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巫蠱(ふこ)第十五巻【小説】



卯祓木うばらき

「もちろん、おたがいに納得なっとくしたうえでのわかれです」
「……よければ、くわしく」

 ここで誇(くるう)たちは移動いどうする。いつまでも廊下ろうかはなんでいては、ほかのきゃく迷惑めいわくだからである。

 宿泊施設しゅくはくしせつ「卯祓木(うばらき)」には自由じゆうっていい中庭なかにわがあって、そこでならじっくりはなせそうだ。

宍中ししなかくるう

 中庭なかにわにしつらえてあった長椅子ながいすのひとつに腰掛こしかけ、ふたりははなし再開さいかいする。

「まず確認かくにんしたいんですが、伴侶はんりょのかたとの仲直なかなおりは成功せいこうしていましたよね」
「誇(くるう)さんの仕事しごと完璧かんぺきでした」
「そのあと破局はきょくですか」
「いえ、最初さいしょからわたしたちはわかれるために仲直なかなおりしたんです」

宍中ししなかくるう

仲違なかたがいした状態じょうたいわかれたら、それが記憶きおくにこびりついて、これからもずっと相手あいてとらわれつづけるんじゃないか……というこわさがわたしたちにはあったんです」

「なるほど、たがいにゆるったうえで、後腐あとくされなくわかれたかったと」

「だまっていてすみません」
「いいんですよ」

宍中ししなかくるう

「あなたたちがわたしの仲間なかま視点してんもとめたのにも合点がてんがいきました。今回こんかい仕事しごと上手うまくいきすぎるのを心配しんぱいしたんでしょう。たしかに、たとえば筆頭蠱女(ひっとうこじょ)ならわかれの気持きもちもれたはず。

「しかしあのけんかと仲直なかなおりをていたのは、冷静れいせい冷酷れいこく冷笑的れいしょうてきでした」

宍中ししなかくるう

「ああ、誇(くるう)さんのとなりにいた……あのひとだけはわたしたちの真意しんい見抜みぬいていたようです。

わかれるために仲直なかなおりしたとはいえ、たがいをゆるえたのならもうわかれる必要ひつようもないのでは……離別りべつする未来みらいまでゆるってもいいのか……そんな視線しせんをわたしたちはかんじたんです」

宍中ししなかくるう

後腐あとくされないわかれをもとめた結果けっか、かえって未練みれんのこしたんです。これからどうすべきか……はじめたわたしたちは、ある実験的じっけんてき約束やくそくわしました。

「ひとまずこのわかれる。一年いちねん以内いない再会さいかいした場合ばあいはあらためて伴侶はんりょになるか確認かくにんう。期限きげんをすぎれば永久えいきゅう友人ゆうじん

宍中ししなかくるう

 ここで相手あいて言葉ことば中断ちゅうだんした。そして中庭なかにわ出入でいぐちのほうにかおける。

「おや、どうしました」

 相手あいて長椅子ながいすからがり、背中せなかけたまま誇(くるう)にかえす。
「……くるうさん、これはあなたの仕業しわざですか」

「なんのことです。わたし、ただで仕事しごとはしませんよ」

宍中ししなかくるう

 誇(くるう)のもと依頼人いらいにんおどろいたのも無理むりはない。わかれたはずの人物じんぶつが、前触まえぶれなく視界しかいうつんだのだから。

 再会さいかいしたふたりはたがいにり、約束やくそくどおり意思いし確認かくにんった。

 もともとわかれるだった。伴侶はんりょにはもどれない。
「だからもう一度いちど出会であったころからはじめよう」

宍中ししなかくるう

「でも本当ほんとうにまたえるなんて。わかれてそんなに時間じかんっていないのに」
「しかもれい約束やくそくについてはなしているときに」

 ふたりの視線しせんが誇(くるう)に集中しゅうちゅうする。まだ彼女かのじょ長椅子ながいす腰掛こしかけていたのだ。

「……都合つごうがよすぎるってことですか。いいじゃないですか、奇跡きせきってことで」

宍中ししなかくるう

「それもありえない再会さいかいじゃない。ふたりの思考しこう似通にかよっていて、けんかをたかぎり体力たいりょく同等どうとう。このあいだわかれたばかりなら、すぐとおくにははなれられない。

「なによりわすれていませんか。ここは卯祓木(うばらき)。ひとりになったものだけが、場所ばしょじゃないですか」

宍中ししなかくるう

 もうこれ以上いじょう、誇(くるう)は言葉ことばかさねなかった。

 もと依頼人いらいにんのふたりは卯祓木(うばらき)からくとう。
感謝かんしゃします。すくなくとも、この中庭なかにわでのくるうさんとの会話かいわがなかったら、わたしたちはえていなかったようにおもわれます」

「わたしこそ、いいものを。では、お達者たっしゃで」

宍中ししなかくるう

 ふたりは中庭なかにわ出入でいぐちをとおってえた。

 しかしこえとどく。
「そういえば誇(くるう)さんとはなしているとき、なんであそこに」
「わたしはきょうたんだけど、部屋へやのなかに寝具しんぐ以外いがいなにもなくて退屈たいくつだったから施設内しせつないてまわってた」

「へえ……」

 れたのは、ここまでだ。

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

 しばらく誇(くるう)は、ひとり中庭なかにわっていた。

「あんた、やっぱりまだいたの」
 くるうこえをかけるものあらわれたのは、ちょうど太陽たいよう真上まうえにのぼった時刻じこくであった。

 彼女かのじょはソノ。ここ卯祓木(うばらき)の経営者けいえいしゃである。

「……くるう、なんかした?」
「なにもしてないよ」

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

 さきほどまでソノは受付うけつけ仕事しごとをしていた。そのとき、ふたりでここをきゃくがあった。
 卯祓木(うばらき)はひとりでひとだけがまれる宿泊施設しゅくはくしせつだから、その違和感いわかんおおきかった。

