【青森県八戸市】今はなき百貨店で愛された味と、インドネシアの家庭料理のお弁当店「エナック」
青森県八戸市の中心街には、かつて三春屋という百貨店があった。
2019年に閉館したが建物は現存しており、日中は風除室がバスの待合室代わりに開放されている。
一応は今年の4月からインドア型テーマパークがであるAEM (アエマ)がオープンするという話はあるようだ。
(3/8追記 :地元新聞社のニュースによると半年ほど延期になったとのこと)
地元の人たちの間ではかなり愛された店だったらしく、美味しんぼの100巻の青森編にもチラリと登場している。
そんな三春屋で営業していた人気店の中には、三春屋の閉館後は八戸市内に散らばり現在も営業しているものもある。
そういった店舗の1つが、かつて三春屋の地下で営業していた惣菜店エナックだ。
お庭えんぶりの会場となる更上閣とも程近いこの店舗は、三春屋で人気だったという惣菜店で働いていたインドネシア人の方が営業している弁当屋だ。
店内に入るとごぼうやマカロニやポテトのサラダ、ハンバーグに鳥の照り焼き、そしてそれらを用いた弁当といった町の惣菜屋さんらしい料理の数々の中に、ナシゴレンやミーゴレンや本格的なインドネシアカレー、そしてもはや読み方すら分からないアルファベット表記の料理名のバナナやテンペ (※)のフライなど、インドネシア家庭料理が当たり前のように並んでいる。
※大豆を固めて醗酵させたインドネシアの食材。「インドネシアの納豆」と言われることがあるが粘り気や臭いは無く旨味と穏やかな酸味、みっちりホクホクとした食感が特徴。
近年は健康食品として売られていることもある。
大部分は普通の惣菜や弁当とはいえ、かなり攻めたメニューも少なくないように思えるが、小さな店舗に山積みの惣菜を目当てに近くのオフィスで働いているらしい若者からシルバーカーを押して来店した高齢者までがひっきりなしに訪れる。
八戸の街で愛されている味の惣菜店というのは間違いないようだ。
さて、今回購入したのは本場ターメリックライスという弁当。
フライドオニオンが乗った黄色いご飯に唐揚げにした後にタレに絡めた鶏肉、そしてテンペの唐揚げが添えられた弁当だ。因みにテンペではなくゆで卵をあげてスイートチリソースをかけたものもあった。
この黄色いご飯はインドネシアではナシ クニン (nasi kuning) と呼ばれる料理らしく、ターメリックの他にもバイマクルやレモングラスなどのスパイスと共に、ココナッツミルクを加えて炊き上げたご飯らしい。味付けはされておらず、おかずと共に食べるのが一般的なようだ。
家に持ち帰ってから食べたので、電子レンジで温めてから食べる。
蓋を開けた途端にココナッツミルクとレモングラスなどスパイスの香りが広がる。
こう書くとデザートのような甘ったるい匂いのように聞こえるかもしれないが、そうではない。ココナッツミルクの香りは包み込むようなまろやかさ、スパイスの香りは爽やかさを演出ている。デザートのような食事の締めではない。「さあ、食べるぞ!」という気分を盛り上げてくれる、そういった香りなのだ。
少しでもバランスが変わったり、強すぎたり弱すぎたりしたら全く印象の違うものになっているであろうこの香りを前に、すでにテンションは最高潮だ。
ご飯を口に運べば、まろやかかつ爽やかな香りと共に、油のコクを感じる。ココナッツミルクの油分なのか、炊く際に油を足しているのか分からない。しかし炒めたものほど重くない。(ただし、この油分故に食べる際はレンジなどで温めてから食べることを強く推奨する)
ただの白米よりもボリューミーながらも、香りの爽やかさ故に重すぎない。
東南アジアや南アジアの一部の料理は「辛くて油っこい」と言われがちだか、本来の理想系はこのように「油分でコクとスパイスの香りを引き出しつつ、その香りで食欲を増進させ、かつ爽やかにすることで食べさせる」というのが、少なくとも日本人の味覚にとっての理想系なのではないかと思った。
とはいえ、このターメリックライスそのものはあくまでもマイルド。受け皿としての側面が強い。
単体でも確かに美味しいが、炊き込みご飯程にそれ単体で完結するものではなく、おかずと共に食べることが前提といった塩梅だ。
北東北出身の身からすると赤飯は甘くそれだけで完結する食べ物というイメージが強いが、全国的にには一般的な「甘くない赤飯」のような立ち位置なのではないかと思った。
(実際このターメリックご飯は、インドネシアでは日本の赤飯のように祝い事の際に盛り付けられて出されることも多いらしい)
そしておかず。まずはタレが絡んだ唐揚げからいただく。
甘さ、マイルドさ、そしてスパイシーさのバランスはターメリックご飯に近い。だがそれよりも遥かにはっきり、かつしっかりとした味付けだ。
そこに肉自身のジューシーさとマヨネーズのような酸味、そして何より唐辛子の辛さ。これもまた単体でも美味しい。しかしこの唐辛子の辛さは、一気にカッと来るような辛さではなく食べ進めるうちにじわじわと蓄積するタイプの辛さだ。
そこにマイルドかつ爽やかなターメリックライスをかき込めば、至福がそこにある。
そしてこのテンペの揚げ物。こちらは唐揚げとは違い、塩味の他にはほとんど味付けされていない。そのおかげでテンペの旨み、酸味、豆の豊かな風味をしっかりと感じられ、揚げ物でありながらも箸休めの役割を見事に果たしている。
「初めて食べたけれどもテンペってこんなに美味しいものなのか!」と思ってしまうが、ここまで食べてみればこの旨さには作り手の巧みなセンスの貢献が非常に大きいことは想像がつく。
そしてこのターメリックライス弁当を食べる人にぜひお勧めしたいのが、コーラと共に食べることだ。
コーラとご飯が合うはずはない。私もそう思っていた。しかし看板にわざわざコカコーラのロゴがあり、しかも店内にも並んでいるところから気になって購入して食べたのだがこれがまた大当たりだったのだ。
もちろんお茶でも悪くないのだが、コーラの刺激とスパイシーさが組み合わさることでマリアージュとしか言いようのないものが完成する。騙されたと思ってぜひやってみてほしい。
しっかりと本場のスパイスを使いながらも、普段これらを食べなれない日本人でも受け入れやすい強さに抑えている。それでいてエスニック料理が好きな人でも満足できるという、刃の上に立つような絶妙なラインの上に立っている。
八戸で長年愛されてきた店だからこその、市民の心を掴む絶妙なバランス。恋に理由はいらないというが、愛には確かに理由があるのだ。
八戸を訪れた際は、是非こちらの弁当も食べてみてほしい。