に心奪われることで
私の心が辛うじて保てた。
初島がなく、ただ水平線だけの海原だったら
私は狂っていたかもしれない。
こちらとむこう。
この意識の軌道があるだけで
生きている実感がある。
熱海の街は海のむこうの初島を含めて熱海だ。
元の温泉も本当は海上にあったし、
日もそこから昇り、月も出る。
なぜ私はこんなに
初島に神を感じるのだろう。
私は今日も心を初島に飛ばして、預けて、
空になった骸で働く。
あなたがいてくれて本当によかった。
今日もあなたは美しい。