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ヴェネツィアに学ぶ町全体でデジタルノマドを誘致する生き残り作戦〜長期滞在のリモートワーカーが鍵を握るまちづくり

※この記事は2022年6月19日公開のものです。


「まちやど」という仕組み

最近、「まちやど」という言葉をよく耳にする。すでに町にある施設、例えば飲食店、リノベーションした家屋、銭湯、文化教室、土産物屋、レンタサイクルショップなどなどを連携させて、町全体を一つの宿として宿泊客に提供し、一過性の観光ではなくローカルでの生活を疑似体験する仕組み。

消費より体験を重視する現代の特に若い世代の傾向にマッチしているし、何より地域の資産を組み合わせて再活用することでローカルの活性化にも有効だ。

図式化するとこういうこと。

(画像出典:日本まちやど協会)

国内でよく例に出されるのは、東京谷中のhanareだろう。(注:同じ名前のコワーキングが東京と埼玉にあるがそれではない)

hagisoと呼ばれるこれまたリノベーションした建物の中にレセプション(フロント)とカフェがあり、宿は別棟にある。お風呂は近所の銭湯を使い、食事も街中の飲食店を利用する。そうして町にある施設をつないだネットワーク全体を「hanare」と呼んでいる。

ホテルを目的地にするのではなくて、その町を訪ねてそこで暮らす人たちとの結節点としてまちやどを機能させることを意図している。宿と観光地を行き来するだけでなく、その地域を回遊することがポイント。そうすることで、町に活気が生まれる。要するに、単なる観光業ではない文脈でまちづくりに加担しているワケ。←ここ、大事ですね。

先日書いたこの記事で紹介した泉佐野のコワーキングCOMMUNEも、いずれ宿泊施設とコラボすることが予想される。それが引いてはまちやどとして町全体に波及することも有り得そうだ。

ちなみに、一般社団法人日本まちやど協会のサイトには、現在22ある各地のまちやど情報が掲載されていて、これらのまちやどをつないで順次訪ねていくツーリズムも計画しているとのこと。

まちやど日本のハシリは香川県の仏生山のまちぐるみ旅館らしいが、hanareもまちぐるみ旅館も元々建築家が発案していて、ハコではなくランドスケープとして町をデザインしていることにも注目しておきたい。そういう町をパーツごとではなく全体で見る「俯瞰」のセンスが必要。

こうした町全体で宿泊施設として機能せしめ、地域そのものに泊まるという考え方の元をたどると、イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ(分散したホテルの意)に突き当たる。

と思ったら、日本語の公式サイトがあった。さすが。

イタリアで長年まちづくりに携わってきたジャンカルロ・ダッラーラ教授の提唱によるもので、1976年に北イタリアに発生した大地震で廃村の危機に瀕した集落の復興のために発案したらしい。そう、災害は悲劇ではあるが、人間が知恵を出し合い、新しい価値を生む機会でもある。

そんな中、まちやどやアルベルゴ・ディフーゾと似た発想だがもっと進化した、デジタルノマドに特化したある取り組みが、これまたイタリアからスタートしようとしている。

ヴェネツィアのVenywhereは長期滞在ワーカーを全面サポート

ヴェネツィアは人口26万人の観光都市だ。いや、だった、というべきかもしれない。ご多分に漏れずこのコロナ禍のおかげでさまざまな苦境を味わっているが、「だった」というのは、昨年12月から新しい試みに取り組んでいるからだ。

カ・フォスカリ大学とヴェネツィアの文化遺産を保護する非営利団体であるヴェネツィア財団によって立ち上げられたVenywhereが、それ。この名前がいいですね。(※現在はまだβ版にて試運転中)

長らくフィレンツェもオーバーツーリズムに悩まされてきたが、コロナ禍をきっかけに観光客からの収入に頼るのではなく、多様な収益モデルを創案するとともに、中心部の人口を回復させようと動き出したのが、昨年の4月。

ポイントはデジタルノマドにフォーカスしていること。←ここ大事。めちゃ大事。めちゃくちゃ大事。

カ・フォスカリ大学の経営学教授であるマッシモ・ヴァルグリエン氏は、「パンデミックによって、移住を希望する高い技術を持った人々が大量に生まれている」と語っている。曰く、

