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400字で分かる落語「鰻の幇間」3
「う」の60:鰻の幇間(うなぎのたいこ):その3
客の正体については馬場雅夫が考証しているが、長くなるので省略。浴衣がけで現れているから、近所に住んでいるのだろう。一八を知っているから同業者かも知れぬ。どこかで再会する可能性は極めて高い。ぜひ正体を明らかにしていただきたい。
【一言】 (橘家円太郎が死んで通夜に行くと、駅前の寺で、履物がいっぱい並んでいる。外国帰りの友人にもらったばかりの、高級な舶来の靴を履いていたので心配すると、前座の弟子が下足番を勤めるというのでそのまま上がった。さて、帰ろうとすると、靴がない。番をしている噺家に声を掛けると、前座はもう帰ったという。)今時珍しいイガ栗頭のその落語家と、大げさにいえば三十分も探したが遂に見当たらない。「はだしで帰るわけにもいかない」少し中ッ腹になってそう言うと、「御尤さま。かまいません。似たようなやつをはいていって下さいな」と言う。言われた通り、やや似たと思われる靴をつっかけて寺を出ると小雨がパラついてきた。駈け出すと足にあわない靴がパクパク音をたてる。帰って、玄関のあかりでよくよくみると、似ても似つかぬ代物で、靴底にMADE IN KOREAとマークしてある。朝鮮製の靴だ。床へ入ってから、圓太郎は昭和の初め、橋場の家へ集まってくれた芸人の、最後の一人であることに気がついた。新しい舶来の靴と、古い懐かしい馴染みを、私は一緒に失った。(宇野信夫)