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巫蠱(ふこ)第二十巻【小説】



草笠くがさクシロ④

 くらいなか、わずかな月光げっこうたよりに三人さんにんあるいた。
 十我とがいえいたのは丑三うしみどき
 客人きゃくじんふたりはいえまねかれ、すぐにねむった。

 ――翌朝よくあさ客人きゃくじんのひとり、クシロがます。
 かれからだ毛布もうふがかかっているのに気付きづいた。また、そばでだれかが自分じぶんかお見下みおろしていることも。

草笠くがさクシロと之墓のはかむろつみ

 彼女かのじょはあどけないかおをしていた。
 クシロはそれ以上いじょう外見がいけん描写びょうしゃ心中しんちゅうこころみた。
 しかしすべらのときと同様どうよう罪悪感ざいあくかん邪魔じゃまされて失敗しっぱいした。

「この毛布もうふきみが?」
十我とがねえちゃんじゃないかな」

きみは」
むろつみです。おきゃくさんたっていてました。あなたをにしていいですか」

草笠くがさクシロと之墓のはかむろつみ

★分岐点⇒[ありえると思う選択]

「いいけど、になるかな」
 クシロはこし、之墓のはかむろつみわらいかける。

 むろつみいたをかかえている。そのうえくろかみがある。
 ぺこりとあたまをさげ、ほほえみをかえした彼女かのじょは、ふでのようなものをし、かみいろはじめた。

「おにいさん、灰色はいいろでいい?」
きみきなように」

草笠くがさクシロと之墓のはかむろつみ

 かみいろとしながらむろつみは「てていいよ」とつぶやいた。
 やすいよう、画板がばんすこしかたむける。

 彼女かのじょ影絵かげえをかいているらしい。
 輪郭内りんかくないをぬりつぶす。
 写実的しゃじつてきではない。
 本物ほんものとはことなる体格たいかく
 服装ふくそう無視むし

 クシロはシズカのったことをおもす。
認識にんしき再生産さいせいさん……)

宍中ししなか

 さてクシロがむろつみ一緒いっしょにいるとき、とうのシズカはそとにていた。
 くさむらにしゃがんでむしたちを観察かんさつしている。

宍中ししなかむし一見いっけんすると昆虫こんちゅう
(しかし個体こたいによってあし本数ほんすうとそのえている箇所かしょ差異さいがある)

 そして観察かんさつ途中とちゅうかれ背後はいごから質問しつもんけた。

みにくいですか」

茶々利ささりシズカと宍中ししなか十我とが

 シズカはってかえった。
「めずらしいとはおもいます」

茶々利ささりさん」
 そこにいた蠱女こじょ十我とが一歩いっぽだけうしろにさがる。
「きのうは彼等かれらをつぶしましたか」

「できるかぎりはけました」
「あなたはむしをさげすみ、あわれみ、うらやみますか」
全面的ぜんめんてきに『いいえ』です」

茶々利ささりシズカと宍中ししなか十我とが

茶々利ささりさんのご用件ようけん我々われわれ動向どうこう調査ちょうさでしたね」
 昨夜さくや自己じこ紹介しょうかいさい確認かくにんしていたことを、十我とがかえす。

 シズカは首肯しゅこうした。宙宇ちゅうういた紹介状しょうかいじょうもすでにわたしてある。
「ご迷惑めいわくはおかけしません」

りませんよ。あなたは筆頭ひっとう巫女ふじょねら刺客しかくともおもわれます」

茶々利ささりシズカと宍中ししなか十我とが

「ご安心あんしんを、十我とがさん。
危険物きけんぶつ携帯けいたいしていませんし、わたしも同行どうこうさせた草笠くがさぐん人間にんげんとしては貧弱ひんじゃくで」

丸腰まるごし非力ひりきでも筆頭ひっとう巫女ふじょをひとひねりにするのは簡単かんたんです。
「もちろん護衛ごえいはいますが、ねんのため人質ひとじち要求ようきゅうします」

草笠くがさせと」
「いえ、人質ひとじちはあなたです」

宍中ししなか十我とが

必要ひつようなときに仲間なかま自分じぶんてられるあなたにたいして人質ひとじち無意味むいみです。

「でも草笠くがささんは茶々利ささりさんを見捨みすてないでしょう。なぜかるか? 

