ハリガネムシ

「なんだこいつ！？気持ちわりぃ！」

早朝、声の方を見ると、人だかりができていた。そこを覗きに行って「いやぁ！」と小走りで引き返す人たちもちらほら見えた。気になって近付くにつれ、その人だかりの中心には倒れている人がいるっぽく、にしては輪が妙に広い気がした。各々が本能的に安全圏を保っている感じがした。野次馬心と本能の折衷案といった感じ。さらにその野次馬に輪は徐行運転のスピードで気持ち広がっていっており、応じて人と人の隙間も広くなることで中心人物の胴体がぴくぴく動いていて死体とかではないことが確認できた。死体に向かって「なんだこいつ気持ちわりぃ」と言う人はいないし、瀕死状態の人に言うのもありえない。ちょっとぐるりと輪の外周を辿って見えやすい角度を探すと、黒い太いウネウネした蛇のようなものが見えた。蛇？まんま蛇か？蛇に噛まれたのか？「なんだこいつ気持ちわりぃ」は蛇に向かってこの中心人物が言ったことであり、その後すぐ噛まれて瀕死状態になった？あともうちょっとで見えるといったところで徒歩の警官が2人やって来て「はいあけてくださいあけてください」と慣れた様子で言って野次馬の輪がひらけた。警官の背後に続く形で輪に合流して背伸びして覗くと、「えっ！」と警官と同時に声を上げてしまった。

仰向けに倒れているホスト風の男、男のお尻の穴と思われるところから、さっき見えた黒いウネウネの蛇のようなものが出ている。ゆっくり、しかしどんどん出続けている。体内？から出た後もウネウネと意思を持っている感じで蛇というよりミミズのような、そうか、寄生虫か。カマキリの寄生虫、ハリガネムシ、まさにハリガネムシ。小学生の頃、学校の校舎と校舎を繋ぐ露出した1階の渡り廊下で、他の男子らが傘とかでカマキリをわざと瀕死状態にさせて、お尻からハリガネムシを出しているのを見たことがある。当時はそれが寄生虫だとも知らずになんか気持ち悪いけどカマキリはそういうものなんだと思うくらいで、大学くらいのときに探偵ナイトスクープでカマキリのハリガネムシの回があって、水槽の水にカマキリのお尻をつけると黒いのがにゅーーーーーーっと出てきたのを見て、あれがハリガネムシというものだったんだと認識した。それが人間に？人間から？太さはカマキリのそれより太い。蛇だと思ったほどの太さである。だからといってというかなんというか、誰も何も警察もどうしていいのか分からず呆然と唖然とその黒いのがウネウネと出続けるのを見るしかなかった。少しずつ少しずつ後退りながら…

「あ、あの、あの人たちです、あの2人です、あの2人がこの人を殴ったり蹴ったりしてて、」

沈黙を破ったのは、僕の斜め右前にいた女性で、目の前の警官に喋りかけた。警官は2人とも数秒なんのことか？みたいな表情をして、あーと立ち直り、「あの人たちですか？」と指差し確認をして、いまだピクピクしている中心人物の頭側に立ち尽くしているホスト風の2人のもとに話を聞きにいった。最短直線距離ではなく、気持ち迂回する経路で移動した。黒いウネウネは伸びるほどに変則的な しなり を繰り出すようになっており、その都度「おぉ！」「きゃー！」と声が上がっていた。

「いやそんなことどうでもよくないですか？これはなんなんですか？」

加害者のホスト2人がなんか正しいようなことを言っている。

「皆さん、危険ですので離れてください、あとはこちらでやりますので」

そう言った警官2人は言ったこととは逆にホスト2人を連れて交番の方へ行ってしまった。

え、行ったでおい、持ち場離れたでおい、の空気が充満し、言われた通りもう帰る人たちもいて、野次馬の輪は最後まで見届けたい半数ほどになった。なんか映画館のエンドロールを最後まで見ない人くらい帰る人たちのことが信じられなかった。

「うわっ」

誰からともなく声が上がり、見るとその黒いやつが完全にホストの尻から出切って、その場でウネウネと動いていた。出る瞬間を見逃して悔しかった。なんで肝心な場面で映画館の光景にふけっていたのか。悔しい。しかしスマホで動画を回している人がいたので、もしこの一連が終わったら話しかけて見せてもらおうと思った。たぶん同じ決勝のワールドカップかなんかの試合を見た同志のようなものだと相手も思ってくれるだろうから、この場合は知らない人にも話しかけれると思った。黒いのは出切ってからはわりと、出続けているときよりは派手にしなったりすることもなく、徐々にくたびれてきているように見えた。本当にあのときのカマキリのやつと同じように。

救急車が到着した頃には、微動だにしていなかった。黒いのもホストも。そういえばホストの方の心配をしていなかったことに、救急隊員の処置を見て気付かされた。

あっ、スマホの人もう帰ってた。でもまぁ、見る気も見る資格も自分にはないと思った。