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昭和生まれの宗教2世がデパコスカウンターデビューした話

化粧という言葉に対して、ポジティブな気持ちになれなかった。
私にとって化粧は、「マナー」であり、「相手に失礼のないように自分の粗を隠すもの」だからだ。

母は集会の前に化粧をしながら、「エホバに失礼のないように、汚い肌を隠さないと。あなたはまだ若くて綺麗なんだから必要ない。」と口癖のように言っていたし、未信者の父親は父親で「親からもらった体をいじるなんて」と、眉を整えるだけで嫌味を言ってくるような人間だった。

おかげでろくに化粧をしない芋大学生をしていたけれど、就活を始めた頃、就職支援センターのおばちゃんに「あなた、もうちょっときちんとお化粧をしないと。あとパンツスーツじゃなくてスカートを履きなさい、ヒールももっと高いの持ってないの?」などと長々とご助言をいただいたため、
ドラッグストアで適当にファンデーションとアイブロウと口紅を買って、顔色が悪いとも言われたからチークも買って、塗ればいいんだろ?!と逆切れしながら、それはもう適当に塗っていた。理不尽だとは思いつつ、もう考えるものめんどくさくなっていた。

スカートを履くようになり慣れない7センチヒールで足が変形し始めた頃に内定が出るようになり、幸いあまり化粧が必要ではない職種に就き、しばらく働き、結婚のため退職、実家を遠く離れて専業主婦になった。宗教との決別は、またいつか別の記事で。

夫も見た目にこだわりのない人間なのでゆるく過ごしていたけれど、いわゆる育児アカウントで長くフォローしている人にお化粧が大好きな人たちがいて、今度の新作がかわいいとか今日のメイクはこんな風にしてみた、などといつも楽しそうなので、
そうかお化粧って楽しめるものなのか、ととても新鮮に眺めていた。
そういった人たちの影響で、ときどきネイルをしてみたり、ドラッグストアで新しい口紅を買ったりして、自分の雰囲気が少し変わるのは、なるほどけっこう楽しかった。

下の子も入園して、妊娠出産で迷子になっていた人権を取り戻しつつあり、同時に端々に老いを感じるようになり、自分のことをもう少し大切にしようとしてもいいのかもしれない、となんとなく思いはじめたのが最近。スキンケアとかヘアケアを丁寧にしてみたり、今までしてこなかったことにも挑戦したいと思えるようになってきた。シルクのナイトキャップも導入した。あれけっこういいね。ずっと適当にしてたくせにアラフォーに片足突っ込んで今さらのような気もするけれど、そういった自分の中から聞こえてくる呪いの声には黙っといてもらうことにして、ちょうど仕事も始めたところで自分のお金も少しできたので、ずっと気になっていたいわゆるデパコスというのを試したいという気持ちが芽生えていたのであった。
ドラッグストアで買うプチプラと何が違うのだろう、きっと高いというだけではないのだろう、と漠然とした憧れがありつつ、手が出せずにいたデパコス。今まで欲しいと思うことすら恐れ多いと思っていたけれど、試すなら、今だと思った。

しかしまだ問題はあって、まずはあのコスメフロアに漂う香り。多分好きな人はすごく好きなんだろうけど、正直あれがものすごく苦手。
某キラキラ石鹼屋さんの前を通るときも息を止めるし、不意打ちだとむせてしまう。あとは色んな意味で眩しすぎる。沼から這い上がってきたような人間なのでキラキラしたものは基本的に苦手だし、あの白っぽい照明も眩しすぎて頭痛がする。

夫はデパート大好きで服や靴もデパートで買う人間だから、結婚する前から時々ついて行っていたけれど最初はあの高級な雰囲気がしんどくて、長時間は滞在できなかった。何度も何度もついていくうちにようやく慣れてきたけど、コスメフロアだけはなるべく避けて通り、通らざるを得ない時は速足で通り過ぎていた。

ここまでで、いかに私がデパコスに縁のない人間であるかということが少しは伝わっただろうか、そのくらい私には無理な場所だったのだ。

しかし、近々娘の七五三の撮影を控えているタイミングで、美容院を予約したり服を買ったりしていると、化粧も少し変えてみてもいいかもしれないな…とぼんやり考え、いつものように脳内をツイッターに垂れ流していると、いつも楽しそうにお化粧をしている人が話を聞いてくれるというので、少し相談してみた。
ファンデーションとかは正直まだよくわからないので、一番ぱっと雰囲気が変わるであろう口紅を、なにかあたらしいものをつかってみたかった。
こういうのが合いそう、と教えてくれたものがとても気に入ったので、街中に出る機会があった日に、勇気を出してコスメフロアに足を踏み入れてみた。

瞬間、ウッとなる香りにおそわれて、これはアカンかもしれん、と後ずさりしそうになったけれど、とりあえず目当てのブランドのところまでは行ってみよう、と息を止めながらカウンターまで行ってみると、奇跡的にそのカウンターの周辺は香りがきつくなかった。あとイメージカラーが黒で助かった。眩しくなかった。(物理的に)
待ち時間が少しあるということで番号札を受け取り、静かに口で呼吸しながら一通りフロアを回ってみることにした。照明は全体的にそこまで明るくなく、間接照明だったこともあってそこまでしんどくはならなかった。

聞いたことがあるブランドから、全く知らないブランドまで本当に様々で、観察してみると当然だが特徴が全然違う。
バッキバキに武装して戦闘力10000000みたいな雰囲気のカウンターもあれば、スンっとした静謐な雰囲気のカウンター、フレンドリーなカウンターなど、これは自分の好みで選んだらいいんだろうなあ、などと極めて月並みな感想を得たが、自分の「好き」をきちんと自覚して来なかった身としては、やはり新鮮だったのだ。男性のBAさんがいるブランドもあり、心底驚いた。そうかそういう時代になったのか。大いに歓迎したい。

目当てのカウンターは上品ながらほどよくフレンドリーで、BAさんたちのお化粧も華やかすぎず好みだった。こんな化粧では全然ダメです、などと怒られるのを恐れていたけど、こういったところに来るのは初めてで、友人がおすすめしてくれたこれを試したくて、と伝えるととても喜んでくれて、いろいろ教えてくれた。
ファンデーションやチークも塗ってもらったけれど、まだちょっとよくわからなくて、結局友人におすすめされたものとよく似ている口紅を購入し、カウンターを後にした。

小さくシンプルだけれど意思のある紙袋を持ってデパートを歩くのは、なんだかとても、誇らしかった。
私もデパートのコスメカウンターで買い物ができたんだ、していいんだ、と、大げさかもしれないけれど、そう思った。
化粧について今まで私にいろいろ言ってきた亡霊たちが、ようやく成仏した気がする。

自分の意志を持つことを許されないロボットとして育ったけど夫と出会ってからようやく人間になり、自分の人生を歩みはじめたと思っているけれど、今日また大きな一歩を踏み出した感じ。

自分で自分の人生を生きるのは、たのしいな。


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