小説『エミリーキャット』第9章・そんなにエレガントじゃないの。
『まず画廊のお仕事、あるいは画商というお仕事に対して皆さんはどのようなイメージをお持ちですか?えっと…お名前は?』
彩は最前列の真ん中に座るショートカットのリクルートスーツ姿の女にふいに試問した。
なんだかくしゃくしゃのパーマなのか天パーなのか、よく解らないまるで寝乱れ髪のような髪をたいして気にする様子もなく、鼻先近くずり落ちてきた眼鏡をかけ直すと、彼女は瞠目して彩を見上げた。
『えっ、わ、私ですかぁ、
あぁ…そうですねぇ画商のイメージ…う~ん…』
女は困ったようにぐしゃぐしゃのショートカットのベートーヴェンのような髪の頭をひねった。
『その前に失礼ですがお名前は?』
『あっ私…はい田辺です』
『田辺さん、
田辺さんはギャラリー・エコール・ド・パリと聴いてどのような感じの、お仕事をイメージされましたか?』
『はぁ…まぁそうですね…
街の綺麗なギャラリーで、
絵が沢山並ぶ中、机の前に座って受付け嬢みたいなことをするお上品なお仕事かと…』
ここでどっとリクルートスーツの若者達から遠慮の無い哄笑が起こった。
田辺と名乗った女は恥ずかしそうな中にも人懐っこさのある笑顔を周囲に向け、まるでその笑い声を模倣するかのように自分も笑うと、
『勿論、お客様がいらっしゃったら絵の説明とかしないといけないでしょうけど、普段はそんな感じなのかなと…』
『そうねテレビドラマとかで綺麗な女優さんがそういう役を演じているのを私も見たことがあります。
とても女性的なイメージで同性として気持ちはよく解るんですけど、残念ながら当ギャラリーのお仕事とは正直だいぶ違っていて、画商のお仕事って決してそんなにエレガントではないの』
と言うとここでまた以前よりは小さくではあったが、笑いが起こった。
彩の言葉には肉体的にも、精神的にも、画商とは想像以上にシビアな仕事なのだと、言わんとする事が隠されている事を、若者達にもさながら空調の流れのように感知出来たのであろう。
その笑いは以前よりややこわばりが感じられた。
すると田辺より2列後ろの壁際に座る若い女性から手が上がった。
『あら挙手してくださるの、嬉しいわ、はいお名前は?』
『山田です』
テニスでもしているのであろうか?
やや日焼けしていながらも艶やかな肌と、地味で目立たない顔立ちながらも、どこか女雛のような涼やかな目鼻立ちが印象的な女は名乗った。
『私がまだとても幼い頃に母がエイボンレディだったんですけど』
と話の途中で既に哄笑が起こり、その中で誰かが『なんかそういやぁ俺こないだ、そういうのWOWOWで見た気がするなぁ』
遠くでその問いに答えるというよりは、女同士で話す声が『シザーハンズじゃない?』
『ジョニデの?』
『えーあれジョニー・デップ?うそー若っ』
『今のほうがいい』
と最後にまるで小さな囁くような女の声が、妙にかしこまった声だった為に、それを聴いてまた一際愉しそうな哄笑がどっと沸き起こった。
『和気藹々としていて今年のリクルーター達、元気のいい子達が多いみたいだから吉田さん大人しいし勢いに飲まれないようにね、
最初になめられないように先輩としてちょっぴり示しをつけておくのも手だよ』
と還暦をもうすぐ迎える山下尚三が悪戯っぽく言ったのが彩の脳裡にふと甦った。
『で?山田さんのお母様はエイボンレディでいらしたのね?
