巫蠱(ふこ)第十三巻【小説】
▼赤泉院身身乎と桃西社睡眠④
本来、睡眠(すいみん)は筆頭巫女(ひっとうふじょ)の付き人である。
とはいえ、その蓍(めどぎ)の妹たちのことを気にかけていないわけではない。
だから身身乎(みみこ)の寝顔にも優しい視線を落としていた睡眠であった。
身身乎は真剣な表情で目を閉じており、それがかえっていとおしかった。
▼桃西社睡眠①
赤泉院(せきせんいん)の三姉妹について睡眠(すいみん)には思うところがあった。
真面目か不真面目か分からないがどこか達観している長女の蓍(めどぎ)。
冷静でありながら勝つことにこだわる三女の身身乎(みみこ)。
血縁による姉妹ではないので顔は似ていない。
その関係は、繊細であった。
▼赤泉院岐美①
おたがいのことを大切に思っているが、明確に一線を引いている感じがする。
とくに次女の岐美(きみ)だ。
三人のなかでいちばん無害で平凡そうにみえて、じつはもっとも思い悩む人間である。
このたび屋敷をはなれたのも、蓍(めどぎ)をさけたからではないかと睡眠(すいみん)は見ている。
▼楼塔流杯と赤泉院岐美①
岐美(きみ)は各地をまわると言っていた。それで彼女が最初に向かったのは、楼塔(ろうとう)の地であった。
そこに建つ屋敷に到着したのは夕方ごろ。門をたたくと、なかから楼塔の三女、流杯(りゅうぱい)が顔をだした。
「あ、岐美さん。おひさしぶりです。どうぞ、うちに」
▼楼塔流杯⑨
「なんの用かは察しがつきますよ。うちのねーさんが蓍(めどぎ)さんの言うこと聞いてないんじゃないかって心配して、きたんでしょう。
「だいじょうぶです。きのう外出しました。
「しかも、でていくときに『いってきます』って言ってくれたんです。あの、ねーさんが」
▼楼塔流杯と赤泉院岐美②
流杯(りゅうぱい)は声をはずませながら岐美(きみ)を客間に案内する。ただ、ひとつ誤解しているようだった。
そこに岐美がふれる。
「ごめん。わたし、皇(すべら)さんのこと考えてなかった」
「そうでしたか。でも分かっていますよ。心配しないでいられるのは、信頼しているからだって」
▼楼塔流杯と赤泉院岐美③
「ありがとね。で、わたしの用はみんなが現状を把握しているか確認することだよ。まずは流杯(りゅうぱい)ちゃんに」
「遠慮せず練習台にしてください」
「御天(みあめ)ちゃんの仕事の危機」
「はい」
「氷が張ってから桃西社(ももにしゃ)で話し合い」
「八人のですね」
「皇(すべら)さん見つかった」
「おかげさまで」
▼楼塔是と赤泉院岐美①
「確認するのはこれくらいかな。あと、ちょっと相談が」
ここまで言いかけて、岐美(きみ)は言葉を飲み込んだ。
足音が聞こえたからである。その音はだんだん大きくなり、ふたりのいる客間のまえでとまった。
岐美がそちらに目を向けると、楼塔(ろうとう)の次女、是(ぜ)が立っていた。
▼楼塔是と赤泉院岐美②
岐美(きみ)は是(ぜ)とあいさつをかわしたあと、心配そうに質問する。
「ぜーちゃん、なにかあったの」
「なんでそう思う」
「足音に張りがなかったから」
「いい耳してるね。ともあれ、場所を移そうか」
是は客間の奥を指差した。
そこに扉がある。庭の露天風呂に続く扉だ。
▼楼塔⑨
説明すると楼塔(ろうとう)の露天風呂は真下にあいた巨大な地下空洞から熱を受けている。
だから一年じゅう、ずっとあたたかい。
空洞は皇(すべら)の潜伏場所でもあったが、四日前、蓍(めどぎ)に発見されている。
ただし蓍も、彼女といっしょにいた鯨歯(げいは)も、その空洞のことをだれにも話していない。
▼赤泉院岐美②
桃西社(ももにしゃ)の湖底に穴があって、そこを抜けたさきに皇(すべら)がいた……という程度の描写にとどめている。
したがって、鯨歯(げいは)の話を聞いていた岐美(きみ)も楼塔(ろうとう)の地下空洞については知らない。
岐美たちは現在、露天風呂に心地よくつかっている。
一枚下にある、がらんどうにも気付かずに。
▼楼塔流杯と赤泉院岐美④
「それで岐美(きみ)さん。相談って」
「わたしを城(さし)まで連れていってくれないかな」
「いいですけど、いま玄翁(くろお)さんも師匠もいないですよ。
「でも絖(ぬめ)はこっちにきてるから、情報のすりあわせをするなら絖に会っては」
「ありがとう。じゃ、そうしよ」
▼楼塔流杯と赤泉院岐美⑤
「それにしても流杯(りゅうぱい)ちゃんが元気そうでよかった」
「半分、空元気です」
「そ、そう」