草笠くがささんはうちのむろつみ仲良なかよくできているから。
「あなたにかんしては、善良ぜんりょう人間にんげん道連みちづれにこのんだ時点じてんで」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「では返答へんとうを。……あ」
 そのとき十我とがよこいた。

 ややとおくにだれっている。たか人物じんぶつである。

 十我とが大声おおごえした。
鯨歯げいは

 するとこうからそれ以上いじょう声量せいりょうかえってきた。
「おふたりのはなしこえないぎりぎりの間合まあいにいるのでわたしのことはおになさらず」

茶々利ささりシズカと宍中ししなか十我とが

「いや、鯨歯げいはにもいてほしい。様子ようすてこいとめどぎ指示しじしたんだろ」

 そう十我とががさけぶと、鯨歯げいはがこちらにかってきた。

 あらためて十我とがはシズカのほうをこえ通常つうじょうおおきさにもどす。
彼女かのじょ桃西社ももにしゃ鯨歯げいはです」

「わたしをわたしますか」
人質ひとじちになってくださるなら」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 鯨歯げいははシズカに近寄ちかより、あいさつをわした。
 十我とがから説明せつめいけ、彼女かのじょあきれたこえす。

事情じじょうかりましたけど要求ようきゅう一方的いっぽうてきですよ。わたしたち悪者わるものみたいじゃないですか」

まんいちにもめどぎうしなえない」
「おたがいに人質ひとじち用意よういすれば公平こうへいです。こちらからはわたしが」

茶々利ささりシズカと桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 シズカの鯨歯げいは提案ていあんする。

「そちらが巫蠱ふこにひどいことをしようとしたらシズカさんを、ぎゃく巫蠱ふこがそちらに危害きがいくわえようとしたらわたしを始末しまつするというのはどうです」

「あなたの真意しんいは」
見知みしらぬ土地とちにたったふたりで不安ふあんのぞいてあげたいんです」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑬

草笠くがさ意思いし確認かくにんします」
 シズカは十我とがいえかえす。

草笠くがさ筆頭ひっとう巫女ふじょうためにおれ人質ひとじちになるが、いいか」
 窓越まどごしにこえをかける。
 
 なかから返事へんじる。
人質ひとじちなら自分じぶんが」

指名しめいされたのはおれだ」
「シズカさんは納得なっとくを?」
面白おもしろいとおもった」
「なら、いいです」

茶々利ささりシズカと之墓のはかむろつみ

 その会話かいわ直後ちょくご、シズカのみみにクシロとはべつこえとどいた。
「あなたもにしていいですか」

 まどこうのいえのなか。
 クシロのちかくにおさなかおがひとつある。
 彼女かのじょ画板がばんをひざにせ、かみ模様もようけていた。

 かまわないとシズカはこたえる。
十我とがはなしからすると彼女かのじょ之墓のはかむろつみか)

宍中ししなか十我とが

「おなか、すきません?」

 ここでシズカに背後はいごからはなしかけたのは、かれってきた十我とがであった。 
 鯨歯げいは一緒いっしょである。

 十我とが自分じぶんいえにもう一度いちどシズカをまねれ、食事しょくじしてくれた。

 シズカたちの感謝かんしゃたいして十我とがは「一日一回いちにちいっかいだけですよ」ともうわけなさそうにった。

宍中ししなか十我とが

 それから十我とがはシズカたちをれ、赤泉院せきせんいんかう。

 途中とちゅう彼女かのじょくさむらからむしをすくいあげた。

うらないですよ。

「……結果けっかは『そん』とました。
わるいものとはかぎりません。怒気どき欲望よくぼう減損げんそんすべきであるように。

「ただしたるも八卦はっけたらぬも八卦はっけ無視むししても結構けっこう

草笠くがさクシロと宍中ししなか十我とが

「さてめどぎながれですが、その前提ぜんていでよかったですか」

 そんな十我とが疑問ぎもんにシズカとクシロが同時どうじおうじる。
 巫蠱ふこのことをるには筆頭ひっとう巫女ふじょくのが一番いちばんだとおもうと。

 十我とがいをかさねる。
筆頭ひっとう蠱女こじょは?」

先日せんじつ仕事中しごとちゅうかけました」
 今度こんどはクシロのくちだけがうごいた。

草笠くがさクシロと宍中ししなか十我とが

本人ほんにん名乗なのったんですか、草笠くがささん」
「いえ、にもかけないうつくしさで」

「でしたらうちの筆頭ひっとうおもわれます」
国境こっきょうえるところをかけたのです。同日どうじつくもなきあめがふりました」

人々ひとびとから凶兆きょうちょうおもわれていますよね、戦争せんそうの」
今回こんかいは、なにもこりませんでした」

茶々利ささりシズカと桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 一方いっぽうだまってしまったシズカのかお同行どうこうしていた鯨歯げいはがのぞきこむ。
「クシロさんにたくすために、あえて沈黙ちんもくしましたね」