それでそのお話の続きを聴かせて下さらない?』
まさかエイボンレディの話題がしたい為だけなはずはないであろう。
画商のテーマに繋がる話の筈だと彩は優しい笑顔を山田嬢に向けたあと、他の新卒生達に続きをちゃんと拝聴するよう目で諭すようなどこか硬質な微笑をもう一度浮かべた。
彩の目知らせに促されるようにして、若い山田は一呼吸置いてから話し始めた。
『皆さんがおっしゃる通りあの映画のシザーハンズに出てくるヒロインのお母さんがそのエイボンレディなんですけど、昔は日本もエイボンレディって居たんです。
母がそうだったんですけど、あんな風に一般のご家庭を回ったり、今のようにネットがまだそんなに普及してなかった時代にはエイボンって当時は資生堂みたいにスーパーの中で売られていたりとかもなくて、店舗も少なくて決して手に入りやすくはなかった時代があったみたいで、欲しいってお客様から電話があったらそのお客様のお宅を化粧品のカタログや試供品を沢山持って訪ねたりしていたみたいなんですが』
ここでまた男の声で、彩の立つ位置から1時の方角から、仕事とはなんの関係もない質問が飛び出し、彩はやや辟易した。
『エイボンってアメリカ製なんですか?』
『そうです』
と、そちらの質問に気をとられた山田は、思わず後ろを振り返って『アメリカ製みたいです。
母の仕事なのに私は関心があまり無くて母には悪いんですけど』
と言うと、山田はすぐに彩をふりかえり涼しいような瞳を見張ると
『そんな風に一軒一軒、一般のご家庭を回って絵の説明をしたり薦めたりする、絵のセールスマンみたいな仕事かなぁとか思っていました。』
『なるほど、
どうもありがとう山田さん、私はエイボン化粧品を使ったことはありませんが、なるほど普通の街中の店舗とかではあまり見掛けることってないですものね、今はネットや通販なのかしら』
『そうです』
『山田さんのお母様がお若い時代はそういう販売法がとられていたのね、
山田さんエイボンレディのお話とても興味深かったわ、
それと画商とある意味共通点があるような気がしました。
というのも、一般の方達が中に入って絵を見て回るギャラリーを持つ大きな画廊は別として、自社は名前こそギャラリー・エコール・ド・パリですが、皆さんが今日ご覧になって解る通り、当ギャラリーにはそういったお客様が入って絵をゆっくり見て歩けるようなスペースは一切無く、むしろここの社員以外はこの建物にはそもそも入れません。
つまり純然と外商部の画商の為のいわゆる会社です。
さっき田辺さんが言われたような受け付け嬢みたいな人のいる画廊を、持つ会社もあるにはありますが、ここにはそのような空間は残念ながら無いので、当然受け付け嬢のような仕事もありません。
むしろ社員全員が外に出て一日中アタッシェケースを提げて、晴れの日も、雨の日も、風の日も、足を棒にして歩き回り、電車を乗り継ぎ、みんなして関東中を回ります。
つまり、関東中に分布するお客様の職場先やお宅を、こちらが直接伺ったりするお仕事がメインです。
昔のエイボンレディと少し違う点は、今お話を山田さんから聴いた感じでは一般のご家庭にも回っていたことがあったとか…。
昔はインターホンをつけているお宅も、在ったり無かったり、まちまちだったんでしょうね、今はほとんどのお宅が一軒屋にしても集合住宅にしても常備されているのが、もう普通の時代ですから…。
時代の違いを感じましたね、ちなみに画商は一般のご家庭を回ることは一切ありません。
画商が回るのはあくまでも固定客先が主です。
ただ外商中、たまたまランチで入ったレストランにたとえばシャガールのリトグラフ、
