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巫蠱(ふこ)第一巻【小説】



じょ

 われわれのとはなる、その世界せかいにおいて、異端視いたんしされるふたつの存在そんざいがあった。

 総称そうしょうして巫蠱(ふこ)。

 巫女(ふじょ)とはおもう者であり、蠱女(こじょ)とはおもわれる者である。

 彼女かのじょらの目的もくてきはだれにもからない。ずっと、あるをまもりつづけている。

赤泉院せきせんいん

 彼女かのじょらのまもるのひとつは、赤泉院(せきせんいん)とばれる。
 名前なまえのとおりにいずみはあるが、けっしてそのいろあかくない。

 みずたまりにもまがう、ほんのちいさないずみ中心ちゅうしんとして、いびつなまるをおおきくえがけば、土地とち輪郭りんかくにかさなる。

 筆頭巫女(ひっとうふじょ)がそこにいる。

赤泉院せきせんいんめどぎ

 筆頭巫女(ひっとうふじょ)、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は、いずみのそこにしずんでいた。

 衣装いしょうをまとったまま、からだをまるめ、気泡きほうもたてず、うごかずにいる。

 みずたまりのようないずみではあるものの、ひとひとりがおぼれることのできる程度ていどふかさはある。

 彼女かのじょはそこで瞑想めいそうするのだ。

赤泉院せきせんいんめどぎ

 そうしていずみのそこで瞑想めいそうする赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)ではあったが、たいしていきをとめられもしないので、すぐ水面すいめん浮上ふじょうする。

 ちからをきつつ、あがっていく。かわらず気泡きほうはもらさない。

 かおみずからいてのち、ようやくはげしく呼吸こきゅうはじめた。

宍中ししなか御天みあめ赤泉院せきせんいんめどぎ

「いやほんと蓍(めどぎ)っていきつづかないよね」

 いずみからかおをだしためどぎはなしかけたのは、蠱女(こじょ)のひとり、宍中御天(ししなかみあめ)である。

「あれ、御天みあめ? さっきまでいたっけ」

「いなかったよ、ただいま、ふってきたところ」

「へんな表現ひょうげんだな。ようは?」

宍中ししなか御天みあめ赤泉院せきせんいんめどぎ

 赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)をみおろしつつ、宍中御天(ししなかみあめ)がいにこたえる。

ようというか報告ほうこく。つぎでわたしの仕事しごとわる」

 いずみれ、からだに衣装いしょうをいじくりながら、めどぎ再度さいど質問しつもんする。

「……このこと皇(すべら)にはった?」

宍中ししなか御天みあめ赤泉院せきせんいんめどぎ

「もちろん皇(すべら)にもつたえようとしたんだけど、どこにもいなくて。いちおう伝言でんごんはぜーちゃんにたのんである」

「マジであいつよくえるよな。ともかくらせてくれてありがと。すべらはわたしがさがしとく」

「たすかるよ、それじゃあ最後さいご仕事しごとかうね」

赤泉院せきせんいんめどぎ

 宍中御天(ししなかみあめ)がってから、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)はいずみから完全かんぜんにからだをいた。

 水面すいめんかおをだした直後ちょくごくらべ、呼吸こきゅうはだいぶいている。

 いずみちかくにかまえてある屋敷やしきで、れた衣装いしょうをとりかえる。そして手紙てがみはじめた。

刃域じんいき宙宇ちゅうう

 ……それで宙宇(ちゅうう)、つぎで御天(みあめ)の仕事しごとがほんとうにわるみたいだから、そとにでていってほしい。

 わたしからの指示しじはふたつ。

 いち実際じっさい世界せかい平和へいわになったか確認かくにんすること。
 、この手紙てがみにつつんであるもうひとつの手紙てがみ世界一せかいいちえらいやつに……

赤泉院せきせんいんめどぎ岐美きみ

 えた手紙てがみふうをして、蓍(めどぎ)はおおきなこえはっした。

「きみー、いるー?」

「なにかな、おねえちゃん!」

 めどぎびかけに間髪かんはついれずこたえたのは、赤泉院(せきせんいん)の次女じじょ、岐美(きみ)である。

 だがすがたはみえない。彼女かのじょとおくから大声おおごえかえしたのである。

赤泉院せきせんいんめどぎ岐美きみ

 おおきな返事へんじからときずして、岐美(きみ)が蓍(めどぎ)の部屋へやにはいってきた。

「どうしたの、めどぎちゃ……おねえちゃん。さっき御天(みあめ)ちゃんがきてたみたいだけど」

「それについて、宙宇(ちゅうう)にこの手紙てがみとどけてもらえる?」

「……いいよ、仕事しごとだもの」

赤泉院せきせんいん岐美きみ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 赤泉院岐美(せきせんいんきみ)はふくのなかに手紙てがみをしまうとあねけた。

 屋敷やしきからでるにさいして、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)にこえをかける。
 鯨歯げいは玄関げんかんのすぐそとに正座せいざしていたのであった。

「蓍(めどぎ)ちゃんをよろしく」

 岐美きみこえがにぶく、ちいさかった。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 玄関げんかんのすぐそとにひとりのこされた桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)は、ゆっくりとちあがった。

