散文 20250217
ねこは、わたしのことが好きらしい。わたしが仕事をしているときは背後にあるキャットタワーのベッドに身をゆだね、わたしがリビングでゲームや読書をしているときはソファのオットマンに横たわる。わたしが料理しているときはキッチンのカウンターでこちらを観察し、わたしが頭痛で伏せっているときは隣のベッドで丸くなる。ねこは、わたしのそばにいたがる。
もちろんそれは無償の愛なんてものではなくて、わたしが日々ごはんをあげて、うんこを片付けて、これ以上ないほど可愛がっているからだとわかっている。
でも、ねこはわたしの言うことをきかない。名前を呼んでも来ないし、何度叱っても観葉植物を食べるし、抱っこの腕からは身を捩って逃げる。ねこは、やりたくないことはやらない。小さな身体(猫にしてはデカい)ぜんぶを使って断固拒否!を伝えてくる。
だから、ねこがわたしのそばにいるとき、彼女がそうしたいのだと思う。
ねこは、彼女にこの上ない愛情を注いでくれる優しいかたのおうちから我が家にやってきた。いまにも死にそうなたった百グラムのいのちに、手ずからミルクを与えて育ててくださったかたの元から。ねこのきょうだいは亡くなってしまったそうだけれど、ねこだけは生き残った。弱々しいたった百グラムのいのちは、今や五キロの逞しい身体に育った。どうしてこんなにデカくなったのかわからない。太っているというよりは筋肉質だ。
わたしは、ねこを幸せにしなくてはいけない。わたしは選ばれたわけではなくて、わたしがねこを選んだからだ。
ねこは、言葉がしゃべれない。幸せ? 後悔していない? 嫌な思いは、痛い思いはしていない? 何をしてほしい? 彼女にとって何が幸せなのかわからないから、いつだって少し不安だ。寒くて暑くてごはんがまともに食べられないお外よりは良いと思っているけれど、やんちゃで逞しいねこならばあるいはお外でもそれなりに楽しく生きられたのかもしれない。もっと広くて大きなお家に引き取られていたら、好きなだけ走り回れたのかもしれない。猫を複数匹飼っているお家なら、お友だちができて楽しかったのかもしれない。でもねこは、わたしに選ばれてしまった。それを幸せな選択にしたい。
ねこがわたしの元にやってきて、今日で一年が経ちました。まだ一年か、もう一年か、どちらもある。ねこはたった一年で、わたし大切なところに居座った。丹念にふみふみをして、大きな図体を遠慮なく丸めて。もうずっとずっと一緒にいる気がする。まだ一年なのか、と思う。
でも、猫にとっての一年はとても長い。ああもう一年経ってしまった、別れの日が近づいてしまった、と思ってしょっちゅう泣いている。ずっとずっと一緒にいたいのに、それは叶わないことを知っているから、月日が経つのがとても怖い。怖いけれど、わたしのねこがあなたで良かったと思う。本当に思う。
ちなみに今朝よかれと思っていつもより高級なフードをあげてみたら、すごい速さで吐かれました。余計なことして本当にごめん。でもこれからの一年も愛してるよ。
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