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侘び寂びの意味を知る

リラックスする方法というのは、人それぞれあるのではないでしょうか。とにかく身体を休める人。身体をメンテナンスする人。美味しいものを食べてリフレッシュする人。自分で考えるベターな方法でリラックスしようとしているんだと思います。私のベターは目の保養が一番効果的ですので、自分が疲れたなと感じると、目の保養に出かけるわけです。
特に自然を目にするというのが良いと思ってますので、景色を見ることが好きです。なのでなるべく自然豊かなところに行くのですが、


歳を取ってきたのか、今回は少し違ったようでした。


もちろん結果として癒されなかったのではありません。今回も本当にリフレッシュすることが出来ました。しかしながら今回明らかに違うと感じたのは、何も考えずにその景色を見るという事ではなくて、


侘び寂びを考えることが出来たことは収穫ではないのかなと思います。


侘び寂びというのは、日本特有の美意識であり、「侘び」とはつつましく、質素なものにこそ趣があると感じる心のこと。一方、「寂び」とは時間の経過によって表れる美しさを指します。この世のものは時が経つにつれ汚れたり、欠けたりして変化しますが、それを劣化と否定的にとらえず、変化が織りなす多様な美しさを「寂び」と呼ぶらしいです。


簡単にいうと、足りないものがあっても肯定するということらしいです。



寂の代表的の枯山水です。

勉強不足な私としては、これが何を意味するのか分かりません。一度専門家に聞いてみたいなと思うくらいですが、意味がわからなくても綺麗だなと思う気持ちは分かります。足りないものがあっても、見せ方で美しいと感じさせることは出来る。日本人独特の考え方ですが、これってとても大切なんだと気付きました。


これも単なる景色と言えば景色です。紅葉が全盛だとしたら見え方は違うはずです。ですが枯れつつある風景でも、それはそれでまた寂を感じることが出来ました。


公園の中の庭園です。

全体を見ることで美しさを感じることが出来ますが、こういう枠を通して見ることによって、また違った見え方にもなります。足りないものを見せ方で補うって、


ものすごく大事だなと感じさせてもらいました。


床紅葉を見た宝徳寺で、ある言葉がありました。

はじめはなるほどと思っただけでした。

紅葉も確かに綺麗です。ですがこれが違っていたとしても、夜ではなくて昼であったとしても、その見せ方。侘び寂びの心を持てば、見え方は違います。
日常生活でも同じことです。私たちは足りないものだらけです。ですがそれを寂として肯定して、見せ方を変えれば、


それは武器になるってことです。


いつもと違う見え方を感じられた今回で、物の見方や考え方を、少しは変えることが出来たかなと思うことが出来ました。

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