パンデミックが仕事の世界に与える破壊的な影響は、ベネチアの慢性的な頭脳流出に対する解決策になると考えています。これは、ベネチアを再植民地化する方法なのです。

「再植民地化」とは刺激的。教授の言う「移住を希望する高い技術を持った人々」とは、ぼくの解釈では「移働」者のことだが、つまり、フリーランサーやリモートワーカーを念頭に置いて(←何度も言うがここ大事)、海外からのワーカーがヴェネツィアでの生活をより快適に過ごせるよう、とても手厚いサービスを提供している。

凡百なリモートワーカー向けプログラム(例えば旅費を補助するとか)とは違って、Venywhereは入居希望者に現金を提供することはない。←これ、ありがちですね。ではなくて、ヴェネツィアに移住を希望するデジタルノマドに、ここの生活に溶け込めるようなさまざまなコンシェルジュサービスを提供する。

例えば、こんなこと。

・現地のSIMカードの調達
・銀行口座の開設
・仕事の状況に応じたビザの手配
・現地の税制の理解
・健康保険の手配
・公共交通機関の利用方法
・語学レッスン
・買い物や社交に最適な場所の推薦 など

と至れり尽くせり。先に言っとくが、日本の観光協会などでここまでやってるところはないだろう。そもそも「観光」という視点ではないから当然だが。

さらに、海外からのワーカーに代わってアパートメントを閲覧し、市内での新居探しをサポートしている。デジタルノマドにとって、3~6ヶ月の短期賃貸契約を最高の立地で見つけることはなかなか困難。ここは地元のサポーターがいればこそだろう。なので、大いに助かる。

で、それぞれがバラバラに点であるのではなく、前出Venywhereというシステムの上でワンストップで対応している。←ここが秀逸。点ではなくて線で結び面で受ける仕組みを作っている。

これを作り上げるには相当手間はかかるが、ユーザー側に立てばここですべて完結するほうが使い勝手がいい。でも、意外とそうできていないケースが多い気がする。日本でも。見落としているのか、手が回らないのか、手を抜いているのか。

そして、当然、コワーキングスペースも用意されている。これがまた、芸術の町ならではで、スゴイ。

Venywhereのコミュニティメンバーは、コワーキング用に改造されたヴェネチア周辺の素晴らしい建物に設置されたワークデスクを利用できる。例えば、ここはGAD (GIUDECCA ART DISTRICT)という現代アートセンター。歴史を感じる。

(画像出典:Universes in Universe) 

ここは、FONDAZIONE BEVILACQUA LA MASA 1。かつてはヴェネツィアの芸術家が住んでいた宮殿ですって。

(画像出典:Nicelocal) 

そしてこれが、FONDAZIONE BEVILACQUA LA MASA 2という、ルネッサンス期の修道院。ひえ〜。

(画像出典:Biennale di Venezia) 

Venywhereをヴェネツィアの文化遺産を保護する非営利団体が起ち上げているのは、こうした歴史的施設の保存の意味もあるからに他ならない。発想の転換と言うべきか。これを日本で考えたらどうだろうか。

何百年も続く寺社仏閣で、座禅を組ませたりや精進料理を食わせるだけではなく、つまり「その時だけの関係」に終止するのではなく、長期滞在者のワークプレイスとして施設を提供することは、その地と長い縁をつなぐという意味でも有意と思うのだが。

さらにイタリアは、今年初め、経済の多様化を図るため、EU圏外の国民を対象とした1年間のデジタルノマドビザを導入することを発表した。そう、EU圏外からの長期滞在を促している。←ここ大事ですよ。

それに関してはこちらを参照。

ちなみに、個人のデジタルノマドだけでなく、グローバル企業の社員にも滞在の機会を提供している。

多国籍ハイテク企業であるシスコは、社員のキャリアへの期待や働き方がどのように変化しているかを探る「リビングラボ」プロジェクトを立ち上げ、Venywhereのスキームを利用して16人の社員がヴェネツィアを拠点に活動している。

個人と法人の違いはあれど、ここで共通してるのはいずれも観光客ではなく「ワーカー」を対象にしていることだ。もちろん、観光もするが、それはおまけであってもはや目的ではない。

訪れた先で滞在しながら仕事もする。そういうライフスタイルを良しとするワーカーが世界中に増殖していることを踏まえて、町ぐるみでデジタルノマドを受け入れる体制づくりが進められている。この時代感覚に倣いたい。

日本の地方都市がやるべきことは、形ばかりの(たった2〜3日の)ワーケーション・プログラムを「人を移動させることだけが目的」の観光業界に丸投げするのではなくて、こういう長期滞在型ワーカーの受け入れ体制を自前で構築することだ。そこにローカルのコワーキングが大いに役立つ。←ここが大事。