 鯨歯げいはこしからくびまでを過度かど湾曲わんきょくさせている。

しんじましょう。十我とがさんも筆頭ひっとうはなすときの予行演習よこうえんしゅうをしてくれているようですし」
おそります」

茶々利ささりシズカと桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「いやおそることはないですよ」
 鯨歯げいはくびまわした。
「もっとれしくても全然ぜんぜん。わたしの敬語けいご相手あいてうやまってのものじゃありませんし」

 くびうごかしながらも彼女かのじょ視線しせんはシズカのかおからはなれなかった。

宙宇ちゅううえつ葛湯香くずゆか鯨歯げいは全員ぜんいん巫女ふじょだがおもいはそれぞれか)

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 シズカとはなすうち鯨歯げいは自身じしん巫女ふじょになった経緯けいいにもふれた。

 もともと彼女かのじょはさる富商ふしょう次女じじょ

 あるあめともにおりてきたおもいにうごかされ家出いえで
 のち家族かぞくさがされたが「つらいときはかならかえること」を条件じょうけん和解わかい

けるでしょ。とんだどらむすめがいたもんです」

草笠くがさクシロと宍中ししなか十我とが

 そろそろ赤泉院せきせんいんはいる。
 くさむらが途切とぎれ、むしった。

 十我とが自分じぶんのほおをゆび節目ふしめでさすりつつ「なぜかないんです」とクシロにった。
くもなきあめ元凶げんきょう御天みあめとわたしは姉妹しまいです。せんさくの好機こうきでは」

「……はなせることはありますか」
「わたしも御天みあめからない」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 赤泉院せきせんいん屋敷やしきには夕方前ゆうがたまえ到着とうちゃくした。

 玄関げんかんちかくでっていた人物じんぶつ状況じょうきょう説明せつめいして客人きゃくじんたちをあずけた十我とが屋敷やしき宍中ししなかもどる。

むろつみ留守番るすばんさせていますので」
 彼女かのじょはしってすぐえた。

 それを見届みとどけ、玄関げんかんちかくに人物じんぶつ名乗なのった。
「こんにちは睡眠すいみんです」

赤泉院せきせんいん

 シズカとクシロは屋敷やしき一室いっしつとおされた。
 すでにかれていた座布団ざぶとんうえこしをおろす。

 部屋へやはなたれており、縁側えんがわさき景色けしきがよくみえる。
 そとには小石こいしらばる。
 はなかせない植物しょくぶつがあちこちにえている。

 この風景ふうけいのややおくに、ぽつんとみずたまりがあった。

(つづく)

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▽前の話(第十九巻)を読む

▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)

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草笠くがさクシロと之墓のはかむろつみ②」より分岐ぶんき可能性かのうせいわりいち

「あなたをにしていいですか」

 そんな之墓のはかむろつみ言葉ことばは、草笠くがさクシロを戸惑とまどわせた。

 むろつみ無邪気むじゃきというか悪意あくいのないかおをしていた。
 彼女かのじょ希望きぼうっても、問題もんだいはないとおもわれる。だが。

「いや、ぼくにならないよ。ごめんね」
 クシロはこしながらあやまった。

 たいしてむろつみくびいきおいよくる。
「いえ、いえ。わたしが不躾ぶしつけたのんだことです。おにいさんはにしないで」

 正直しょうじき、クシロはうしろめたさをかんじた。

ゆるすな)

 さきほどから、そとの茶屋ちゃやいた刃域じんいき宙宇ちゅうう忠告ちゅうこくのうひびいている。
 いたいけな少女しょうじょにもみえるむろつみ提案ていあんをあっさりこばんだのは、そのこえしたがったからだろうか。

 むろつみも、この世界せかい異端視いたんしされる巫蠱ふこのひとり。
 本当ほんとうのところ実年齢じつねんれいがいくつかもからない。

 外見がいけん判断はんだんすべきではない。
 彼女かのじょ蠱女こじょおもわれるもの。その特性とくせいは、おそらく「にすること」に集約しゅうやくされているはず。

 世界せかいにたった十二人じゅうににんしかいない蠱女こじょ
 そこには特別とくべつ意味合いみあいがふくまれていないとおかしい。

 そうかんがえたとき、「にする」という行為こうい一種いっしゅ呪術じゅじゅつであるかのようにもおもわれた。

 自分じぶんという存在そんざいというわくめられるような予感よかん
 クシロ自身じしんすべらをかこうとしたときかみやぶってしまったのは、筆頭ひっとう蠱女こじょであるすべらがその枠内わくないおさまる存在そんざいではなかったからではないだろうか。