「そんなことより岐美(きみ)さん、夢ってなんだと思います。このあいだ師匠が『夢を語ろう』って言ってたんです」
「射辰(いたつ)が……? うーん、現実から一歩以上踏み出すことかなあ」
▼楼塔是と流杯②
岐美(きみ)の意見にうなずいてから、流杯(りゅうぱい)は姉のほうを向いた。
「ねーちゃんは、どう」
是(ぜ)はよどみなく答える。
「夢とは『いま』のこと。未来でも過去でも妄想でもなくてね。
「なぜなら、あらゆる現在は必然的におのれが歩んださきにあるから。わたしにはそう思われる」
▼巫女と蠱女⑬
「だから……たとえすべてをうしなったあとでも、わたしは夢を見続ける」
質問してきた流杯(りゅうぱい)だけでなく岐美(きみ)にも視線を飛ばしつつ、是(ぜ)は返答した。
参考になったと流杯はふたりに礼を言う。
一方、岐美は思った。
「もし夢が悪夢だったらどうするの」
▼楼塔皇と赤泉院岐美①
筆頭蠱女(ひっとうこじょ)の皇(すべら)なら、悪夢をどうにかできるだろうか。すべてに負けないと思われている彼女であれば。
岐美(きみ)の思考は、やや飛んでいた。目のまえにいるのはその妹たちなのに、なぜか皇を思ったのだ。
露天風呂につかりすぎたせいか、湯あたりもおそってきた……。
▼楼塔皇③
……かさをたたんで片手に持って、楼塔皇(ろうとうすべら)は歩いていた。
彼女が外出したときにふっていた雨は、すでにやんでいる。
そとにでて二日目、すれちがう人の数も増えてきた。深夜も近いので、そろそろ宿をさがす必要がある。
ちなみにきのうは、寝ていない。
▼楼塔皇④
野宿でもいい。しかし、それは目立つからやめてと蓍(めどぎ)には言われていた。
だから適当な宿屋の看板を見つけ、戸をあける。受付の人は、はいってきた皇(すべら)を見て、目をそらしたようだった。
皇は一泊ぶんの代金をはらい、部屋に移動してつぶやいた。
「見つからないなあ」
▼楼塔皇⑤
翌朝、宿屋からでる直前、皇(すべら)は受付の人にたずねた。
「このあたりで、おすすめできない場所はどこですか」
違和感のある質問だったが、相手は事情をせんさくせず答えだけを返した。
「現在、ふたつです。最近緊張が高まっている国境付近と、巫蠱(ふこ)と呼ばれる者たちの住む地」
▼楼塔皇と刃域宙宇①
皇(すべら)は国境付近に向かうことにした。旅の目的は人さがし。すれちがう人々に注意をはらいつつ進んでいく。
そんななか、目当ての人物ではないものの、知った顔をひとつ見つけた。
彼女は道ばたの木によりかかり、たまごの殻を食っていた。白昼堂々、音を盛大に立てながら。
▼楼塔皇と刃域宙宇②
刃域宙宇(じんいきちゅうう)は皇(すべら)に気付いて、たまごの殻をくちにいれるのをやめた。
「宙宇、おいしい?」
「……そもそも食べ物を味で語るのが、まちがいだ。おいしくてもまずくても、それは立派な食料だろう」
「それ、まずいって言ってるようなものなんじゃ」
▼楼塔皇と刃域宙宇③
「ともあれ皇(すべら)、わたしは『世界一えらいやつへの手紙』と『世界平和の確認』のためにここにいる。当然、うちの筆頭の指示だが」
「ふふ」
「どうした」
「こっちは蓍(めどぎ)に『世界一えらくないやつをさがして』って言われてるの。おたがい、ふりまわされてるね」
▼楼塔皇と刃域宙宇④
「世界一えらくないやつの捜索か。難題だな」
「そう言う宙宇(ちゅうう)は世界一えらいやつがだれか分かるの」
「明瞭じゃないか。立派な建物に住んでいて、豪華な服を身にまとい、人をあごでこきつかって、自分のおかげで人類が存続していると勘違いしているやつのことだろう」
▼楼塔皇と刃域宙宇⑤
「なるほどね。ところで肩もんでいい?」
「どういう脈絡だ」
「宙宇(ちゅうう)、がんばってるんでしょう。いたわりたいの」
「……たたく程度にしてくれ」
それにうなずいた皇(すべら)は手刀を作って、宙宇の両肩をとんとんたたいた。
全身から、つかれが抜けていく。こわいくらいに、効く。
▼楼塔皇⑥
「さて、わたし、そろそろいくね」
そう言って皇(すべら)は、そらを見上げた。
宙宇(ちゅうう)のよりかかっていた木は、季節のせいか葉っぱを少々落としていた。
枝のすきまから、光がこちらにやってくる。
「……筆頭蠱女(ひっとうこじょ)からのお願い。どうか、思うがままに生きて」
(つづく)
▽次の話(第十四巻)を読む
▽前の話(第十二巻)を読む
▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?