リトグラフとは石版画のことですけど、そんなのが幾枚か店内の壁にかかっていたとします。
そういった場合そこのオーナーさんが、絵画好きの可能性が高いですから、そこでお声掛けという場合もありますね、
そういう場合そのオーナーさんがよその画廊の顧客だったりする場合もありますが、断られない限りは自社のアピールが出来るかどうかを打診してみます。
オーナーさんが出てきてくれたような場合は今ここにあるこの…』
と彩は大きな分厚い本のようなものを、デスク上に立てて開くと、中にファイルしてある写真や印刷物を指し示しながら説明した。
『アプローチブックを使ってその月にオープンされたものから、そうでないものも含めて自社のものや他社さんのもの、つまり作品群の紹介をさせていただきます。
最近はアプローチブックではなくタブレットを持ち歩く現代的で簡便な画商スタイルも、あるようですが当ギャラリーでは、昔ながらのアプローチブックを使っています。
絵画の生写真をご覧になれるのと数年来のお得意様の中には重いアプローチブックも持ち歩けない画商なんか画商じゃないとおっしゃる方もいらっしゃる位、画商イコール・アプローチブックやレゾネを入れた重たいアタッシェケースやブリーフケースを持ち歩いているというイメージを強く持っていらっしゃるくらいです。
私もタブレットではなくアプローチブックを持ち歩いていることを、画商として誇りに思っています。』
『レゾネってなんですか?』
積極的な山田女史から再度、質問があった。
『ごめんなさい、
そうね説明が前後してしまいましたね、レゾネとは本物の版画などが複数枚入ったいわゆる持ち歩いてお客様にじかに御見せ出来る作品集のようなものです。
アプローチブックに比べたら比較的薄くて軽量です。
レゾネになるような作品はそう沢山は無いので。』
『えーそんなのあるんだぁ…』
『無くしたりしたら大変だな』
と、またざわめきが軽く細波(さざなみ)のように起こった。
『画商になって何が嬉しいかって一番はレゾネもですが、それ以外にも会社にある作品にじかに触れることが出来ることかしら、
美術館では絵には触れられませんが、画商は絵を職権濫用ではありますが、時々触れたりしていますよ。』
えー…触りたいという声がざわめきの中から漏れた。
『もちろんべたべた触りたい放題触るという訳にはゆきません、
絵はセンシティヴですから、指先の皮脂で変色したり、傷めてしまっては絵が可哀相でしょう?』
『可哀相どころじゃないよな、そうなったら弁償出来ないよ』
『触るのなんて怖いわ』
と私語(ささや)く声が聴こえたが、彩はこの手の話があまり好きではなかったので、聴こえないフリをした。
そんなことはレゾネを無くすこと同様言わずもがなだが、絵を高いか安いか金銭感覚だけでまず見る、単に綺麗な絵かそうでないかで観るのと似て、それ以上の恋愛感情的と言っても過言ではない強烈で情熱的な価値にまで引き上げ、絵に心琴を触れられ、牽引される人達だけが絵を買うことを許されるのだ。
逆にそのような強い愛情や熱意の無い人間が絵を売るのも、触れるのも無論、買うことも彩にとっては厭だった。
『ちなみに』
と彩は何も感じていないように話頭を転じた。
『今月はフランスから150点、当ギャラリーに作品が入りました。
たとえばこれですが』
と彩はアプローチブックの中から写真を選び出すとこう言った 。
『これはシャガールの“サンジャネの山”、世界的に見ても日本人の間でシャガールはルノワールと並んで人気がありますから、喜ばれるお客様は多いでしょう。』
『それ…油絵ですか?
