巫蠱(ふこ)第二巻【小説】
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯④
朝。鯨歯(げいは)が目を覚ましたころには、すでに蓍(めどぎ)は起きていた。からだをまるめ、じっとしていた。
「筆頭、具合がわるいなら……」
「おはよう鯨歯」
「あ、おはようございます」
「やっぱ泉じゃないと瞑想できないな。息が続く。呼吸をとめようとしても」
▼楼塔流杯①
「おはようですね、ご両人」
蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)が休んでいた一室に、楼塔流杯(ろうとうりゅうぱい)があらわれた。
きのう、姉に代わってふたりを楼塔の屋敷にいれてくれたのは彼女である。
こころなしか、声がうわずっているようだ。
「ごはん食べます?」
▼楼塔流杯と赤泉院蓍①
「流杯(りゅうぱい)、おまえのメシ、またうまくなったな」
「いやあ、ただの一汁一菜ですよ」
赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)からほめられた楼塔(ろうとう)流杯が、照れくさそうにごはんをかっこむ。
「ちょっと師匠に」
「ああ、射辰(いたつ)か。がんばってんね」
▼楼塔流杯と桃西社鯨歯①
食事を終えた蓍(めどぎ)が部屋からでていき、楼塔流杯(ろうとうりゅうぱい)と桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)が残された。
「鯨歯おまえこわくない?」
「なにがです」
「だって御天(みあめ)っちの仕事がなくなるって。わたしたち、もう思われなくなっちゃうだろ」
▼楼塔流杯と桃西社鯨歯②
「分かりませんね、そもそもわたしは巫女(ふじょ)ですし」
「そうだけど」
「御天(みあめ)さまの仕事の終わりは、世界平和を意味するわけです。
「うちの筆頭が皇(すべら)さんさがしてるのも、まっさきにちゅーうに手紙をだしたっぽいのも、めでたいからでしょうよ」
▼楼塔是と赤泉院蓍②
「……姉はきょうももどってきませんでした。それで、御天(みあめ)について、わたしとなにを話すのです」
楼塔是(ろうとうぜ)と赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)がすわって向かい合っている。場所は是の道場。
「おまえどう思う?」
「蠱女(こじょ)にする質問ですか」
▼楼塔是④
是(ぜ)はすこし姿勢をくずし、続ける。
「うちの妹、ずっとこわがっています。御天(みあめ)ほどの蠱女(こじょ)が思われなくなるのです。
「となれば蠱女全体の存在さえあやうくなる。わたしの門下生もいなくなるでしょう。刃域(じんいき)にはよいことでもね」
▼楼塔是と赤泉院蓍③
「御天(みあめ)の仕事、いまからでも増やそうか。身身乎(みみこ)ならでき……」
「筆頭巫女(ひっとうふじょ)」
楼塔是(ろうとうぜ)の口調にとつじょ冷気が加わった。
「あなたがわざとそういうことを言っているのは分かります。しかしそんな提案、姉にも通用しませんよ」
▼楼塔是と赤泉院蓍④
「いじわる言ってごめん」
すなおにあやまる蓍(めどぎ)であった。
「で、ぜーちゃん、ちょっとそとのえらいやつらと会談しようと思ってるんだけど、その場所にこの道場使えない?」
「不本意ですが、かまいません」
「ありがと。これも宙宇(ちゅうう)に伝えないとな」
▼楼塔是と流杯①
……屋敷の庭で流杯(りゅうぱい)が飛んでいた。
「あ、ねーちゃん。蓍(めどぎ)さんとの話は終わったの?」
「まあね」
是(ぜ)は妹を見上げて言う。
「流杯。筆頭巫女(ひっとうふじょ)は瞑想がたりていないらしい。うちの風呂、使わせてやって。鯨歯(げいは)もいっしょにね」
▼巫女と蠱女①
「……鯨歯(げいは)さあ、おまえ右半身だけだして浮かぶのたのしい?」
流杯(りゅうぱい)のあきれ声に反応するように、鯨歯は回転した。
「うわっ、左半身でもこわいって!」
風呂につかりながら蓍(めどぎ)が笑う。
「おまえらもっとはしゃげ」
「いやうちの風呂ですが」
▼楼塔②
楼塔(ろうとう)の屋敷の庭には露天風呂とも呼べる場所がある。
赤泉院(せきせんいん)の泉よりも、はるかに大きい。
赤を帯びた透明の湯で、むしろこちらが赤泉院ではないかと思うほどだ。
かるくさわるとぬるぬるする。
しかし肌にこすりつけると、ざらざらする。
▼楼塔流杯と赤泉院蓍②
「それより蓍(めどぎ)さん、瞑想」
流杯(りゅうぱい)の勧めにうなずいた蓍は、からだをまるめ風呂のそこへとしずみこむ。
深さで言えば彼女がいつももぐっている泉のほうがうえだ。
だからすぐにそこに達した。すきとおった赤い湯が、気泡のようにもみえてくる。
▼楼塔是と桃西社鯨歯③
