大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 13
正妻の側に居た五瀨は徐に立ち上がり公務を行う竪穴式住居に向かった。二人の妻が言った策を実行する為である。
悲しみ悔いていても意味が無い。幸いにも正妻は生きている。だが、二度とこの様な事が起こらぬ様にせねばならない。だから五瀨は人を支配する事に決めた。事が事だけに五瀨から話を聞いた将軍達の中で反対する者はいなかった。其の為、策は直ぐに実行に移され誰が何処を支配するかを決める事になった。
那賀須泥毘古(ながすねびこ)
五瀨が新たな策の取り決めを行なっている頃、実儺瀨(みなせ)は那賀須泥毘古(ながすねびこ)の所にやって来ていた。
「其方は ?」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)が問うた。
「私は正妻と志を共にする者です。」
「正妻と志を ?」
「はい。」
「正妻は一人では無かったのですね。」
「はい。ごく少数ですが。」
「其れで正妻は ?」
「意識は戻った様ですが…。」
「が…何です ?」
「今回の事で五瀨様は正妻を幽閉される事に…。」
と、実儺瀨(みなせ)はシクシクと泣き出した。
「ゆ、幽閉 !」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は思わず大きな声で言った。
「はい。人が此処まで正妻を嫌う事に五瀨様は心を痛めておられました。ですが、耳に入れてはいけない事を耳にしてしまったのです。」
「な、何を聞かれたのですか ?」
「其方達の解放です。」
「真逆…。」
「真意は未だ調査中です。ですが五瀨様は奴婢を拷問してでも聞き出すでしょう。そうなれば正妻は…。」
と、実儺瀨(みなせ)は泣き崩れその場に座り込んだ。
「な、何と言う事だ。誰が其の様な事を…。」
「分かりません。ですが其方達を解放する思いは途絶えてしまいました。」
「私達の事は構いません。ですが、正妻を苦しめる事はあってはなりません。私達に…。私達に何か出来る事はありませんか ?」
「ですが…。」
「正妻に受けた恩を返す時です。この命、惜しくはありません。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。分かりました。それなら今晩奴婢を集め集落外れの住居に来て下さい。」
「外れの住居とは ?」
「はい。赤布を下げておきます。其処が武器庫として使われている住居です。」
「成程…。分かりました。必ず正妻を助け出します。」
「お願いします。」
そう言うと実儺瀨(みなせ)は周りを見やり戻って行った。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は早速選ばれし十九人を招集した。選ばれし十九人は適当な奴婢に役を任せ那賀須泥毘古(ながすねびこ)の元に集まった。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は早速皆に実儺瀨(みなせ)から聞いた話を聞かせた。話を聞いた選ばれし十九人の答えは那賀須泥毘古(ながすねびこ)と同じだった。
「其れで賛同者はどの位になる ?」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)が問うた。
「皆気持ちは同じだ。正妻に対しての態度に腹が立っている。」
「そうか…。なら、問題は女だな。」
「足首を切り落とされているからな。共にと言うのは無理だろう。」
「見捨てるのか ?」
「守り切る事は出来ない。先に逃しても連れ戻されるのが落だ。なら、賛同させない方が良い。」
「賛成だ。賛同して連れ戻されれば酷い拷問を受ける事になる。」
「そうだな。私達男が勝手にした事にすれば未だ救いは残る。」
「決まりだ。」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は話が纏まると又持ち場に戻って行った。
持ち場に戻ると選ばれしの十九人は数人の奴婢に今回の話を伝えた。話を伝えられた奴婢達はコッソリと伝言ゲームの要領で話を拡散した。
そして…。
作業が終わり奴婢達は住居に戻るとジッと陽が沈むのを待った。
那賀須泥毘古(ながすねびこ)達にとって其れはとても長い時間に思えた。この何とも言えない時間は那賀須泥毘古(ながすねびこ)達の決意を恐怖が支配して行く時間でもある。だから、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は必死に恐怖を打ち払う。女達はもう会えなくなるかもしれない男達をただ黙って見ていた。
