巫蠱(ふこ)第一巻【小説】
▼序
われわれの住む地とは似て非なる、その世界において、異端視されるふたつの存在があった。
総称して巫蠱(ふこ)。
巫女(ふじょ)とは思う者であり、蠱女(こじょ)とは思われる者である。
彼女らの目的はだれにも分からない。ずっと、ある地をまもりつづけている。
▼赤泉院①
彼女らのまもる地のひとつは、赤泉院(せきせんいん)と呼ばれる。
名前のとおりに泉はあるが、けっしてその色は赤くない。
水たまりにも見まがう、ほんの小さな泉を中心として、いびつなまるを大きくえがけば、土地の輪郭にかさなる。
筆頭巫女(ひっとうふじょ)がそこにいる。
▼赤泉院蓍①
筆頭巫女(ひっとうふじょ)、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は、泉のそこにしずんでいた。
衣装をまとったまま、からだをまるめ、気泡もたてず、うごかずにいる。
水たまりのような泉ではあるものの、人ひとりがおぼれることのできる程度の深さはある。
彼女はそこで瞑想するのだ。
▼赤泉院蓍②
そうして泉のそこで瞑想する赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)ではあったが、たいして息をとめられもしないので、すぐ水面に浮上する。
ちからを抜きつつ、あがっていく。かわらず気泡はもらさない。
顔を水から抜いてのち、ようやくはげしく呼吸を始めた。
▼宍中御天と赤泉院蓍①
「いやほんと蓍(めどぎ)って息、続かないよね」
泉から顔をだした蓍に話しかけたのは、蠱女(こじょ)のひとり、宍中御天(ししなかみあめ)である。
「あれ、御天? さっきまでいたっけ」
「いなかったよ、ただいま、ふってきたところ」
「へんな表現だな。用は?」
▼宍中御天と赤泉院蓍②
赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)をみおろしつつ、宍中御天(ししなかみあめ)が問いに答える。
「用というか報告。つぎでわたしの仕事が終わる」
泉に濡れ、からだに貼り付く衣装をいじくりながら、蓍は再度、質問する。
「……このこと皇(すべら)には言った?」
▼宍中御天と赤泉院蓍③
「もちろん皇(すべら)にも伝えようとしたんだけど、どこにもいなくて。いちおう伝言はぜーちゃんにたのんである」
「マジであいつよく消えるよな。ともかく知らせてくれてありがと。皇はわたしがさがしとく」
「たすかるよ、それじゃあ最後の仕事に向かうね」
▼赤泉院蓍③
宍中御天(ししなかみあめ)が去ってから、赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は泉から完全にからだを引き抜いた。
水面に顔をだした直後と比べ、呼吸はだいぶ落ち着いている。
泉の近くにかまえてある屋敷で、濡れた衣装をとりかえる。そして手紙を書き始めた。
▼刃域宙宇①
……それで宙宇(ちゅうう)、つぎで御天(みあめ)の仕事がほんとうに終わるみたいだから、そとにでていってほしい。
わたしからの指示はふたつ。
一、実際に世界が平和になったか確認すること。
二、この手紙につつんであるもうひとつの手紙を世界一えらいやつに……
▼赤泉院蓍と岐美①
書き終えた手紙に封をして、蓍(めどぎ)は大きな声を発した。
「きみー、いるー?」
「なにかな、お姉ちゃん!」
蓍の呼びかけに間髪いれず応えたのは、赤泉院(せきせんいん)の次女、岐美(きみ)である。
だがすがたはみえない。彼女は遠くから大声を返したのである。
▼赤泉院蓍と岐美②
大きな返事から時を経ずして、岐美(きみ)が蓍(めどぎ)の部屋にはいってきた。
「どうしたの、蓍ちゃ……お姉ちゃん。さっき御天(みあめ)ちゃんがきてたみたいだけど」
「それについて、宙宇(ちゅうう)にこの手紙届けてもらえる?」
「……いいよ、仕事だもの」
▼赤泉院岐美と桃西社鯨歯①
赤泉院岐美(せきせんいんきみ)は服のなかに手紙をしまうと姉に背を向けた。
屋敷からでるに際して、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)に声をかける。
鯨歯は玄関のすぐそとに正座していたのであった。
「蓍(めどぎ)ちゃんをよろしく」
岐美の声がにぶく、小さかった。
▼桃西社鯨歯①
玄関のすぐそとにひとり取り残された桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)は、ゆっくりと立ちあがった。
彼女は地面へとじかに正座していた。だからふたつのはぎに、たくさんの小石が貼り付いていた。
