
バラシ
同部屋の隅の壁にもたれて座って文庫本を読んでいる丸坊主キツネ目の男を見ていると、目が合ってしまったので慌ててそらした。
「新入りさん」
話しかけられてしまった。
「お名前は?」
「あ、田口って言います」
「なにしたの?」
「え、あ、まぁ、強盗?ですかね」
「あー、いま流行りの!」
畳に仰向けに寝転んでいた別の五分刈りの男が起き上がって会話に入ってきた。
「あれでしょ?闇バイトってやつでしょ?」
「あぁ、まぁ、そうですね」
「どう?ゾクゾクした?」
「いえ、なんかもう、怖くて、脅されたりもしてたんで、やめたかったんですけど、やらなきゃって感じで、捕まっちゃいました」
「なるほどね、テレビで言ってた通りだ」
丸坊主の方を見ると、また文庫本に目を落としていた。
「えっと、皆さんは何をされたんですか?」
聞かれたから聞き返しただけなのだが、一気に緊張が走ったのが見えた。丸坊主は一切こちらを見もしない。気まずい5秒の沈黙を切ったのは五分刈りだった。
「…ま、まあいいじゃねえか!あー自己紹介がまだだったな、俺は島井、よろしくな」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「田口」
「はい?」
「俺も田口」
「あ、え、田口っていうんですか?同じなんですね」
丸坊主も田口というらしい。僕が名乗った時点で言えばよかったのに。あと五分刈りの島井もその時点でむくっと起き上がって指摘するのが自然なのに、このことからどこか島井は丸坊主の田口を恐れているように思えた。
そんなことをあぐらの間の畳を爪でかきながら考えていると、タバコのニオイがしてきた。見ると田口が堂々と吸っていた。
「え!」
思わず声が出てしまったが、田口は微動だにしない。
「どうかしたか?」
まずい!看守の声!
しかしそれでも田口は構わず喫煙読書をしている。外から部屋の中を見られたはずなのに、なんのお咎めもない?
「田口さんは特別なんだよ」
僕の疑問顔に島井が小声でそう言う。なるほど、田口は看守も手玉に取っているのか。海外ドラマでしか聞いたことないことをしている。
いったい何者なんだこの田口という男は…
夕食の時間になり、見よう見まねで食堂で黙々と食事をしていたら、怒号がした。見ると遠くの席で2人の受刑者が揉みくちゃになっている。看守がすぐさま止めに入るが振り払われ、カッとなった看守が受刑者を殴ったように見えた。それを皮切りに他の受刑者も1人2人3人4人…と看守に飛びかかり、またこんな海外ドラマみたいなことが日本であるんだと驚いたが、急に嘘みたいに事態がおさまった。全員の視線の先に立っていたのは、田口だった。田口が何かボソボソと言うと、何事もなかったかのように看守を含む全員が定位置に戻った。
翌日の昼休み。朝起きて部屋で見て以来、食堂でも、作業中も、田口を見かけていない。不思議に思い、部屋で鼻をほじっている島井に尋ねた。
「田口さんっていまどこにいるかわかりますか?」
「あー、釈放されたよさっき」
「え!」
気付くと僕は部屋を飛び出して中履きのまま運動場へ飛び出し、フェンス越し5mほど先に刑務官と私服に着替えた田口の後ろ姿を確認した。
「田口さん!」
田口が足を止めた。
「田口さんは何をしたんですか!?教えてください!」
「あぁ、」
「田口さん!!言っちゃダメだ!!」
声に振り向くと、島井が立っていた。
「、バラシ」
田口の答えに、島井が膝から崩れ落ちた。
「バラシ…?」
田口が振り向かずに続けた。
「バラシっていうのは、主にお笑いのコントで使われる技法で、序盤にそのコントの核となる設定をあえて言わずに隠しておいて、中盤ないし後半でその設定を明らかにして、観客の笑いを最大限に誘うやり方。2年以下の懲役または30万円以下の罰金」
「…いや、いや、、、」
「やめろー!!言うなー!!田口ー!!」
「、、、バラシで捕まるかー!!なんでコントの笑いの取り方の一つで逮捕されんねん!!おかしいやろ!!そんで2年以下の懲役って!!お前ずっと無期懲役みたいなツラしとったんなんやねん!!バラシで2年以下の奴が看守丸め込むな!!バラシで2年以下の奴がタバコ吸ってケンカ止めんな!!ミステリアスな感じだけ出しやがって!!そんでなんやねんあれ!?おんなじ田口なんやったらすぐ言えー!!ちょっともったいぶって時間差で言うのもバラシの手癖が出てるってことか!?なんやこの考察!?きっしょ!!いらんいらん!!変に意味だけ含ませんな!!サッと言えサッと!!日頃から物事をあらゆる日々の物事をサッと言う練習をしろー!!」
ぜえぜえ息を切らしていると、刑務官が田口をくるっと半回転させ、刑務所の方へ押し戻していった。
「あーまた2年、田口さんと一緒か」
島井が頬を赤らめてそう言った。
「…え、あ、え!いまのもバラシに入るんですか!?」
「ふふ」
「うわ、そっか、僕が止めたせいで…」
「まぁそう落ち込むなよ」
「…なんでちょっと嬉しそうなんですか?」
「え?」
「っていうか島井さん、田口さんのバラシ癖を知ってたなら、なんで釈放されたこと僕に教えたんですか?」
「えー?」
「わざと僕が田口さんの罪名を気になるようにし向けて、焦らして焦らして、溜めて溜めて、わざわざ刑務官の前で田口さん自らがバラすように導いたんじゃないですか?」
「んー?」
「そしてその引っ張りに引っ張られた挙句の罪名に拍子抜けした僕がツッコむことで、完全に『コントとしてのバラシ』を成立させた…?」
「…」
「島井さんの罪名って、ひょっとして…」
「あ、わかった?」
「伏線回収ですか?」
「へへ」
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