やがて日が沈み外では宴が始まったのか賑やかな声が響き渡って来る。だが、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は動かない。日が沈み皆が寝静まるのを待っているのだ。
この待機の間に伝令役の奴婢が数回用を足しに外に行き、三つある収容所の奴婢と情報を共有しあっていた。
やがて…。
賑やかだった声は静まり静寂な夜が訪れた。
「皆よ…。志を共にする同士達よ。恩を返す時が来た。忘れるな。恩は命より重い。怯えるな。ただ進め。私が討たれても、友が討たれても進め。命に変えても正妻を救い出せ。」
徐に立ち上がり那賀須泥毘古(ながすねびこ)が言った。
「おう。行こう同士よ。」
「この命に変えても。」
そして、皆が立ち上がり言った。
「此れは私達の新たな戦だ !」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は戸を開け走り出した。外に出ると警備兵達が談笑していた。勿論彼等は那賀須泥毘古(ながすねびこ)の計画等知らないし、反乱を起こすなど考えてもいなかった。だから、大量に湧き出て来る奴婢達を対処出来るはずも無く簡単に殺されてしまった。警備兵を殺した後は残りの収容所から出て来る同士を待った。
「那賀須泥毘古(ながすねびこ) !」
ゾロゾロと残りの収容所から出て来る同士が那賀須泥毘古(ながすねびこ)の元に集まって来る。
「うむ…。皆は ?」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)が問う。
「一人もかけてない。」
「良し。なら、行こう。目指すは赤布だ。」
そして、総勢千人の奴婢が赤布が掲げてある住居に向かった。バタバタと千人の奴婢が真っ暗な闇の中を進む。
ゾロゾロと…。
ゾロゾロ、ゾロゾロと進む。
静流は其れを確認すると、那賀須泥毘古(ながすねびこ)よりも先に集落に戻り赤布の近くを警備している兵士をその場から引き離す為に生お尻をチラチラ見せて茂みに連れ去った。其処に那賀須泥毘古(ながすねびこ)達がゾロゾロとやって来る。
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。赤布は何処だ ?」
男は周りを見やる。
「あれだ。」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は赤布が掲げられている住居を指差した。
「良し行こう。」
そして、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は迷わず中に入って行った。中に入ると実儺瀨(みなせ)が言った通り大量の武器が保管してあった。那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は保管してある武器を見やり驚いた。どれもこれもが素晴らしいと言える武器ばかりだったからだ。
「なんて見事な…。」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)はボソリと言った。
「私達をこき使い得た武器だ。」
選ばれし十九人の一人が言った。
「皮肉だな。其の武器を私達がてにするとは…。」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は剣を手に取り外に出て行った。外に出ると実儺瀨(みなせ)が立っていた。
「其方は…。」
「正妻の住居の場所は知っていますか ?」
実儺瀨(みなせ)が問う。
「知っている。」
「なら、案内は必要ありませんね。」
「無用だ。」
そう言うと那賀須泥毘古(ながすねびこ)は正妻の住む住居に向かって走り出した。其の後を追う様に選ばれし十九人と奴婢達がバタバタと走って行った。
真っ暗な闇の中を松明もつけず駆け抜けていく。実儺瀨(みなせ)は皆が鳥目で無い事を祈り乍ら見やる。
バタバタ
バタバタ、バタバタと那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は駆けていく。
このまま気づかれ無ければ…。
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は願う。
だが、数が多すぎた。千人の奴婢が一同に走れば馬鹿でも気づく。異変に気づいた警備兵が直ぐに木筒を叩き皆を起こした。
