【液体小説】のほほんとコパカバーナ
PART1:歓迎されない午後
意味のないことを考え途中で挫折することがある。
例えば排泄行為。それ自体本来は許し難い行為であるにもかかわらず、人前でそれを口にし、ましてエピソードまがいに誇らしげに語り、悦に入る分裂症まがいの人間達。それらと僕はこれからも接触しつづける運命なのか???
そんなことが頭をよぎり、覚醒しながら無理やり嘔吐を強制し、醜さの進行を抑止する処方を僕はいつから覚えたのだろうか。
しかしごく稀にだが、その現実を涼しげにかわす術を生まれながらにして兼ね備えた存在に出会うことがある。
生きているのに生きていない状態、無臭な生き物。
もちろんそれが虚構であることぐらい初めからわかっているのだが、その駆け引きのないごく自然なフィクションに敢えて騙されてみようという一種の降服感を抱かせる存在。その対象と二日ぶりに夕食を取るはずだったのに、まんまと予定が一瞬にして狂ってしまった。なぜってひとつ昔にそんな存在であった冴子が、よりによってたった今、 僕の目の前で永遠のダイブを敢行してしまったのだから・・・・
僕は仕方なくベランダからゆっくりと下を覗いた。
芝生の上で小さくなった冴子の身体は複雑に絡まり、ほぼ直角に曲がった頭部から鮮血の流れるのがかすかに見える。
赤と緑、割と綺麗なコントラスト。
僕はキッチンに戻りパスタの入ったボールの中に今日二度目の嘔吐をした。
警察の事情徴収が終わったのは午後9時を少し回っていた。
偏差値の低さを腕力だけで補ったような若い刑事と、とにかく口臭がきつすぎること意外何の印象も残らない定年間近の刑事が僕の担当だった。
若い刑事の方は売れない雑誌のモデルや深夜放送のカバーガールなどを時折やっていた冴子のことを、身体の割には原形を留めていた顔を検証した時から気づいていたらしく、定年間近の刑事が席を外した隙に、さも僕の動揺した心を和ますかのごとく好奇な質問をいくつか投げかけてきた。実際の僕はたいして動揺はしていなかったが、とにかくこの部屋での数時間があまりにも退屈で飽き飽きとしていたのでその策略にまんまとはまる役回りをそつなくこなすことにした。 それは冴子の全裸の写真を、もし迷惑ではなければ譲ってもいいが外部にだけは絶対に公表しないでほしい・・今こうして知り合ったのも何かの縁だから刑事さんがご興味があればの話だけど・・などと言うどうでもよい作り話をつらつらと若い方に持ち掛けると、そいつは目の色を変え、
「不謹慎かもしれないが、偶然にも彼女のグラビアを今でも持っている。 今回の事件は個人的にも大変ショックであり、もちろん必ず内緒にするから是非ここに送って欲しい」と到底理解しがたいうわごとを並び立て、律儀にも名刺の裏に自分のアドレスを書いて渡してきた。
僕は笑いながら「わかりました。」と言って、灰皿の上でそれにライターの火を付けた。すると若い方は、「貴様何をするんだ!」と、今にも僕に殴りかかる勢いで立ち上がったとほぼ同時に、定年間近の方が部屋に戻ってきた。事の成り行きのわからないまま、定年間近の方が「ヒライ、どうしたんだ」と尋ねると、若い方は「うぅぅっ」と唸りながら両手を握り締め、履きつぶして不規則に踵の擦り減ったウイングチップのつま先で机の角を思い切り蹴飛ばした。僕はそのまま床に寝転んで腸がねじれそうなくらい大声で笑いたかったが、不意に頭の中を、現場検証で目の当たりにした冴子の内蔵と、内臓から散らばったパスタと、冴子の便らしき汚物と、ドス黒い血液の散乱が一瞬にして甦り、胃袋から込み上げる酸っぱい胃液を思わず床に少しだけ吐き出してしまった。そして二人にばれないようにY3のスニーカーで慌てて二三度床をこすって、そうか。こいつヒライって言うんだと頭の中で何回もつぶやいた。
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