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【感想】マチルダアパルトマン「ばいびー、23区の恋人」《駅前劇場ver》

上級者向け人間ドラマ風シュールコメディ。

これは間違いなく人間ドラマを描いた演劇作品だ。しかし同時に、限りなくコントに近い。しっかりと笑えるし、じんと来るシーンもあるし。良い意味でカテゴライズの難しい作品だった。

地雷のような主人公

まずプロローグが衝撃的だ。
主人公と思われる女性が出てくるが、嫌悪感しか抱かないのだ。台詞も、言い方も、雰囲気も、とてもじゃないが好感が持てない。「え、この女の話を見せられるの?」という不安に駆られる。
舞台衣装のセオリーとして、危険な匂いのする人物には黄色を使うという手法があるが、この女性はバッチリ黄色のスカートを履いている。
なんでこいつが主人公なんだ…。という気持ちになるが、それは逆に、この俳優が上手すぎるということでもある。
誰もが一度は出くわしたことのありそうな、イラッとくるタイプの女性を、見事に演じきっている。
おそらく当て書きであり、これが彼女の素なのかもしれないが、いずれにしても「餃子にするの?結婚にするの?」という質問に対し、あの自然なリアクションができるのは、怖いくらいに上手い。

魅力的な女友達。ツッコミが自然で感心する。

東京23区それぞれに一人ずつ彼氏がいるという主人公。その体たらくを良しと思わない友人は、全員と別れさせるための旅に主人公を連れ出す。
友人は主人公に多額のお金を貸していたり、主人公が職場で横領を働いた際には代わりに土下座したり、とにかく尽くしているようだ。
物語が進むに連れて、どんどん友人の好感度が上がっていくのだが、一方で、なぜそこまでしてあげるのか疑問に思えてくる。
「あ、主人公のことが好きなのか」という予測が立つのに時間はかからなかった。しかし果たして…

いつの間にか主人公も魅力的になってくる謎

次々と彼氏に別れを告げていく主人公。非常に不思議だが、主人公に対してあれほど感じていた嫌悪感が、途中から全く感じなくなってくる。むしろ魅力的にすら感じるほどだ。
自分の感情に正直に生きている人間は魅力的に見えるのだろうか。
脚本・演出が見事なのか、俳優が見事なのかわからないが、おそらく両方だろう。

転換やモノローグなどの演劇的演出がクドくない。

何人もの男の部屋を訪れる設定なので、この作品には何度も場面転換があるが、観客が退屈しないようにちゃんと配慮されている。これを全部暗転で見せられた時には私は発狂してパンツを脱いでしまうだろう。
俳優が一人語りをするモノローグも自然体で素晴らしい。小劇場のような小さな空間では、これくらいの抑えた熱量で話すほうが絶対にいい。至近距離で、全力の「演劇的」な語りをされると冷めてしまうから。

秀逸な言葉選びと、コメディに全振りしない演技が良き。

会話の随所に散りばめられた細かなユーモアが光っている。コテコテのコント風に演じればボケ・ツッコミとなるような台詞だが、俳優たちはあくまで自然な会話の一部としてサラッと言ってのける。だから面白い。
やはりドラマを中心に描くコメディ作品は、あざとく演じないほうが良いと思う。
それにしても脚本が秀逸だ。とぼけた会話の中にも、人物の異常性や意思の弱さが滲み出ている。「マチコリンピック」のくだり、納得しすぎてヤバかった。あんなの天才にしか思いつかない。
それから、男にだらしない主人公が工業高校出身という”いかにもな設定”を、「危険物取り扱い」のくだりでサラッと入れてくるあたりも上手い。
こういう良い部分を挙げていくときりがない。
きりがないのこのへんにしようと思う。

複数の恋人に別れを告げていくだけの話だが、ここまで緻密に面白く構成すれば、一本の演劇作品として成り立つということを教えてもらった。
脚本と俳優の魅力が光る作品だ

ここから先は有料記事にして、気になった点を書いていこうと思う。
大変素晴らしい仕上がりの作品だったが、正直なところ、粗やツッコミどころも見受けられた。
それを書かずにはいられない。
そして、読みたい人だけ読んでくださればいい。

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