とある自主管理オーナーの矜持
突然ですが、ディズニーランドの開園直後の通路にはどんな基準があるかご存じでしょうか?
それは、赤ちゃんがハイハイしても大丈夫にする。
1983年4月15日の開業時と同じ品質に戻すために毎晩水を使って清掃しているのです。
節水が騒がれた時期にも、中水(上水を飲用水手前まで浄化したもの)を使って、他の水の使用を制限してまでもこだわったポリシーです。
その伝統が続いて、今日のディズニーリゾートに至るのです。
1983年といえば、賃貸物件で言えば築39年。
もう、築古の次元か、サイクルによっては建替えられていることでしょう。
民間の賃貸物件であれば、建て替えを視野に入れつつ定期借家に切り替えて終期を調整するか、資本の暴力で立退を進めるか、オーナーチェンジで問題を他人に押し付けるか。そんなところでしょう。
築39年経過しても色褪せない。
人々を魅了し、料金を上げてでも収益を上げ続ける東京ディズニーリゾート。
そこには「いつまでも完成はなく成長を続ける」というテーマパークの理念と設備投資、掃除を始めとして電球切れを毎日チェックするメンテナンスの姿勢があるのです。
とまぁ、前置きが長くなりました。
これはとある一般オーナーNさんのお話です。
(概ねフィクションとしてください)
Nさんは、とある地方都市である私がいる街に100室近い大型のワンルームマンション1棟をお持ちでした。
そこに居住しているわけではなく、片道1時間以上を掛けて毎日このマンションに通いました。
毎日通って何をしていたかと言えば、その殆どが掃除です。
Nさんのマンションはいつ行っても綺麗でした。
想像してみてください。
・電気メーター
・集合ポストの上
・パイプスペースの中
・自動販売機の上
・消火器
・玄関ドアの蝶番
どこを触ってもホコリ一つ手につきません。
歩行通路部分には当然の如くチリ一つありません。
僕は、正直この物件に案内をする時にはちょっと緊張しました。
もう、エントランスから裸足で歩いた方が良いのではないか?
そう思えるくらい、いつだって綺麗なのです。
Nさんは、一般媒介の自主管理オーナーでありながら、自ら行うのはお掃除と家賃の督促でした。
掃除は散々ご説明した通り。
督促はNさんがやるべきことでしたが、殆ど滞納が無かったようです。
毎日のように「おはよう、行ってらっしゃい!」「おかえりなさい」と掃除をしながら声を掛けてくれるNさんに悪意(黙って)を持って滞納する人は皆無に等しかったのです。
Nさんにできることは共用部のお掃除。
ということで、室内の修繕や室内の退去時クリーニングはやりません。
仲介会社指定の工務店が室内修繕を行い、Nさん指定のクリーニング業者が最後に仕上げます。
(貸主負担分についての金払いはとても良い)
この原状回復費用は重説に記載のある常識的な内容のみを借主に請求していました。
精算はN様自らが行いました。
この精算内容について、借主から仲介の当社にクレームが来たことは一度もありません。
そういった意味で、最期まで安心な物件でした。
また、お部屋探しのお客様の案内もNさんがいる時間を見計らって案内をしました。
(◯◯マンションを案内に行きます と他のスタッフに伝えれば、自動的にNさんに「✖️がこの後案内に行きます」と連絡がなされ、Nさんは空室の空調を調整して万全な状態で待ち構えていたのです)
物件まで連れて行けば、あとはNさんの独壇場。
新入生・新社会人なら親御さんと本人のハートを鷲掴みし、空き予定の3月末退去の部屋を「入居出来るまでビジネスホテルに泊まります」とお客様から申し出があるほどにお客様のハートをグリップをしていた。
何より、こちらが要求されるでもなくADをたくさんくれた。
(金払いはとても良い)
何か設備の不具合があれば毎回大騒ぎして、「どこが一番ちゃんと早く治せるか」を大切にしていた。
見積りなんて言わずに「早く対処出来るか?」これしか気にしてなかった。
(金払いはとても良い)
そして仕上がりについては何度でもダメ出しをして、Nさんの納得がいくまでやり直しさせられた。
(金払いはとても良い)
そんなこんなで、Nさんのマンションは築30年近く経とうとしていてもほぼ満室で運用され、しかも相場より1万円以上高い賃料だった。
(ADも含めて金払いはとても良い)
ある日クレームがほぼ皆無に等しいNさんのマンションの住人から、客付仲介の当社に複数の方から連絡が入ります。
「大家さんの姿を見かけないがどうしたのか?」
Nさんは体調を崩して入院をしていました。
物件とともに歳を重ねてきたのです。
(ただし、物件はいつだって綺麗なままです)
そんな退院をした後のNさんから管理委託の相談をいただく。
体力的にも限界を感じていて、後継者もいない。
客付実績は他の会社が多かったが、管理会社としては当社の方が期待できると。
打合せを重ねていても、両者の管理についての求めるものは妥結出来なかった。
Nさんの求める、ほぼ毎日6時間近い清掃をして各種メンテナンスのコストを考えるととても合わなかったのです。
また、Nさんの立ち振る舞い、つまり「お母ちゃん的な要素」は誰にも代替できるものでは無かった。
そうして、協議を重ねた結果としてこのマンションはオーナーチェンジの道を辿る。
Nさんオリジナルの管理から、買主が指定した管理会社のありふれた管理体制に代わり、そこそこに埃があって小さなゴミが散らかって、ちょっとは敷地内に草が生えている「そこら中にある普通の物件」に変わった。
(ADは変わらず多かった)
家賃は相場の通り1万円。
いや、それ以上に下がった。
なぜならばNさんプレミアムが無くなったから。
Nさんにとっては自分の所有物としてその品質が下がることが受け入れられなかった。
ポリシーとしてわからないでもない。
ここに、自主管理物件オーナーの矜持を感じたのです。
世の中の賃貸物件は、
・サブリース
・管理委託(専任)
・専任媒介自主管理
・一般媒介自主管理
と、大きく4つ分類出来ることでしょう。
その中の、自主管理をしているオーナーさんには次の3パターンがあります。
・管理料が勿体ないから自主管理をしている
・管理を委託するという発想がない
・管理委託をすると理想の管理ができない
こんな感じでしょうか?
そして管理委託に営業を掛けて、管理物件を増やすというのが管理会社の使命の一つです。
オーナーは管理会社に任せることによって、管理料という対価を支払ってそれまでよりも平穏な日々を過ごすことが出来ます。
その反面、わたしたち管理会社は忘れてはならないことがあります。
オーナーさんの思い入れのある資産を預かり、わたしたち管理会社にとって最大公約数である管理パッケージに乗っかっていただいているということを。
忘れてはいけない。
誰かの土地に誰かが建物を建てて、誰かが所有し、誰かが住んでいることを。
わたしたちは忘れてはいけない。
それぞれの人生、建物にとっての物語がある。
それらを背負うことまでは出来ないけれど、オーナーさんの理想を理解して、今ある現実とを整理しながらも伴走する、良きパートナーでなければならないということを。
とある一般オーナーから学んだ賃貸物件への矜持。
忘れずにいたい。
おしまい