 彼女かのじょ地面じめんへとじかに正座せいざしていた。だからふたつのはぎに、たくさんの小石こいしいていた。

 あるくたび、小石こいしがひとつずつちる。薄赤うすあかいくぼみが都度つどあらわれる。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

筆頭ひっとう次女じじょさんからよろしくってわれたからきたんですけど、なんかお手伝てつだいでもしましょうか」

「鯨歯(げいは)か。これから皇(すべら)さがしにいくとこ」

 赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)がいた場所ばしょは、彼女かのじょ自身じしんのもぐっていたいずみのそばであった。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「それじゃあ鯨歯(げいは)、いこうか。身身乎(みみこ)のことならもう睡眠(すいみん)にまかせたんで」

「はあ、ならいいですけど、いままで皇(すべら)さんがいなくなって、筆頭ひっとうがじきじきにさがしてやったことありましたっけ。

今回こんかいだけみょうに積極的せっきょくてきですね」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 赤泉院(せきせんいん)の屋敷やしきをはなれ、ふたりは楼塔(ろうとう)のかっていた。

「はあ、御天(みあめ)さまがね。

たしかにそれなら今回こんかいばかりは特別とくべつでしょうよ」

「てかおまえがらなかったってことはあいつ玄関げんかん使つかってないな。ふってきたってそういうことか」

楼塔ろうとう

 ふたりのかっている楼塔(ろうとう)とは、赤泉院(せきせんいん)の西隣にしどなり位置いちする土地とちだ。

 かたちとしては、赤泉院せきせんいんよりもすこしおおきく、やや南北なんぼくびている。
 とくにたか建物たてもの見当みあたらず、楼塔ろうとうばれるゆえんはからない。

 筆頭蠱女(ひっとうこじょ)の管轄かんかつである。

楼塔ろうとう

 筆頭蠱女(ひっとうこじょ)のうえのいもうとの楼塔是(ろうとうぜ)は、宍中御天(ししなかみあめ)からあねへの伝言でんごんをたのまれていた。

 つぎで自分じぶん仕事しごとわるからそれをつたえておいてねと。

 だがあねがどこにいるのかはにも見当けんとうがつかない。だから自分じぶん道場どうじょうつことにした。

楼塔ろうとう

 楼塔是(ろうとうぜ)のいとなむ道場どうじょうは、楼塔ろうとうからすこしだけはみだした場所ばしょてられている。

 そこはもはや彼女かのじょら巫蠱(ふこ)にとっては、そとともべる場所ばしょのはずだが。

 巫蠱ふこ以外いがい人間にんげんとも交流こうりゅうち、その道場どうじょうにおいて独自どくじ武芸ぶげいおしえていた。

楼塔ろうとう

「あらゆるものを武具ぶぐにする」

 それが是(ぜ)のおしえる武芸ぶげい根本こんぽんである。
 道場どうじょうみずからがはじめたもので、彼女かのじょはそとの人間にんげんに、こうもう。

「わたしをたおせれば、おくにとおしてあげますよ」

 道場どうじょうおくは楼塔(ろうとう)の屋敷やしきつづいている。とおれたものは、ない。

楼塔ろうとう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 ……その稽古けいこえ、そとの人々ひとびと道場どうじょうからかえした楼塔是(ろうとうぜ)は、屋敷やしきつづわた廊下ろうかかってくちをひらいた。

「鯨歯(げいは)、もうでてきていいよ」

 廊下ろうかはまっすぐだが、しずみこむようなさかでもあるため、ゆかにけば道場どうじょうからはみえなくなる。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 さかのようなゆかにいていた桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)は、ぺりぺりと自分じぶんをはがすように気持きもちわるくちあがった。

「ども、楼塔(ろうとう)の次女じじょさん。うちの筆頭ひっとういたいってってます。

「御天(みあめ)さまのことについて、はなしたいって」

楼塔ろうとう赤泉院せきせんいんめどぎ

 赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は楼塔(ろうとう)の屋敷やしき一室いっしつでよこになっていた。

「ぜーちゃん……わたしら……いまきたとこなんだけど……皇(すべら)はもどってきてないっぽいな……」

 つかれたようすのめどぎに、是(ぜ)はやわらかくこたえた。

「そのまえにやすんでください」

楼塔ろうとう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

ひさしぶりにながあるいたからつかれたんですよ、あとはわたしがておきますので」

 ねむってしまった蓍(めどぎ)のそばに、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)が正座せいざする。

「わたしもついておこうか」

「お気持きもちだけで」

かった。あしたは道場どうじょうやすみにするから」

之墓のはかむろつみ

 ……暗闇くらやみのなか、蓍(めどぎ)も鯨歯(げいは)も寝静ねしずまったときだ。

 ちいさなかげがわずかにうごいた。

 彼女かのじょ名前なまえは之墓館(のはかむろつみ)。なにやらをかいている。

 かみをこするおとはまあまあおおきいのに、ふしぎとめどぎ鯨歯げいはきない。
 むしろ、ねむりがふかくなっていく。

(つづく)

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