水彩画ですか?』
と暫く黙って熱心に彩の話に聴き入っていた慎哉が口を切った。
『いいえ版画です。
これはリトグラフですね、
一般的にいって画商が売る絵のほとんどが版画です。
版画にもいろいろあって人気の石版画であるリトグラフを筆頭に木版画、銅版画であるエッチング、メゾティントやアクアティントといった版画もありますが、私達に肉眼で判別しやすいものは、リトグラフや銅版画、木版画くらいでメゾティントやアクアティントに至っては、たとえ教えられてもその区別がつきません。
メゾティントはドライポイントと呼ばれる銅版画同様、直接、銅版に彫って傷をつけます。画家が手と道具で版に傷をつけて創るものですが、アクアティントは薬品を使った腐食銅版画の一種です。
腐食液に浸した結果として、版画面に梨地状の非常に微細な斑点が出来ます。
腐食時間の差や、一番最初に樹脂の粉を振りますが、その粉の散布が密かあるいは荒いかで仕上がった時に、微妙な差が出来ます。
その差ゆえにとても雰囲気も変わります。
メゾティント、アクアティント、仕上りは同じように見えても、創られる行程や使われるものが全く違います。』
彼女はメゾティントの作品とアクアティントの作品をアプローチブックで指し示して見せたが、みんなそんな違いがあるなど全く解らないとざわめいた。
『いずれにしても、リトやエッチングを中心に今や一般の家庭やホテルのロビーやカフェに飾られる絵は、版画が主流の時代です。
油彩画に比べて版画はどんなタイプの室内にも比較的マッチしやすい。
カジュアルとまで言うと言い過ぎですが、版画はオイルのような重厚さは無くとも、洋服でたとえるならカジュアルとドレッシーの中間といったような、よい意味での親しみやすさがあります。
今や一流ホテルのロビーやフロントに飾られる絵のほとんどが、前述した通り版画が圧倒的です。
値段的にいっても版画は有名作家の作品であっても、世界にただひとつしか無い一点ものの、オイルと違い複数画なので、比較的手に入りやすいからというのもあります。
もちろんその版画や画家にもよりますが…。
それでもオイルとは比べものにもなりません。
だからといって版画が世界にひとつしかないオイルよりも、芸術的価値が劣るというわけでは決してありません。』
再び慎哉が『じゃあここは油彩画は売らないんですか?』
油彩画にこだわるような口ぶりに聴こえたような気がして、彩は気持ちは解らないではないが一瞬眉をひそめた。
『作家にもよるので一概には言えませんが9割が版画ですね。』
『セザンヌが好きなんですけど、セザンヌの油彩画なんて入ってきたりしますか?』
彩は慎哉を莫迦にしそうになって、その衝動を飲み込むと『ちょっとあり得ないですね』
『サント・ヴィクトワール山とか好きなんだけどなぁ』
『ああいう世界的に超有名な巨匠の描いた油彩画は、美術館でしかお目にかかれないばかりか、一般の方達でもローンを組んで入手することを目的とした画廊に入ること自態、まるで糸を通す針の穴を、象が通って歩くのと同じくらい非現実的なことね。』
内心慎哉を呆れ切って見た彩だったが、彼は本当にセザンヌが好きなのかしら?とも疑った。
『いくら松雪さんや私達が好きで好きで請い願い、身を粉にして働いてもセザンヌの“サント・ヴィクトワール山”やゴッホの“鴉(からす)の群れ飛ぶ麦畑”を どんなに好きでも高嶺の花以上のもの、
我々、庶民は絵画展で長蛇の列を作って数分あるいは、数秒、目にするだけで急き立てられるようにしてしか、観ることの出来ないしろものなの。』
『セザンヌの“樹の下の道”や“壺とカップと林檎のある静物”、“トランプをする男達”なんかがもし、うちの居間に飾ってあって、日がな一日それを眺めることが出来たらいいなぁなんて妄想してしまうことがあります。』
『妄想なら私もあります。
でも残念ながら私達はビル・ゲイツじゃないんですもの。
あれらを買い上げることなんて夢ですら見られないわね。
ビル・ゲイツだって難しいかもしれませんよ。』
『版画は複数画だから油絵より安いんですか?』
とまた唐突に鼻白む質問が慎哉から次いで出た。
『まぁそうですね、でも版画も限定枚数が決まっていますから、原版があるからといって後からいくらでも刷れるというものでもありません、AKBのポスターじゃあるまいし。』
と彩の声色は気を付けようとしていても、段々冷然となっていった。
やがて彼女はそれには踏ん切りをつけるように、また話題を反らした。
慎哉からこの不快な気持ちを反らす為でもあった。
『それから版画の大抵、
下のほうにまるで日付けのような斜め線で区切られた分母と分子があるのをご覧になったこと、皆さんはありますか?