歩くたび、小石がひとつずつ落ちる。薄赤いくぼみが都度あらわれる。
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯①
「筆頭。次女さんからよろしくって言われたからきたんですけど、なんかお手伝いでもしましょうか」
「鯨歯(げいは)か。これから皇(すべら)さがしにいくとこ」
赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)がいた場所は、彼女自身のもぐっていた泉のそばであった。
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯②
「それじゃあ鯨歯(げいは)、いこうか。身身乎(みみこ)のことならもう睡眠(すいみん)に任せたんで」
「はあ、ならいいですけど、いままで皇(すべら)さんがいなくなって、筆頭がじきじきにさがしてやったことありましたっけ。
「今回だけみょうに積極的ですね」
▼赤泉院蓍と桃西社鯨歯③
赤泉院(せきせんいん)の屋敷をはなれ、ふたりは楼塔(ろうとう)の地に向かっていた。
「はあ、御天(みあめ)さまがね。
「確かにそれなら今回ばかりは特別でしょうよ」
「てかおまえが知らなかったってことはあいつ玄関使ってないな。ふってきたってそういうことか」
▼楼塔①
ふたりの向かっている楼塔(ろうとう)とは、赤泉院(せきせんいん)の西隣に位置する土地だ。
かたちとしては、赤泉院よりもすこし大きく、やや南北に伸びている。
とくに高い建物は見当たらず、楼塔と呼ばれるゆえんは分からない。
筆頭蠱女(ひっとうこじょ)の管轄である。
▼楼塔是①
筆頭蠱女(ひっとうこじょ)のうえの妹の楼塔是(ろうとうぜ)は、宍中御天(ししなかみあめ)から姉への伝言をたのまれていた。
つぎで自分の仕事が終わるからそれを伝えておいてねと。
だが姉がどこにいるのかは是にも見当がつかない。だから自分の道場で待つことにした。
▼楼塔是②
楼塔是(ろうとうぜ)のいとなむ道場は、楼塔の地からすこしだけはみだした場所に建てられている。
そこはもはや彼女ら巫蠱(ふこ)にとっては、そととも呼べる場所のはずだが。
是は巫蠱以外の人間とも交流を持ち、その道場において独自の武芸を教えていた。
▼楼塔是③
「あらゆるものを武具にする」
それが是(ぜ)の教える武芸の根本である。
道場は是みずからが始めたもので、彼女はそとの人間に、こうも言う。
「わたしをたおせれば、奥にとおしてあげますよ」
道場の奥は楼塔(ろうとう)の屋敷に続いている。とおれた者は、ない。
▼楼塔是と桃西社鯨歯①
……その日の稽古を終え、そとの人々を道場からかえした楼塔是(ろうとうぜ)は、屋敷に続く渡り廊下に向かってくちをひらいた。
「鯨歯(げいは)、もうでてきていいよ」
廊下はまっすぐだが、しずみこむような坂でもあるため、ゆかに貼り付けば道場からはみえなくなる。
▼桃西社鯨歯②
坂のようなゆかに貼り付いていた桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)は、ぺりぺりと自分の身をはがすように気持ちわるく立ちあがった。
「ども、楼塔(ろうとう)の次女さん。うちの筆頭が会いたいって言ってます。
「御天(みあめ)さまのことについて、話したいって」
▼楼塔是と赤泉院蓍①
赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)は楼塔(ろうとう)の屋敷の一室でよこになっていた。
「ぜーちゃん……わたしら……いまきたとこなんだけど……皇(すべら)はもどってきてないっぽいな……」
つかれたようすの蓍に、是(ぜ)はやわらかく応えた。
「そのまえに休んでください」
▼楼塔是と桃西社鯨歯②
「久しぶりに長く歩いたからつかれたんですよ、あとはわたしが見ておきますので」
ねむってしまった蓍(めどぎ)のそばに、桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)が正座する。
「わたしもついておこうか」
「お気持ちだけで」
「分かった。あしたは道場、休みにするから」
▼之墓館①
……暗闇のなか、蓍(めどぎ)も鯨歯(げいは)も寝静まったときだ。
小さな影がわずかにうごいた。
彼女の名前は之墓館(のはかむろつみ)。なにやら絵をかいている。
紙をこする音はまあまあ大きいのに、ふしぎと蓍も鯨歯も起きない。
むしろ、ねむりが深くなっていく。
(つづく)
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