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巫蠱(ふこ)第十三巻【小説】



赤泉院せきせんいん身身乎みみこ桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 本来ほんらい、睡眠(すいみん)は筆頭巫女(ひっとうふじょ)のびとである。

 とはいえ、その蓍(めどぎ)のいもうとたちのことをにかけていないわけではない。

 だから身身乎(みみこ)の寝顔ねがおにもやさしい視線しせんとしていた睡眠すいみんであった。

 身身乎みみこ真剣しんけん表情ひょうじょうじており、それがかえっていとおしかった。

桃西社ももにしゃ睡眠すいみん

 赤泉院(せきせんいん)の三姉妹さんしまいについて睡眠(すいみん)にはおもうところがあった。

 真面目まじめ不真面目ふまじめからないがどこか達観たっかんしている長女ちょうじょの蓍(めどぎ)。

 冷静れいせいでありながらつことにこだわる三女さんじょの身身乎(みみこ)。

 血縁けつえんによる姉妹しまいではないのでかおていない。
 その関係かんけいは、繊細せんさいであった。

赤泉院せきせんいん岐美きみ

 おたがいのことを大切たいせつおもっているが、明確めいかく一線いっせんいているかんじがする。

 とくに次女じじょの岐美(きみ)だ。

 三人さんにんのなかでいちばん無害むがい平凡へいぼんそうにみえて、じつはもっともおもなや人間にんげんである。

 このたび屋敷やしきをはなれたのも、蓍(めどぎ)をさけたからではないかと睡眠(すいみん)はている。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいん岐美きみ

 岐美(きみ)は各地かくちをまわるとっていた。それで彼女かのじょ最初さいしょかったのは、楼塔(ろうとう)のであった。

 そこに屋敷やしき到着とうちゃくしたのは夕方ゆうがたごろ。もんをたたくと、なかから楼塔ろうとう三女さんじょ、流杯(りゅうぱい)がかおをだした。

「あ、岐美きみさん。おひさしぶりです。どうぞ、うちに」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

「なんのようかはさっしがつきますよ。うちのねーさんが蓍(めどぎ)さんのうこといてないんじゃないかって心配しんぱいして、きたんでしょう。

「だいじょうぶです。きのう外出がいしゅつしました。

「しかも、でていくときに『いってきます』ってってくれたんです。あの、ねーさんが」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいん岐美きみ

 流杯(りゅうぱい)はこえをはずませながら岐美(きみ)を客間きゃくま案内あんないする。ただ、ひとつ誤解ごかいしているようだった。

 そこに岐美きみがふれる。

「ごめん。わたし、皇(すべら)さんのことかんがえてなかった」

「そうでしたか。でもかっていますよ。心配しんぱいしないでいられるのは、信頼しんらいしているからだって」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいん岐美きみ