「……そう、筆頭巫女(ひっとうふじょ)は瞑想できたと」
「おかげさまで。もうねむりましたけど」
夜になって、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)と楼塔是(ろうとうぜ)が話している。
「これで身身乎(みみこ)を利用する思いも飛んだか」
「うちの三女さんがなにか」
「べつに」
▼巫女と蠱女②
いま屋敷には、六人の巫蠱(ふこ)がいる。
筆頭巫女(ひっとうふじょ)の赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)、おなじく巫女、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)。
蠱女(こじょ)のほうは、楼塔是(ろうとうぜ)と楼塔流杯(りゅうぱい)、之墓館(のはかむろつみ)、そして。
▼之墓簪と館①
画板をかかえた小さな影、之墓館(のはかむろつみ)は暗くなってから起き、寝ている巫蠱(ふこ)の枕元に順繰りに立つ。
が、是(ぜ)の道場から流杯(りゅうぱい)の部屋にいこうとしたときだ。
「むろつみ? 姉さん心配してたよ」
うしろからの声。
簪(かんざし)だ。
▼之墓簪と館②
渡り廊下の構造上、簪(かんざし)の立ち位置から館(むろつみ)の画板がよくみえる。
あかりはないが、姉妹ともに夜目が利く。そこに貼り付いた絵をのぞきこみつつ、妹にもたれかかる簪であった。
「お姉ちゃんおもい」
「そうだよ姉は重いのさ。だからかるくかいてくれ」
▼之墓簪①
「ぜーちゃん、きょう道場休みにしたでしょ。けさ、なにかがぽろっと落ちるように思われたんだ。
「それでここにきた。姉さんにはなにも言ってない。
「でもむろつみも楼塔(ろうとう)にいたんだ。てっきり後巫雨陣(ごふうじん)にいってるものかと」
髪をこすりこすり言う。
▼蠱女たち①
「あ、ごはん、ふたりぶん用意されてる」
簪(かんざし)をかき終え、流杯(りゅうぱい)の部屋にはいった之墓館(のはかむろつみ)が、かぼそい声で姉に教える。
「きのうはひとりぶんだったんだよ」
簪は流杯が起きない程度にささやいた。
「りゅーちゃん、ありがとね」
▼巫女と蠱女③
……そして日差しがまたもどる。
蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)が楼塔(ろうとう)の屋敷をあとにするところだ。見送るのは、流杯(りゅうぱい)ひとり。
「ぜーちゃんは?」
「道場です」
「マジか」
鯨歯が無表情にあきれる。
「いや筆頭が寝坊したのがわるいんでしょうよ」
▼楼塔流杯②
礼を述べて去ろうとするふたりの巫女(ふじょ)に向かって、流杯(りゅうぱい)はさけぶ。
「蓍(めどぎ)さん、わたしこれから城(さし)に飛びますけど、今回の件、伝えておきます。
「びびってばっかじゃよくないって、鯨歯(げいは)、おまえ見てたらそう思われてさ」
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯⑤
「で、筆頭。これからどこに」
「うーん、御天(みあめ)はたぶん楼塔(ろうとう)ひととおりさがしてるんだよな。
「ぜーちゃんとは話したいこと話せたし、つぎは宙宇(ちゅうう)に追加の手紙。後巫雨陣(ごふうじん)経由で皇(すべら)もさがすか」
「はあ、了解です」
▼後巫雨陣①
彼女ら巫蠱(ふこ)の片方、巫女(ふじょ)の読みは蠱女(こじょ)に合わせて「ふじょ」である。
だが「みこ」と呼ばれてもおかしくない者たちもいる。
それが後巫雨陣(ごふうじん)の三姉妹。
まもる土地の名も、後巫雨陣。名字と土地の名が一致するのは、ほかの巫蠱と同様だ。
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯⑥
道中。
「……わたしは今回の御天(みあめ)さまのこと、めでたいと思ってました。けれどその認識はまちがいでしたか」
桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)の疑問に、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)が答える。
「あってるよ。おまえは、すべてを思える巫女(ふじょ)なんだ」
▼後巫雨陣②
後巫雨陣(ごふうじん)の地は、しめっている。
足を踏み入れた瞬間、肌と服とがひんやりし、すこしばかり重くなる。
生長というよりは肥大した植物が、濡れた皮膚へと貼り付いてくる。
霧はないものの、全方位から水滴をふきかけられているようで、方向感覚がくるう。
(つづく)
▽次の話(第三巻)を読む
▽前の話(第一巻)を読む
▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?