洋楽の「邦題」名作(#3)「時の流れに」ポールサイモン
何十年にも渡って第一線で活躍する息の長いアーチストは、時間の経過とともにその作風も変化していく。
当たり前だ。自身が年を重ねるにつれて、世の中の捉え方や感じ方、なにより生活環境が若かりし頃とは変わっていくんだから。
若くして事故で死んでしまうロックスターは数多くいたが、彼らはある意味ラッキーだったかもしれない。
定年退職がないアートの世界。年を重ねて作風が変わったときに批評家や昔ながらのファンから酷評されることもないし失望されることもない。
カリスマが色あせない唯一の方法が 絶頂期にこの世から去ってしまうこと。
ポールサイモン様はジムクロウチ様と並んで、私の中学時代のフォークギターの師匠(勝手に任命)。
サイモン&ガーファンクルのヒット曲はほぼすべて(明日にかける橋とかのピアノ伴奏曲は除く)完全コピーするべく練習した。
1975年秋にポールサイモンが新しいアルバムを発表したとき、高校生になった俺は「ああ、この人もなんか遠い世界へ行ってしまったなあ」と軽い失望を感じたものだ。
俺は久々のポールサイモン師匠のニューアルバムには「ボクサー」とか「ミセスロビンソン」とかの フォークギターでジャンジャカ弾きながら「ライララーイ」とか「とぅーとぅとぅとぅとぅとぅー」みたいに歌える新曲を期待していたのに、なんだこの元気のなさは!
ポールサイモンももうおしまいだな。
なんて、ファンというものは実に勝手なものです。
勝手にアーチストのイメージを作り上げ、アーチストの作品が進化していくことを拒否して批判する。
大学生の時、友達もいない俺はひとりで「タクシードライバー」という映画を天王寺に見に行って、主人公(ロバートデニーロ)の運転手の心情と行動に共感を覚えた。
そのときにポールサイモンの 時の流れに の一節が頭に浮かんできたんである。
昔つきあっていた彼女とばったり出会って、久しぶりにワインを飲みながら近況を教えあった。
充実した毎日を送っている様子の彼女に対して、自分は人づきあいもないし、恋人もいない。
今でも彼女のことが忘れられないんだ。
退屈でパッとしない毎日。昼夜逆転。
でも、どうせどんな人の人生もいつかは消えていく。だから気にはしてない。
ときて、最後の一節
Now I sit by my window and I watch the cars
I fear I'll do some damage one fine day
But I would not be convicted by a jury of my peers
Still Crazy after all these years
ひとり窓辺に座って 車列を眺めてる
ある日おおきな犯罪を発作的に犯してしまうような気がする
でも、僕と同類の陪審員は僕を有罪にはしない
僕はずっと正気じゃないからね
CRAZY という語を、「君に夢中、首ったけ」という意味と「心神喪失」という2つの意味で使っている。うまいなー。座布団3枚ね。
(35) ポール・サイモン Paul Simon/時の流れに Still Crazy After All These Years(1976年) - YouTube
いま「こどおじ」なんてカテゴリーに分類される人たちは、この曲には共感するところは多いんじゃないかな。ネットがなかった昭和の時代、一般社会からの同調圧力(レールからはずれていく者に対して)は今の比ではなかったんですよ。
さて、セールスという面からいえば、この曲には邦題が絶対必要だろう。「スティルクレイジーアフタオールディーズイヤーズ」のまま発売しても、タイトルも覚えてもらえないしFM放送でもかけてもらえない。
コロムビアレコード担当の腕の見せ所。
ひとつ前の際最初のシングルカット Fifty ways to leave your lover は完全に思考停止で、そのまんまの直訳。
「恋人と別れる50の方法」だってよ。
たぶん担当者は左遷。放っておくと今度も「ここ数年今でも君に夢中さ」なんて自動翻訳機にかけたような邦題をつけそうだからね。配置替えいたします。
さて、直訳したら左遷させられる というプレッシャーの下、新担当者はいろいろ頭をひねったはず。
ポッと出の新人アーチストならまだしも、天下の大御所ポールサイモン様ですから、責任重大。
「ずっと君に夢中」 × ガキの恋愛ごっごじゃあるまいし、落ち着いた大人の雰囲気が出せていない。
「想いは今も」 × だいぶん良くなったが言葉のインパクトが無い
「狂人無罪」 × いろんな方面からクレームが来そう
「月見草のつぶやき」 × 野村克也の名言
「時は流れて」 △ これでいきましょうか
「時の過ぎゆくままに」 × 2か月前に沢田研二が発売して大ヒット中
「時の流れに」 ◎ 言葉の余韻を残していて秀作 これで決まりだ!
「時の流れにーー」に続く言葉を思い浮かべなさい、と質問されたら90パーセント以上の日本人が「ミヲマカセ」と答えるだろう。
テレサテンの名曲「時の流れに身を任せ」は1986年発売ですから、こっちのほうが11年早い、だからパクリじゃないですよー。
地味な曲調だから、当時も大ヒットしたというわけじゃないが、30歳を過ぎたら死ぬまで、1年に一度は聴いていただきたい曲です。師匠もいつまでもお元気でいてください。