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巫蠱(ふこ)第五巻【小説】



楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし射辰いたつ

夜更よふけにくるとはめずらしい」

 流杯(りゅうぱい)のもとにちてきたこえは、まぎれもなく城射辰(さしいたつ)のものだった。距離きょりがあるのによくとおる。

流杯りゅうぱい

師匠ししょう

 ふたりはいつもそうう。

 ゆみ一張ひとはりがおりてくる。
 流杯りゅうぱいは、つつ一本いっぽんずつ両手りょうてった。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし射辰いたつ

 つつ。流杯(りゅうぱい)はほとんど肌身はだみはなさず、それら二本にほんあるいている。

 たま道具どうぐだ。

 弓矢ゆみやをあつかう射辰(いたつ)と関係かんけいふかいのは、その共通点きょうつうてんゆえであろう。

急用きゅうようか」と射辰いたつう。はっとしたように流杯りゅうぱいかえす。

「御天(みあめ)っちが……」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし射辰いたつ

 ここ四日よっか、巫蠱(ふこ)のあいだでは「御天(みあめ)の仕事しごとがなくなる」というはなし何回なんかいもくりかえされてきた。

 流杯(りゅうぱい)はあねの是(ぜ)からそれをき、未来みらいあんじてこわがった。

 たいする射辰(いたつ)は、弓弦ゆづるをはじきながら淡々たんたんとあいづちをうっている。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし射辰いたつ

「……そんなわけでんできました。夜更よふけにつきあわせちゃってすみません」

 射辰(いたつ)はしゃがみ、そこにさっていたいた。

「いや、さっするに夜明よあけまでだったんだろう。からんだわたしのほうがあやまるべきだ」

 カニをつけ、つんつんする。

さし射辰いたつ

「じつはねえさんの仕事しごともこのごろ、きなくさかった。いままでたたかいがこるまえにかんじていたものと同程度どうていどのきなくささだ。

最後さいご戦争せんそうというのは、そんなに派手はでではないのだろうか。それとも人々ひとびとは、つぎが最後さいご気付きづいていない。

「だから御天(みあめ)が飽和ほうわするのか」

蠱女こじょたち③

 翌日よくじつ、城(さし)の山小屋やまごや一夜いちやかした流杯(りゅうぱい)は、おそくにたずねたおわびとって、ごはんの用意ようい手伝てつだった。

 射辰(いたつ)は料理りょうりでもある。

 けのをこする長女ちょうじょの玄翁(くろお)と三女さんじょの絖(ぬめ)にあいさつし、流杯りゅうぱい食事しょくじくわわる。

さし玄翁くろおぬめ

 ……はなしいた玄翁(くろお)が、いったんはしいてう。

「ふーむ、かった。でも安心あんしんしろ。おもわれなくなっても、仕事しごとつづけるさ。なんならわたしが全員ぜんいんやしなおうか。

「そうだ絖(ぬめ)、皇(すべら)のいとは」

れいによってれてる……あっ、いとってのは比喩ひゆだからね」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし玄翁くろお

「玄翁(くろお)さんはおもわれなくなることが、こわくなったりしません?」

「まったく。ひとはもともと、だれにもおもわれはしないから。

仕事しごとをして業績ぎょうせきのこしても、みんなはその結果けっかているのであって、本人ほんにん観察かんさつしているわけじゃない。そのふつうに、もどるだけだ」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし玄翁くろお

「でもねーちゃんの道場どうじょうは……」

「あれは仕事しごとではなく交流こうりゅうぶべきものだ。がめついわたしとちがって、対価たいかもとらない。

「だから門下生もんかせいは是(ぜ)という蠱女(こじょ)をありのままにて、ありのままにうしなう」

 ここで会話かいわがとぎれた。
 四人よにん同時どうじ汁物しるものをすすった。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱいさし射辰いたつ

「流杯(りゅうぱい)

 食事しょくじのあとかたづけのかたわら、射辰(いたつ)がはなしかけてくる。

「なにをのぞむ」

「みんなのいのち」

「蠱女(こじょ)でなくなったあとは」

「なにもないです」

「わたしがおしえることも」

「それはあります」

「うん。そしてわたしがおそわることも。だからつぎは、ゆめかたろう」

宍中ししなかくるう之墓のはかむろつみ

 ……舞台ぶたいをもどそう。

 之墓館(のはかむろつみ)のあさは、ひさしぶりにはやかった。
 すでにきていた宍中誇(ししなかくるう)とあいさつをかわす。

「絖(ぬめ)がくれたかみまだあまってるから使つかってよ」

「ありがとう、くるうねえちゃん」

 さっそく画板がばんせてをえがく。

赤泉院せきせんいんめどぎ刃域じんいき服穂ぶくほ

 一方いっぽう、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は手紙てがみをしたため、刃域服穂(じんいきぶくほ)にそれをたくした。

