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巫蠱(ふこ)第二巻【小説】



赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 あさ。鯨歯(げいは)がましたころには、すでに蓍(めどぎ)はきていた。からだをまるめ、じっとしていた。

筆頭ひっとう具合ぐあいがわるいなら……」

「おはよう鯨歯げいは

「あ、おはようございます」

「やっぱいずみじゃないと瞑想めいそうできないな。いきつづく。呼吸こきゅうをとめようとしても」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

「おはようですね、ご両人りょうにん

 蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)がやすんでいた一室いっしつに、楼塔流杯(ろうとうりゅうぱい)があらわれた。

 きのう、あねわってふたりを楼塔ろうとう屋敷やしきにいれてくれたのは彼女かのじょである。

 こころなしか、こえがうわずっているようだ。

「ごはんべます?」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいんめどぎ

「流杯(りゅうぱい)、おまえのメシ、またうまくなったな」

「いやあ、ただの一汁一菜いちじゅういっさいですよ」

 赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)からほめられた楼塔(ろうとう)流杯りゅうぱいが、れくさそうにごはんをかっこむ。

「ちょっと師匠ししょうに」

「ああ、射辰(いたつ)か。がんばってんね」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 食事しょくじえた蓍(めどぎ)が部屋へやからでていき、楼塔流杯(ろうとうりゅうぱい)と桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)がのこされた。

鯨歯げいはおまえこわくない?」

「なにがです」

「だって御天(みあめ)っちの仕事しごとがなくなるって。わたしたち、もうおもわれなくなっちゃうだろ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

かりませんね、そもそもわたしは巫女(ふじょ)ですし」

「そうだけど」

「御天(みあめ)さまの仕事しごとわりは、世界平和せかいへいわ意味いみするわけです。

「うちの筆頭ひっとうが皇(すべら)さんさがしてるのも、まっさきにちゅーうに手紙てがみをだしたっぽいのも、めでたいからでしょうよ」

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ

「……あねはきょうももどってきませんでした。それで、御天(みあめ)について、わたしとなにをはなすのです」

 楼塔是(ろうとうぜ)と赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)がすわってかいっている。場所ばしょ道場どうじょう

「おまえどうおもう?」

「蠱女(こじょ)にする質問しつもんですか」

楼塔ろうとう

 是(ぜ)はすこし姿勢しせいをくずし、つづける。

「うちのいもうと、ずっとこわがっています。御天(みあめ)ほどの蠱女(こじょ)がおもわれなくなるのです。

「となれば蠱女こじょ全体ぜんたい存在そんざいさえあやうくなる。わたしの門下生もんかせいもいなくなるでしょう。刃域(じんいき)にはよいことでもね」

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ

「御天(みあめ)の仕事しごと、いまからでもやそうか。身身乎(みみこ)ならでき……」

「筆頭巫女(ひっとうふじょ)」

 楼塔是(ろうとうぜ)の口調くちょうにとつじょ冷気れいきくわわった。

「あなたがわざとそういうことをっているのはかります。しかしそんな提案ていあんあねにも通用つうようしませんよ」

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ

「いじわるってごめん」

 すなおにあやまる蓍(めどぎ)であった。

「で、ぜーちゃん、ちょっとそとのえらいやつらと会談かいだんしようとおもってるんだけど、その場所ばしょにこの道場どうじょう使つかえない?」

不本意ふほんいですが、かまいません」

「ありがと。これも宙宇(ちゅうう)につたえないとな」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 ……屋敷やしきにわで流杯(りゅうぱい)がんでいた。

「あ、ねーちゃん。蓍(めどぎ)さんとのはなしわったの?」

「まあね」

 是(ぜ)はいもうと見上みあげてう。

流杯りゅうぱい。筆頭巫女(ひっとうふじょ)は瞑想めいそうがたりていないらしい。うちの風呂ふろ使つかわせてやって。鯨歯(げいは)もいっしょにね」

巫女ふじょ蠱女こじょ

「……鯨歯(げいは)さあ、おまえ右半身みぎはんしんだけだしてかぶのたのしい?」

 流杯(りゅうぱい)のあきれごえ反応はんのうするように、鯨歯げいは回転かいてんした。

「うわっ、左半身ひだりはんしんでもこわいって!」

 風呂ふろにつかりながら蓍(めどぎ)がわらう。

「おまえらもっとはしゃげ」

「いやうちの風呂ふろですが」

楼塔ろうとう

 楼塔(ろうとう)の屋敷やしきにわには露天風呂ろてんぶろともべる場所ばしょがある。

 赤泉院(せきせんいん)のいずみよりも、はるかにおおきい。
 あかびた透明とうめいで、むしろこちらが赤泉院せきせんいんではないかとおもうほどだ。

 かるくさわるとぬるぬるする。
 しかしはだにこすりつけると、ざらざらする。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいんめどぎ

「それより蓍(めどぎ)さん、瞑想めいそう

 流杯(りゅうぱい)のすすめにうなずいためどぎは、からだをまるめ風呂ふろのそこへとしずみこむ。

 ふかさでえば彼女かのじょがいつももぐっているいずみのほうがうえだ。

 だからすぐにそこにたっした。すきとおったあかが、気泡きほうのようにもみえてくる。

楼塔ろうとう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「……そう、筆頭巫女(ひっとうふじょ)は瞑想めいそうできたと」