「ありがとね。で、わたしのようはみんなが現状げんじょう把握はあくしているか確認かくにんすることだよ。まずは流杯(りゅうぱい)ちゃんに」

遠慮えんりょせず練習台れんしゅうだいにしてください」

「御天(みあめ)ちゃんの仕事しごと危機きき

「はい」

こおりってから桃西社(ももにしゃ)ではない」

八人はちにんのですね」

「皇(すべら)さんつかった」

「おかげさまで」

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいん岐美きみ

確認かくにんするのはこれくらいかな。あと、ちょっと相談そうだんが」

 ここまでいかけて、岐美(きみ)は言葉ことばんだ。

 足音あしおとこえたからである。そのおとはだんだんおおきくなり、ふたりのいる客間きゃくまのまえでとまった。

 岐美きみがそちらにけると、楼塔(ろうとう)の次女じじょ、是(ぜ)がっていた。

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいん岐美きみ

 岐美(きみ)は是(ぜ)とあいさつをかわしたあと、心配しんぱいそうに質問しつもんする。

「ぜーちゃん、なにかあったの」

「なんでそうおもう」

足音あしおとりがなかったから」

「いいみみしてるね。ともあれ、場所ばしょうつそうか」

 客間きゃくまおく指差ゆびさした。
 そこにとびらがある。にわ露天風呂ろてんぶろつづとびらだ。

楼塔ろうとう

 説明せつめいすると楼塔(ろうとう)の露天風呂ろてんぶろ真下ましたにあいた巨大きょだい地下空洞ちかくうどうからねつけている。

 だから一年いちねんじゅう、ずっとあたたかい。

 空洞くうどうは皇(すべら)の潜伏場所せんぷくばしょでもあったが、四日よっかまえ、蓍(めどぎ)に発見はっけんされている。

 ただしめどぎも、彼女かのじょといっしょにいた鯨歯(げいは)も、その空洞くうどうのことをだれにもはなしていない。

赤泉院せきせんいん岐美きみ

 桃西社(ももにしゃ)の湖底こていあながあって、そこをけたさきに皇(すべら)がいた……という程度ていど描写びょうしゃにとどめている。

 したがって、鯨歯(げいは)のはなしいていた岐美(きみ)も楼塔(ろうとう)の地下空洞ちかくうどうについては知らない。

 岐美きみたちは現在げんざい露天風呂ろてんぶろ心地ここちよくつかっている。

 一枚下いちまいしたにある、がらんどうにも気付きづかずに。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいん岐美きみ

「それで岐美(きみ)さん。相談そうだんって」

「わたしを城(さし)までれていってくれないかな」

「いいですけど、いま玄翁(くろお)さんも師匠ししょうもいないですよ。

「でも絖(ぬめ)はこっちにきてるから、情報じょうほうのすりあわせをするならぬめっては」

「ありがとう。じゃ、そうしよ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい赤泉院せきせんいん岐美きみ

「それにしても流杯(りゅうぱい)ちゃんが元気げんきそうでよかった」

半分はんぶん空元気からげんきです」

「そ、そう」

「そんなことより岐美(きみ)さん、ゆめってなんだとおもいます。このあいだ師匠ししょうが『ゆめかたろう』ってってたんです」

「射辰(いたつ)が……? うーん、現実げんじつから一歩いっぽ以上いじょうすことかなあ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 岐美(きみ)の意見いけんにうなずいてから、流杯(りゅうぱい)はあねのほうをいた。

