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中国国花論争:「牡丹」VS「梅花」

「日本の国花は何?」と聞かれたら、「桜」と答える人が多いでしょう。

「国花」は「国の象徴として国民に最も愛されている花」というような定義になるかと思いますが、どの花を国花に選ぶか、その選び方は国によって異なります。

法律で制定したり、国民投票をしたり、古来の慣習にまかせたり、いろいろな選定方法があるようです。

日本の場合は、公式に国花を制定したことはなく、国民みなが古くから桜を愛好しているので、暗黙の了解でいつの間にか桜が国花と呼ばれるようになりました。

また一方、春の桜に対して、秋の菊も古くから人々に愛されています。

菊は奈良時代に中国から伝わった外来種ですが、のちに皇室の家紋となり、現代にまで受け継がれています。

日本国のパスポートも、桜ではなく菊をデザインした紋章が表紙に使われています。

そうした理由で、菊が国花として扱われることもあります。

桜であれ、菊であれ、いずれにしても、正式にではなく事実上の国花ということになります。

では、中国の場合はどうでしょうか?

中国では、牡丹と梅花が国花の座をめぐって長い間バトルを続けてきた歴史があります。

牡丹は、古くは薬用の植物でしたが、唐代には鑑賞用の花として人々に愛好されるようになります。

李白は「清平調詞」の中で、

名花傾國兩相歡  名花 傾国 ふたつながら相よろこ
長得君王帶笑看  とこしえに得たり 君王の笑いを帯びてるを

と歌って、傾国の美女楊貴妃の艶やかさを牡丹の花に喩えています。

また、王叡「牡丹」詩に、

牡丹妖艷亂人心  牡丹 妖艶ようえんにして 人心を乱し
一國如狂不惜金  一国 狂うが如く 金を惜しまず

とあるように、人々は牡丹に魅了され、特に王公貴族の間では、高値を厭わず牡丹を買い求めることが一種のステイタスシンボルとなっていました。

大輪の花を咲かせる牡丹は、その豪華な美しさが広く人々に好まれている花ですが、知識人の間では、世俗的な価値観を象徴するものとしてあまり受けがよくありません。

牡丹を愛好する世の風潮を冷ややかに皮肉った文章が、北宋・周敦頤しゅうとんいの有名な「愛蓮説」です。

おもえらく、菊は花の隠逸なる者なり、牡丹は花の富貴なる者なり、蓮は花の君子なる者なり、と。ああ、菊を之れ愛するは、陶の後に聞く有ることすくなし。蓮を之れ愛するは、予に同じき者は何人ぞや。牡丹を之れ愛するは、むべなるかなおおきこと。

「愛蓮説」は、清廉潔白で道徳的品性の高い蓮の如き人間が理想的な人間であることを説いています。

周敦頤は、蓮を最高としながら、菊に対してもこれに次ぐ高い評価を与えていますが、牡丹については、富貴を追い求める大衆的、世俗的なものとしてマイナスの価値観で語っています。

一方、梅花については、北宋の林逋りんぽが、牡丹とは対極的な梅花をこよなく愛した文人として知られています。

林逋の「山園小梅」は、

疎影横斜水清淺  疎影そえい 横斜おうしゃ 水 清浅せいせん
暗香浮動月黄昏  
暗香あんこう 浮動ふどう 月 黄昏こうこん

と歌い、斜めに伸びるまばらな枝、何処からともなく漂うほのかな香に趣を感じさせる梅花の姿を素描しています。

豊満で豪華なイメージのある牡丹と、清楚で気高いイメージのある梅花とでは、象徴するものが正反対です。

牡丹は富貴と繁栄の願望、梅花は高潔と不屈の精神を象徴します。

また、地域差もあるようで、歴史的には、牡丹は主に長安や洛陽など北方で、梅花は主に江南地方で愛好されてきました。

こうして牡丹と梅花が、それぞれまったく異なる魅力を以て南北の横綱として百花に君臨してきました。

もともとどちらかに軍配を上げようという話ではなく、そもそも清代以前は「国花」という概念がありませんでした。

中華民国時代に至ってはじめて国花を定めようという動きが起こり、候補とされたのが牡丹と梅花でした。

どちらにするか議論が続きましたが、豊かさを重んじる牡丹支持派と清らかさを重んじる梅花支持派、どちらも譲らず決着を見ていません。

中国の場合、国花の選定には、国民の愛好だけでなく、その当時の社会背景や政治的思惑が強く影響します。

1920年代末、新しい通貨を発行するに当たって、国民党中央宣伝部が梅花のデザインを使用することに決定しています。これを国花の制定と見なして、今も中華民国(台湾)では梅花を正式に国花と認定しています。

中華人民共和国では、80年代末以来、

牡丹と梅花の両方を国花とする「一国両花」案、
牡丹・蓮花・菊花・梅花の4つを「国花」とする案、
牡丹を「国花」として蘭・蓮・菊・梅を「四季名花」とする案、

などさまざまな主張が出て来て目下迷走中です。

1994年には、中国政府が牡丹を国花とする法案を検討しましたが、梅花派の反発によって棚上げされました。

その際、一部の文化人から「牡丹を国花、梅花を国木」とするという妥協案も出されています。

いずれにしても、牡丹と梅花が「国花論争」のフロントランナーになっていますが、どちらかになかなか決められない背景には共産党政府のジレンマがあります。

経済を最重要課題とし、経済大国を目指す中国としては、豊かで明るい展望のある社会を象徴するものとして牡丹を選びたいところでしょう。

しかしながら、その一方でまた、社会主義国家であるからには、物質的な富を求める姿勢を公然と示すのも宜しくはなく、精神的に清らかで品位のある国家であることを内外に示すためには梅花という選択肢も外せないというのが実情ではないかと思います。

2019年、中国政府機関と中国花卉協会が専門家を集めて研究討論会を開き、その結果、牡丹を国花とすることを推奨していますが、政府による法的な制定にまでは至っていません。

同年、中国花卉協会がネットで広く国民の意見を募りましたが、牡丹を国花とするべきという意見がおよそ8割を占めたとのことです。

さて、この論争、このまま牡丹が押し切るのでしょうか、梅花の巻き返しがあるのでしょうか、それとも漁夫の利を得るダークホースが現れるのでしょうか・・・🤔


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