 だからこわくなった。にされるのをためらった。

 しかしクシロは仕事しごとでここにている。
 巫蠱ふこ動向どうこうさぐるにあたって、彼女かのじょたちとはできるだけ友好的ゆうこうてきせっしたほうがいいとも理解りかいしている。

 このまま相手あいて希望きぼう拒否きょひした状態じょうたいわるのはのぞましくない。

 とはいえ。

 かれ気持きもちは、それだけではなかった。

きみ普段ふだん、どんなをかいているの? てみたいな」
 なだめるような口調くちょうともに、クシロはむろつみ笑顔えがおける。

 するとむろつみが、くびまわすのをやめた。

 彼女かのじょ画板がばんっていた。
 そこにいたくろかみに、をかきだした。

かがみじゃないをかいてるよ。だからあなたではなく、わたしが想像そうぞうしたあなたのこころにします。これならいい?」

きみ想像そうぞうならになるとおもうよ」
 それからクシロはだまって彼女かのじょ様子ようする。

 むろつみふでのようなものをかみにこすりつけながらいろひろげる。

 使つかわれているのは、灰色はいいろだ。

「おにいさんのこころいろ。でもいやいろじゃないよ」

 ここでおな箇所かしょへと執拗しつように、同色どうしょくかさねていく。

「だって之墓のはかいろだから。あ、それよりちょっとうすいかも」

 かさねた同色どうしょく乱暴らんぼうばす。
 その部分ぶぶんはあまり上手うまいろひろがらなかった。

適当てきとうだけどね」

 こうして、くろかみそこのほうに灰色はいいろの「だま」が出来できた。

 ただし全体ぜんたいながれはあるようだ。
 はいうえへとらばりのぼり、ひとつの先端せんたん収束しゅうそくする。

 ……かとおもいきや、上空じょうくう付近ふきんった。

 そのった残骸ざんがいふたたび「だま」に合流ごうりゅうするでもなく、くろかみ左右さゆうのはしにあそんだままである。

 それは、クシロの心底しんてい芽生めばえていた、もっと単純たんじゅんな。

 白色はくしょくよりもいろのない感情かんじょう
 明確めいかくなかたちのない感情かんじょう
 なおかつ弾力だんりょくのある感情かんじょう
 そして指向性しこうせいのある感情かんじょう

 つまり感情かんじょう質量しつりょうの「しつ」の部分ぶぶんちた、純粋じゅんすいな「りょう」としての気持きもちであった。

 大量たいりょうにあるわけではないが、そこにしっかりちている。

 それが、クシロのこころ完璧かんぺき描写びょうしゃしているかはからない。

 なぜならあくまでむろつみ想像そうぞうしたクシロの内面ないめんにすぎない。
 そもそもクシロは自分じぶんこころにどのようないろんでいるのかをらない。

「これ、おくります」
 画板がばんからかみかせ、むろつみした。

「ありがとう」
 クシロはむろつみにおれいをしたくてたまらなかった。

 そのうれしかったというよりも、そのをかいてわたしてくれたことがうれしかったのだ。

みやげをわたすな)

 宙宇ちゅううのこの忠告ちゅうこくおもさなかったら、おかえしとしてなんらかのものを彼女かのじょにあげたとおもわれる。

(ただ、宙宇ちゅうう紹介状しょうかいじょうわりにたまごのからっていた。
みやげではなく取引とりひきだったらべつにいいのでは)

 一瞬いっしゅんクシロはそうおもったが、あどけない雰囲気ふんいきむろつみたいして取引とりひきという概念がいねんすのはどこかいやかんじがした。

 結局けっきょく感謝かんしゃ言葉ことば我慢がまんした。

草笠くがさ

 そのときまどのそとから茶々利ささりシズカのこえがした。かれはクシロの上司じょうしのひとりである。

 なんでも筆頭ひっとう巫女ふじょうために人質ひとじちになるらしい。

 クシロとしてはすすまなかった。
 しかしクシロはこの上司じょうし自分じぶんより何倍なんばい賢明けんめいであるとっている。

 よって部下ぶかとして無理むり反対はんたいするわけにはいかなかった。

 そしてはなしわったとき、彼女かのじょこえ部屋へやのなかにひろがった。

「あなたはにしていいですか」

 ひくいような、たかいような、その中間ちゅうかんでもないような、形容けいようしがたいおとだった。

 自分じぶんいていると気付きづいたシズカはすこかんがえてこたえた。

遠慮えんりょする」

 これにたいしてむろつみは、けよくうなずいた。
 そしてあたらしいくろかみ用意よういして、またいろひろはじめた。

 今度こんどあおだった。

(おわり)

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