 ソノはかんがえた。くしくもきのうここにた、誇(くるう)が関係かんけいしているのではと。とはいえ確証かくしょう確信かくしんもない。

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

 ただし誇(くるう)はソノの質問しつもんにまともにこたえなかった。しかもぎゃくうてきた。
「なんで卯祓木(うばらき)って、おひとりさま専用せんようなの」

「……ここは孤独こどくにあるひとのための仮初かりそめの宿やど。もしそんな場所ばしょ友達ともだち家族かぞくれたしあわせそうなひとがやってきたら?」
場違ばちがいっておもわれるかも」

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

おもわれる、ねえ。そういやあんたは『おもわれるもの』……蠱女(こじょ)だっけ。あんたらって実際じっさいなんなの」
人間にんげんだよ」
「むしろあんたらの不可思議ふかしぎさが中途半端ちゅうとはんぱであることがになる」
つえっても全部ぜんぶ元通もとどおりになるわけじゃないからね」
「そこまでゆめていない」

宍中ししなかくるう

 こうして誇(くるう)は卯祓木(うばらき)をあとにした。
「でもあの中庭なかにわ……わたしたち以外いがいだれもなかった。つまり利用客りようきゃくもそんなにいなかったということ。国境こっきょう付近ふきん施設しせつだし情勢じょうせいかんがえれば当然とうぜんだけど。

「さて、あらためてうちの筆頭蠱女(ひっとうこじょ)さまは、どこにいったのやら」

▼そとの世界せかい

 ……巫蠱(ふこ)のかこむそのくに巨大きょだい半島はんとう領土りょうどとする。隣国りんごく地続じつづきなのは北西部ほくせいぶのみで、ほかはうみめんしている。

 最近さいきん、その地上ちじょう国境線こっきょうせん付近ふきん緊張状態きんちょうじょうたいにあるらしい。
 文字もじどおり、両国りょうこくへい肉眼にくがんでにらみっているのだ。まだ戦闘せんとうにはいたっていないが。

▼そとの世界せかい

 旅人たびびと商人しょうにんなど一般人いっぱんじん通行つうこう可能かのうである。
 ただし状況じょうきょう状況じょうきょうなので国境こっきょうえるには検査けんさけなければならない。たとえば危険物きけんぶつ所持しょじしていないか確認かくにんされる。

 やっかいなのは国境線こっきょうせんをはさんで存在そんざいするふたつのくに両方りょうほうがそれぞれで検査けんさ実施じっししていることだ。

▼そとの世界せかい

 検査けんさ二重にじゅうにおこなわれると単純たんじゅん時間じかんがかかる。

 もともと両国りょうこく関係かんけい良好りょうこうであった。国境こっきょうえるのに許可きょか検査けんさ必要ひつようなかった。それがなぜかきゅうわった。

「ね、迷惑めいわくはなしでしょう」
 ある商人しょうにん旅人たびびとにそんなはなしをしていた。
 旅人たびびとはあいづちをうちつつ、いていた。

▼そとの世界せかい

 いまは検査けんさけるまでの時間じかんである。それなりの人数にんずう待合所まちあいじょ待機たいきしている。
 やることもないので、初対面しょたいめんもの同士どうし会話かいわはじまったりもする。

商人しょうにんさん、兵隊へいたいさんがこっちをてますよ」
旅人たびびとさん、この程度ていど文句もんくゆるされなかったら、このわりですよ」

▼そとの人間にんげん

 待合所まちあいじょのようすを観察かんさつしているへい三人さんにんいた。そのうちのひとりの視線しせん旅人たびびとかんじた。
 旅人たびびと……彼女かのじょがそちらのほうをくと、へいであるかれをそらした。

「あれ、あの兵隊へいたいさん、ひょっとしてわたしではなくあなたを」
 商人しょうにんこえとし、ためいきをついたようだった。

▼そとの人間にんげん

 そうこうしているうちに商人しょうにん名前なまえばれた。

「あ、わたしの検査けんさばんです。では旅人たびびとさん、はなしってもらって感謝かんしゃします」
「こちらこそ」

 最後さいご商人しょうにん微笑びしょうせて待合所まちあいじょった。

 ひとりになった旅人たびびとじ、さきほどいた名前なまえ記憶きおくからした。

▼そとの人間にんげん

本人ほんにん自分じぶんから名乗なのらないかぎり、その名前なまえおぼえるべきではない」というかんがえが旅人たびびとにはあった。偶然ぐうぜんみみはいった名前なまえなら、なおさらである。

 仕事上しごとじょう必要ひつよう場合ばあいでも仕事しごと完了かんりょうした時点じてん相手あいて名前なまえ記憶きおくからす。

 ただし一方いっぽうで、かおこえわすれられなかった。

▼そとの人間にんげん

 旅人たびびと自分じぶん名前なまえばれるまで沈黙ちんもくしていた。

「コウさん、コウさんはいらっしゃいますか」
 そのこえいたときにをあけた。
「はい」

 返事へんじをして、へいのひとりについていく。待合所まちあいじょて、取調室とりしらべしつのような場所ばしょ移動いどうする。
 透明とうめいかべがある。そのこうにひとがいた。

(つづく)

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