「ねーちゃんは、どう」

 是(ぜ)はよどみなくこたえる。

ゆめとは『いま』のこと。未来みらいでも過去かこでも妄想もうそうでもなくてね。

「なぜなら、あらゆる現在げんざい必然的ひつぜんてきにおのれがあゆんださきにあるから。わたしにはそうおもわれる」

巫女ふじょ蠱女こじょ

「だから……たとえすべてをうしなったあとでも、わたしはゆめつづける」

 質問しつもんしてきた流杯(りゅうぱい)だけでなく岐美(きみ)にも視線しせんばしつつ、是(ぜ)は返答へんとうした。

 参考さんこうになったと流杯りゅうぱいはふたりにれいう。

 一方いっぽう岐美きみおもった。

「もしゆめ悪夢あくむだったらどうするの」

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいん岐美きみ

 筆頭蠱女(ひっとうこじょ)の皇(すべら)なら、悪夢あくむをどうにかできるだろうか。すべてにけないとおもわれている彼女かのじょであれば。

 岐美(きみ)の思考しこうは、ややんでいた。のまえにいるのはそのいもうとたちなのに、なぜかすべらおもったのだ。

 露天風呂ろてんぶろにつかりすぎたせいか、あたりもおそってきた……。

楼塔ろうとうすべら

 ……かさをたたんで片手かたてって、楼塔皇(ろうとうすべら)はあるいていた。

 彼女かのじょ外出がいしゅつしたときにふっていたあめは、すでにやんでいる。

 そとにでて二日目ふつかめ、すれちがうひとかずえてきた。深夜しんやちかいので、そろそろ宿やどをさがす必要ひつようがある。

 ちなみにきのうは、ていない。

楼塔ろうとうすべら

 野宿のじゅくでもいい。しかし、それは目立めだつからやめてと蓍(めどぎ)にはわれていた。

 だから適当てきとう宿屋やどや看板かんばんつけ、をあける。受付うけつけひとは、はいってきた皇(すべら)をて、をそらしたようだった。

 すべら一泊いっぱくぶんの代金だいきんをはらい、部屋へや移動いどうしてつぶやいた。

つからないなあ」

楼塔ろうとうすべら

 翌朝よくあさ宿屋やどやからでる直前ちょくぜん、皇(すべら)は受付うけつけひとにたずねた。

「このあたりで、おすすめできない場所ばしょはどこですか」

 違和感いわかんのある質問しつもんだったが、相手あいて事情じじょうをせんさくせずこたえだけをかえした。

現在げんざい、ふたつです。最近さいきん緊張きんちょうたかまっている国境こっきょう付近ふきんと、巫蠱(ふこ)とばれるものたちの

楼塔ろうとうすべら刃域じんいき宙宇ちゅうう

 皇(すべら)は国境こっきょう付近ふきんかうことにした。たび目的もくてきひとさがし。すれちがう人々ひとびと注意ちゅういをはらいつつすすんでいく。

 そんななか、目当めあての人物じんぶつではないものの、ったかおをひとつつけた。

 彼女かのじょみちばたのによりかかり、たまごのからっていた。白昼堂々はくちゅうどうどうおと盛大せいだいてながら。

楼塔ろうとうすべら刃域じんいき宙宇ちゅうう

 刃域宙宇(じんいきちゅうう)は皇(すべら)に気付きづいて、たまごのからをくちにいれるのをやめた。

宙宇ちゅうう、おいしい?」

「……そもそもものあじかたるのが、まちがいだ。おいしくてもまずくても、それは立派りっぱ食料しょくりょうだろう」

「それ、まずいってってるようなものなんじゃ」

楼塔ろうとうすべら刃域じんいき宙宇ちゅうう

「ともあれ皇(すべら)、わたしは『世界一せかいいちえらいやつへの手紙てがみ』と『世界平和せかいへいわ確認かくにん』のためにここにいる。当然とうぜん、うちの筆頭ひっとう指示しじだが」

「ふふ」

「どうした」

「こっちは蓍(めどぎ)に『世界一せかいいちえらくないやつをさがして』ってわれてるの。おたがい、ふりまわされてるね」

楼塔ろうとうすべら刃域じんいき宙宇ちゅうう

世界一せかいいちえらくないやつの捜索そうさくか。難題なんだいだな」

「そうう宙宇(ちゅうう)は世界一せかいいちえらいやつがだれかかるの」

明瞭めいりょうじゃないか。立派りっぱ建物たてものんでいて、豪華ごうかふくにまとい、ひとをあごでこきつかって、自分じぶんのおかげで人類じんるい存続そんぞくしていると勘違かんちがいしているやつのことだろう」

楼塔ろうとうすべら刃域じんいき宙宇ちゅうう

「なるほどね。ところでかたもんでいい?」

「どういう脈絡みゃくらくだ」

「宙宇(ちゅうう)、がんばってるんでしょう。いたわりたいの」

「……たたく程度ていどにしてくれ」

 それにうなずいた皇(すべら)は手刀しゅとうつくって、宙宇ちゅうう両肩りょうかたをとんとんたたいた。

 全身ぜんしんから、つかれがけていく。こわいくらいに、く。

楼塔ろうとうすべら

「さて、わたし、そろそろいくね」

 そうって皇(すべら)は、そらを見上みあげた。

 宙宇(ちゅうう)のよりかかっていたは、季節きせつのせいかっぱを少々しょうしょうとしていた。

 えだのすきまから、ひかりがこちらにやってくる。

「……筆頭蠱女(ひっとうこじょ)からのおねがい。どうか、おもうがままにきて」

(つづく)

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