それはエディションといって我々画商には仕事上、物凄く意味の深いものではありませんが、同時にその作品を知る上では、大切なものであることも否めないものです。
エディションの分母は限定枚数で、分子はその限定枚数のうち何番目に刷られたものかというナンバーリングです。
この世界でその絵がどれだけあるのか、それによって私達でも知ることが出来るのです。よくお客様から分子の数が若ければ若いほど、良いのではないか?といった質問を受けることがあります。
たとえば一番最初に刷られたものは、中間や後ろのほうの数に比べて、より価値があるのではないかとか…
まったくそんなことはありません。
エディションのナンバーリングはあくまでもナンバーリング以上の意味は無く、その数字が若いか若くないかなどその絵の価値と並ぶことはありません。
女性の年齢と同じですね。』
と些(いささ)か疲弊を感じていながらもそれを見せない彩の言葉に、新卒生達から裏表の無い逞(たくま)しいような笑いがどっと起こって、彩はそれに微笑で応えながらも、うんざりして早くここを立ち去りたい思いになっていった。
『また固定先のお客様のところへ回ることは先輩に尾いて行って、まずは見学ということに、最初の一ヶ月くらいはなると思いますが、アプローチブックの中の写真のものが三十万から五十万、で自社のもの。
薄い印刷物が他社さんのもので二十万から三十万前後です。
お客様の意思が決まったら、まずはすぐに事務課へ電話をして、まだその作品があるかどうかの確認をしてください。
外商部は常に他のひと達もフル回転しています。
お客様が欲しいと思われても、他の画商が先を越していて確保されてしまっていては、どうにもならないからです。
版画といっても同じ版画が複数入ることはあまり無いので、その点は注意が必要です。
絵が確保出来たら、一括でご購入かローンかどうかを決めます。
月々の支払いは五千円があくまでも最低限度であり、五千円を切ってはなりません。
初回は二回目より高く、二回目からのほうが安くなり、初回より二回目の金額が上回ってはいけません。
一括払いのお客様の場合利息はゼロ、契約書に使用する印鑑は必ず朱肉で、シャチハタは云うまでもなく不可です。
事務連絡事項記入の書類と契約書は共にファイルへ入れるか、ばらけないようきちんとクリッピングして秘書課へ速やかに提出すること。
また保証人が必要なお客様の場合についてですが、保証人の必要条件としてはまずは、未成年者、勤続一年未満の方、ただし10ヶ月以上経っている場合は認められます。
あとは老齢年金受給でお暮らしの御高齢の方、携帯だけ、スマホだけという家に固定電話を持たない方、水商売の方、ただし経営者は別です。
あとは過去にギャラリーのブラックリストに載っている方も保証人を必要とします。
次に盗難や火災に関する絵の保険とクーリングオフについて。』
と説きながら彩は虚しい気持ちを抑えることが出来なかった。
以前、絵に並々ならぬ知識と恋情じみた気持ちを寄せる三十路過ぎといった感じのホステスと話す機会があり、結局は同席していた店の70代の経営者が、ピカソの版画というだけで店に箔がつくからと一括で買い上げたのだが、横でそれを羨望のため息で見つめていたホステスは、小(ちぃ)ママだったようだが、彼女はレゾネのジャンセンを、触りたくても触れずに、ただただ、愛おしげに身もだえしながら見つめていた。
彩は彼女にこそ、絵を買って貰いたいという気持ちになった。
彼女こそ絵に日々話しかけ、涙を見せ、共に寄り添って生きることの出来る人であろうに。
銀座のオーナーはピカソより自分が嵌めている5カラットのダイヤモンドの指輪や、プラチナ製だという葉巻切りのほうがよっぽど大事に違いない。
『絵が可哀相だわ、画商ってなんて厭な仕事なんだろう。
ドラクロワが画商を禿鷹に喩(たと)えた気持ちが解る気がしてしまう時がある。』
彩は画商であることを誇りに思う反面、画商であることを虚しいと感じることも多々あった。
当然ながらそんなことは平素、おくびにも出さない彩は、この講習会でも画商として必要なセールス的知識工学について語り、 慈しみ深いアプローチブックを閉じて、その長い一日を終えたのであった。
(To be continued…)
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