「大丈夫」の文化
「だいじょうぶ」という言葉が好きだ。
単純なので、「だいじょうぶ」と言われると、大丈夫じゃなくても大丈夫になったような気がする。
根性がないので、「がんばって!」と言われるより、「だいじょうぶ」と言われる方がありがたい。
さて、「だいじょうぶ」は漢字で「大丈夫」。
古代中国では、身長が1丈(約170cm)ほどの大人の男性のことを「丈夫」と呼んだ。
「大」は、大きい、偉大な、という意味であるから、「大丈夫」は、立派な一人前の男ということになる。
「大丈夫」の古い用例は、『孟子』に次のような一節がある。
このように、儒家では「大丈夫」は「君子」(理想的な人物)とほぼ同義であった。
仏教では、「大いなる悟りを得た者」という意味で、菩薩や仏陀を指す。
日本語では、もともとは古漢語の原義と同様に「立派な一人前の男」という意味で使っていた。
武士道では、勇猛で忠義を尽くす理想的な武士を「大丈夫」と呼び、また、江戸の儒学では、学問に秀でた理想の人物を「大丈夫」と呼んだ。
明治以降、ガラリと変わって、専ら「問題ない」「安心して」という意味で用いられるようになる。
現代では、「大丈夫」は汎用性が高くて便利な言葉だ。
「体調いかが?」
「大丈夫です」(=心配ない)
「手伝いましょうか?」
「大丈夫です」(=必要ない)
「参加されますか?」
「大丈夫です」(=辞退する)
時として、曖昧なこともある。
給仕「お下げしますか?」
来客「大丈夫です」
(=まだ食べているので下げないで? 食べ終わったから下げてよい?)
日本人は、大丈夫じゃない時でも「大丈夫」と言うことがある。
相手や周囲の状況を気遣い、人に迷惑をかけまいとして遠慮したり無理したりする。
良くも悪くも、日本人の民族性がよく出る言葉である。
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