 四日前よっかまえ同様どうよう手紙てがみ手紙てがみをつつんでふうじる。

「じゃ、宙宇(ちゅうう)に。いや会談場所かいだんばしょをぜーちゃんの道場どうじょうにするってだけ」

 服穂ぶくほはうなずき、そとにでていく。

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

「服穂(ぶくほ)はたずねなかったけど」

 十我(とが)が蓍(めどぎ)にひじをけ、う。

「その会談かいだんってもしかして、そとと平和裏へいわりいをつけるためのものか」

「ああ。わたしがやる。それと皇(すべら)にも参加さんかさせる。筆頭ひっとう両方りょうほうでてこないとはなしにならない。てか安心あんしんできない」

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

「よかった、わたしはてっきり蓍(めどぎ)があぶないことを計画けいかくしているかと。どうやらぜーちゃんとはなしておもいなおしてくれたらしいな」

会談かいだんもうけるのはすでにめてた。ただ身身乎(みみこ)に工作こうさくさせるかちょっとまよった。

否定ひていしてもらえたのは、ありがたかったな」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 そして手足てあしひろげてゆかにく鯨歯(げいは)をながら、蓍(めどぎ)はわらった。

「おまえはなしたな」

 鯨歯げいは姿勢しせいをくずさずこたえる。

「わるかったですか」

ぎゃく。ありがと。十我(とが)が身身乎(みみこ)のけん動揺どうようしてないってことは、そこはぜーちゃん経由けいゆか。全部ぜんぶは、ばらしてないようだが」

宍中ししなか十我とが

「わたしが鯨歯(げいは)にたのんだ。

「……それと。平和的へいわてきになんとかしようとしてるのはかったけど、なんで説(えつ)にてもらってないんだ。……いたかぎり、そうだよな。

「きのう蓍(めどぎ)たちがこなかったらそのままわたしは後巫雨陣(ごふうじん)にいくつもりだったんだけど」

赤泉院せきせんいんめどぎ

 蓍(めどぎ)はゆびてている。

 右手みぎて中指なかゆび人差ひとさゆび左手ひだりて中指なかゆび薬指くすりゆび

「皇(すべら)のさきいてもこたえてくれたことないって一媛(いちひめ)はった。

「で、たぶんこれ本人ほんにんだけじゃなくて説(えつ)にもいたうえでのせりふだな。つまりあいつにも、はなしたくないことはある」

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

「まあ説(えつ)に背負せおわせるのもよくないか。で、蓍(めどぎ)。これからどうするんだ。御天(みあめ)がうごいてきょうで五日目いつかめ

「皇(すべら)をさがすのは絶対ぜったい。阿国(あぐに)にもらせる。あとは」

「みんなではなう。まずは八人はちにん、それから可能かのうなかぎり全員ぜんいんで。巫蠱(ふこ)の趨勢すうせいをうらなおう」

之墓のはかむろつみ

 之墓館(のはかむろつみ)は、十我(とが)のいえろうとする蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)から道案内みちあんないのおれいわれた。

 簪(かんざし)にいそびれたぶんも、つたえてほしいとのことだ。

 ……宍中(ししなか)のふたりのはなしみみをかたむける。

 かみをこすり、をかくために。
 それらをあねてもらうため。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「……さて桃西社(ももにしゃ)にいこうか」

「阿国(あぐに)には次女じじょさんがすでにらせてそうですけどね」

「それでもいく」

「皇(すべら)さんがいるかもと?」

「いないだろうな」

「あ、かりました。筆頭ひっとうおもいっきり瞑想めいそうしたいんでしょう」

「まあな。けっこうがまんしてる」

巫蠱ふこ

 先述せんじゅつのとおり赤泉院(せきせんいん)の西隣にしどなりは楼塔(ろうとう)である。

 そこから左回ひだりまわりに、後巫雨陣(ごふうじん)、宍中(ししなか)、之墓(のはか)、桃西社(ももにしゃ)がじゅん赤泉院せきせんいんをとりかこむ。

 宍中ししなかから桃西社ももにしゃにいく場合ばあい之墓のはか赤泉院せきせんいん経由けいゆすることになる。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「ここまでめぐってきたからには、諱(いみな)にもっとくか。うまくうとか簪(かんざし)はってたけど、なんか心配しんぱいなんだよな。

「……それに、皇(すべら)をつけるまえにもどったら睡眠(すいみん)がうるさそうだし」

「うちのあねがすみませんね」

「いや、なによりもありがたい」

之墓のはかいみな

 之墓(のはか)。

 三女さんじょの館(むろつみ)と次女じじょの簪(かんざし)、そして長女ちょうじょの諱(いみな)のまもる

 之墓のはかいみなはいつも「おもって」いた。このにまもる価値かちはないと。

 おもものたる巫女(ふじょ)ではなくおもわれるものたる蠱女(こじょ)だからこそ、おもいは際限さいげんなくながれた。

 いみなは巫蠱(ふこ)が、きらいだった。

之墓のはか

 当然とうぜんながら蠱女(こじょ)のひとりである自分じぶんのことも嫌悪けんおしていた。ただ、からない存在そんざいがふたつだけあった。

 いもうとたちだ。

 かみをこすってかかれた。なんで館(むろつみ)は自分じぶんにこんなものをせるのだろうと諱(いみな)はおもっていた。

 そして簪(かんざし)がおずおずとのまえにつ。かみをこすりながら。

之墓のはかかんざし

 蓍(めどぎ)たちとわかれたあと、簪(かんざし)はいったん楼塔(ろうとう)にかえしていた。

 いもうと回収かいしゅうするためである。

 後巫雨陣(ごふうじん)にはを持ち込めない。したがって、かいたものは是(ぜ)があずかっているだろう。

 ……いや、ほんとうは、あねのもとにかえるのをためらっただけかもしれない。

(つづく)

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