「おかげさまで。もうねむりましたけど」

 よるになって、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)と楼塔是(ろうとうぜ)がはなしている。

「これで身身乎(みみこ)を利用りようするおもいもんだか」

「うちの三女さんじょさんがなにか」

「べつに」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 いま屋敷やしきには、六人ろくにんの巫蠱(ふこ)がいる。

 筆頭巫女(ひっとうふじょ)の赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)、おなじく巫女ふじょ、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)。

 蠱女(こじょ)のほうは、楼塔是(ろうとうぜ)と楼塔ろうとう流杯(りゅうぱい)、之墓館(のはかむろつみ)、そして。

之墓のはかかんざしむろつみ

 画板がばんをかかえたちいさなかげ、之墓館(のはかむろつみ)はくらくなってからき、ている巫蠱(ふこ)の枕元まくらもと順繰じゅんぐりにつ。

 が、是(ぜ)の道場どうじょうから流杯(りゅうぱい)の部屋へやにいこうとしたときだ。

「むろつみ? ねえさん心配しんぱいしてたよ」

 うしろからのこえ
 簪(かんざし)だ。

之墓のはかかんざしむろつみ

 わた廊下ろうか構造上こうぞうじょう、簪(かんざし)の位置いちから館(むろつみ)の画板がばんがよくみえる。

 あかりはないが、姉妹しまいともに夜目よめく。そこにいたをのぞきこみつつ、いもうとにもたれかかるかんざしであった。

「おねえちゃんおもい」

「そうだよあねおもいのさ。だからかるくかいてくれ」

之墓のはかかんざし

「ぜーちゃん、きょう道場どうじょうやすみにしたでしょ。けさ、なにかがぽろっとちるようにおもわれたんだ。

「それでここにきた。ねえさんにはなにもってない。

「でもむろつみも楼塔(ろうとう)にいたんだ。てっきり後巫雨陣(ごふうじん)にいってるものかと」

 かみをこすりこすりう。

蠱女こじょたち①

「あ、ごはん、ふたりぶん用意よういされてる」

 簪(かんざし)をかきえ、流杯(りゅうぱい)の部屋へやにはいった之墓館(のはかむろつみ)が、かぼそいこえあねおしえる。

「きのうはひとりぶんだったんだよ」

 かんざし流杯りゅうぱいきない程度ていどにささやいた。

「りゅーちゃん、ありがとね」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 ……そして日差ひざしがまたもどる。

 蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)が楼塔(ろうとう)の屋敷やしきをあとにするところだ。見送みおくるのは、流杯(りゅうぱい)ひとり。

「ぜーちゃんは?」

道場どうじょうです」

「マジか」

 鯨歯げいは無表情むひょうじょうにあきれる。

「いや筆頭ひっとう寝坊ねぼうしたのがわるいんでしょうよ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 れいべてろうとするふたりの巫女(ふじょ)にかって、流杯(りゅうぱい)はさけぶ。

「蓍(めどぎ)さん、わたしこれから城(さし)にびますけど、今回こんかいけんつたえておきます。

「びびってばっかじゃよくないって、鯨歯(げいは)、おまえてたらそうおもわれてさ」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「で、筆頭ひっとう。これからどこに」

「うーん、御天(みあめ)はたぶん楼塔(ろうとう)ひととおりさがしてるんだよな。

「ぜーちゃんとははなしたいことはなせたし、つぎは宙宇(ちゅうう)に追加ついか手紙てがみ。後巫雨陣(ごふうじん)経由けいゆで皇(すべら)もさがすか」

「はあ、了解りょうかいです」

後巫雨陣ごふうじん

 彼女かのじょら巫蠱(ふこ)の片方かたほう、巫女(ふじょ)のみは蠱女(こじょ)にわせて「ふじょ」である。

 だが「みこ」とばれてもおかしくないものたちもいる。

 それが後巫雨陣(ごふうじん)の三姉妹さんしまい

 まもる土地とちも、後巫雨陣ごふうじん名字みょうじ土地とち一致いっちするのは、ほかの巫蠱ふこ同様どうようだ。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 道中どうちゅう

「……わたしは今回こんかいの御天(みあめ)さまのこと、めでたいとおもってました。けれどその認識にんしきはまちがいでしたか」

 桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)の疑問ぎもんに、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)がこたえる。

「あってるよ。おまえは、すべてをおもえる巫女(ふじょ)なんだ」

後巫雨陣ごふうじん

 後巫雨陣(ごふうじん)のは、しめっている。
 あしれた瞬間しゅんかんはだふくとがひんやりし、すこしばかりおもくなる。

 生長せいちょうというよりは肥大ひだいした植物しょくぶつが、れた皮膚ひふへといてくる。

 きりはないものの、全方位ぜんほういから水滴すいてきをふきかけられているようで、方向感覚ほうこうかんかくがくるう。

(つづく)

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