小さな単位で回すことがポイント

ここでのキーワードは「滞在型」だが、うまく運用するためのポイントはその規模、スケールだと思う。

ヴェネツィアは人口26万人だと書いたが、それぐらいのボリュームの町単位で仕掛けることで、小回り良く、細部に目の行き届いたサービスを提供できる。

日本でも人口10万〜30万人ぐらいのボリューム感のある町に可能性がある。ちなみに、ぼくのいる神戸市の人口は153万人だが、これでは多すぎ(大きすぎ)て、たぶん満足な対応はできないだろう。中央区は127,000人だから、これぐらいの規模で考えるのが妥当かと思う。県や市より、町中のいろんな事業者をネットワークしやすい。ついでに、神戸市中央区もデジタルノマドビザを独自に発給すればいい。

と書いてたら、城崎温泉で開発合宿してきたコワーカーさんと話す機会があった。調べたら、城崎温泉の人口は3,500人余。温泉地の長期滞在はデジタルノマドにとっては理想的だが、もともとコロナ禍前から世界中から観光客がやって来ていて、浴衣に下駄履きで町中をそぞろ歩きしながら、7つの外湯を気の向くままハシゴして浸かるのが城崎の醍醐味。

これもまた、まちやどと言えるかもしれないが、これからはヴェネツィアのように自分の時間と仕事を自分でコントロールできるデジタルノマドに焦点を当てたプログラムを打ち出すのが吉。絶対間違いない。

そう言えばぼくも3年前に「コワーキングツアー Vol.16 〜兵庫五国連邦、その山側を往く編〜」で、城崎温泉にはおじゃました。その際、このカフェの2階にコワーキングスペースを作るとか作らないとか話があったと思うが、その後、実現していないみたい。もったいないなぁ。

※以下、追記。
で、ここでひとつ提案がある。

まちやどのレセプション、もしくはフロント業務をコワーキングがやるのはどうだろうか?

その地域にある宿泊施設や飲食店、それとローカル色豊かなコンテンツを網羅して、リモートワーカーの長期滞在をサポートする。その町の入口である受け付けを担うことで、コワーキングもまちづくりに関与する。

世界のデジタルノマドは、滞在先で何を一番最初に探すと言えば、実は宿よりワークスペースであるkとは意外に知られていない。が、そうなのだ。仕事ができる環境を一番最初にチェックする。正直、宿はなんでもいい。だから、コワーキングスペースがフロントになってるほうが彼らにとっても都合がいい。

まして、最近はゲストハウスも併設しているコワーキングがあるが、そういうところなら割とすんなりできそうに思う。

例えば、愛媛県八幡浜市のコダテルも古民家改造型のコワーキングだが、2階に宿泊できる。コダテルのことは、デジタルノマドに滞在してもらってみかんの収穫期を乗り切ったことを含めてコワーキングプレスに書いてるのでぜひお読みください。

ただし、宿泊して仕事すること以外に、前述のVenywhereのように、滞在中に考えられるあらゆる課題をサポートする体制が理想だ。場合によっては、そこを自治体とコラボすることも必要だろう。もしかすると、その過程で町としてデジタルノマド・ビザを発行することになるかもしれない(これ、結構マジに考えている)。

※追記、ここまで。

最後にもうひとつ。

ヴェネツィアでは今年の夏から観光客数をコントロールするために、日帰り観光客に最大10ユーロの入場料を課すことを計画している。入場料!スゴイ。

今月から半年間、試験的に予約システムを導入し、来年1月から本格的に実施するらしい。関所でも作るのかと思ったが(まさか)、そこはシステムを用意する。

ヴェネツィア市長によると、「この難しい実験」を行うのは「世界初」らしい。しかし、こう宣言することで「良質」なツーリストだけに対応する、という、横並びではない明確な意図が伝わる。←これも大事。

地方の時代と言われて久しいが、お上の意向に沿うばかりではなく、当事者であるローカル自身がどう考えるか、という意思表示が日本の地方に欠けているのではないか。

小さな単位で、対象を絞って、文字通り「町単位」で動くことが、サステナブルなまちづくりにつながる。大都会のコピペはもう要らない。ローカルはそれぞれ個性があるのだから、テンプレートは自ら作ればいいのだ。

ということで、次のコワーキングツアーは温泉もスケジュールに入れておこう。

それでは。

(Cover Photo:Universes in Universe)

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