コーン コーン コーン
コーン コーン コーンと木筒が鳴り響く。
「気づかれた !」
選ばれしの一人が叫ぶ。
「気にするな ! 兎に角走れ ! 目的は正妻の救出だ !」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)が言う。
那賀須泥毘古(ながすねびこ)達はバタバタ バタバタと走る。其処に叩き起こされた兵士達が迫り来る。前から、後ろから左右からと其れは至る所から襲い来る。
那賀須泥毘古(ながすねびこ)達の大半は元兵士である。だが、奴婢にされ兵士としての訓練は長きに渡りしていない。だから、素晴らしい武器を手にしたからと言って全盛期の強さがカムバックする事はない。其れに武器は手に入れたが鎧は着けていない。まぁ、其れは五瀨の兵も同じではある。が、差は歴然であった。次々と殺されて行く同士。其れでも那賀須泥毘古(ながすねびこ)達を正妻の元に向かわせようと同士達は自らが盾となり那賀須泥毘古(ながすねびこ)達を前に前に進ませた。
「実儺瀨(みなせ)…。大丈夫じゃか ? このままじゃと正妻を救出しよる前に全滅じゃか。」
草葉の陰からコッソリ覗いている臥麻莉(ねまり)が問うた。
「ムムム…。此れは予想外じゃ。ちと、ヘッポコ過ぎじゃかよ。」
同じく草葉の陰から覗いている実儺瀨(みなせ)が言った。
「じゃよ…。意気込みは一流なんじゃがのぅ。」
「そもそも何で走りよったんじゃ ? コッソリ行けばええもんを。アホじゃか。」
「まったくじゃ。深夜に千人が走りよったら唯の騒音じゃかよ。」
「まぁ、千人もおったら誰かは辿り着くじゃかよ。」
「既に半数は死体になっておる。」
「…。」
「…。」
「少し手を貸しよるか。」
「じゃな。」
と、臥麻莉と実儺瀨(みなせ)はパタパタと走り出し至る所に火をつけて周った。奴婢の反乱を鎮圧する兵士達。メラメラと燃え始める住居に倉庫。臥麻莉と実儺瀨(みなせ)はそら燃やせ、もっと燃やせと松明に火をつけポイポイと竪穴式住居に投下して行く。やがて、至る所から火の手が上がり始めた。
「な…。火だ火をつけられた !」
兵士が叫ぶ。
「誰か火を消せ !」
と、兵士達はてんやわんやである。
「那賀須泥毘古(ながすねびこ) ! 火事だ !」
「あぁぁ。此れは好気だ。進め !」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は此れを好気と兵士達を退け更に走った。やがて、正妻の住居が視界に入る。
「あそこだ !」
那賀須泥毘古(ながすねびこ)が指差した。
「同士達よ ! 正妻はあそこに幽閉されている !」
選ばれしの一人が叫ぶ。
そして、那賀須泥毘古(ながすねびこ)が…。選ばれしのが…。正妻の住居に辿り着く。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は戸に向かい。選ばれしの達は番兵に襲いかかった。選ばれしの逹のお陰で那賀須泥毘古(ながすねびこ)は難なく戸を開け中に入る事が出来た。
「正妻 !」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)の心配を他所に正妻は目を丸く見開き那賀須泥毘古(ながすねびこ)を見やった。
「な、那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。どうして此処に ? 真逆…。外の騒ぎは其方達なのですか ?」
「はい。私達は正妻に恩を返す為に…。」
「恩を返す ?」
と、正妻は首を傾げた。
「はい。正妻が幽閉されたと聞きました。」
「わ、私が ?」
と、正妻はナンジャラホイである。
「正妻の考えが五瀨に知られたと…。五瀨は奴婢から真実を追求しています。」
「真逆…。」
「否…。このままでは正妻は首を刎ねられかねません。」
「く、首を ? 那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。そ、其方は何を…。」
「兎に角このままでは危険なのです。」
と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は正妻の返答に違和感を感じたが、今更引くに引けない状況は明白であったので無理矢理正妻を連れ出すと残った同士達を連れて山に向かって逃走して行った。其の道中、正妻は横たわる死体を見やり燃え盛る炎を瞳に映しエライコッチャと思った。
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