ラーメンと静寂
静寂に飢えた俺は街に飛び出した。自宅に篭りっきりで洗面台の水滴の音と冷蔵庫のモーターの音を聴きながら長編の小説なんかを書いていると発狂してしまい、いつか虎になりそうな気がする。
腹の音が激しく生きている証明を訴えるので、丸一日何も食べていなかった俺はラーメン屋の暖簾(のれん)を押して中に入りテーブルについた。
そこで異様な光景を目にした。
男がひとり号泣しながら丼ぶりに必死の形相で喰らい付いている。
額(ひたい)には大粒の汗をかき、猛スピードですすっているのだ。涙なのか汗なのかどちらかわからないものが、テーブルとくたびれたスーツに水滴の跡を残していく。
むせる。泣く。顔を拭く。また泣く。麺をすする。
ラーメンによる栄養摂取。そして涙による感情排泄。このふたつを同時に行っていた。
一連の動作をしたのち男はラーメンを綺麗に平らげ、なんだかスッキリした表情で立ち上がり会計をして出ていった。
俺はまだ湯気を立てながら待っている寂しげな自分のラーメンに静かに向かいあった。
今のはなんだったのだろう。あれはもしかしたら他人に投影した姿があんな風に見えたのではないだろうか。
または全ては妄想だったのかもしれない。あの男は本当にあそこに座ってラーメンを食べていたのだろうか。証明できるものは俺の記憶だけだ。
そんなことを想いめぐらせながらほんの少し自分に優しくなりたくなった俺は餃子を2人前、追加した。
奥では皿を割る音が響きわたり店員が「失礼致しました!」と即座に対応する。
突然けたたましい嬌声をあげながら完全に酔い客だとわかる若い男女が二人店に駆け込んできた。
「申し訳ないですがオーダーストップの時間ですので。」
と店員が言うと
「えーっ!この店を探して地図見ながら1時間も歩いてきたってのにちょっとくらい延長してくれてもいいじゃねえか!」と男は声を張り上げて理不尽極まりない主張をした。
「いいじゃないの。ついでだからさあ24時間開店してるラーメン屋をさがしに出かけようよ。」
「はあ?そんな店こんなクソ田舎にあるわけねえじゃん!」男は呂律が回らない。
女は何がおかしいのか甲高い笑い声を響かせる。
普段は嫌悪を催す場面も今宵だけは静寂を切り裂く全ての光景に愛おしさを覚え、清々しい表情で俺はラーメン屋を出て、夜の風を追う。
完