大壹神楽闇夜 1章 倭 5決戦1
迂駕耶(うがや)から赤粉が上がる。真っ赤な狼煙はモクモクと…。蘭泓穎(らんおうえい)は其れを見やり少し残念であった。油芽果(ゆめか)との事が大きく残っているのかも知れない。だが、油芽果(ゆめか)は裏切った。否、元々其の様な気は無かったのかも知れない。間者として潜り混んでいたのだから間違いはない。だが、泓穎(おうえい)にとって楽しい時間であったのは確かである。
だからこその強い怨み。
憎しみ。
其れはとても大きな物である。だが、三佳貞(みかさ)が楽しかった一時を思い出させたのかも知れない。
だから…。
少し期待した。
何に ?
分からない。
分かっている事…。
其れは…。
敵であると言う事だ。
蘭泓穎(らんおうえい)は拳を握りジッと迂駕耶(うがや)を睨め付ける。
神楽は迫り来る船を見やり、助菜山(ジョナサン)は神楽を乗せて尻尾をフリフリご機嫌である。神楽は時折助菜山(ジョナサン)の頭を優しく撫でる。だが、視線はジッと迫り来る船に…。早く来い。胸中でそう言っている。
水豆菜(みずな)が指揮する部隊は砦前衛に待機している。その数は二千。神楽は一人隊から離れ波打ち際付近で到着を待っている。だが、神楽の後ろには弓を構えた娘が二百。日三子である伊都瀬(いとせ)は水豆菜(みずな)の横にいる。残りの三子は砦の中で待機している。吼玖利(くくり)も砦の中で待機である。
八重兵も同じ様な配置で迫り来る船を待っている。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)も臆する事無く大吼比(だいくひ)と一緒に浜辺に立っている。
其れは刻、一刻と近づいて来る。
「若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)…。お下がりを。」
大吼比(だいくひ)が言う。
「良い…。大神が後方で見物等と、そんな不細工な真似が出来ようか。」
と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は前線…。波打ち際にいる神楽の横に立つ。
「所で神楽…。大吼比(だいくひ)の話をどう思う ? 伊都瀬(いとせ)殿は言葉を濁しておったが…。」
若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)と伊都瀬(いとせ)達はは迂駕耶(うがや)に到着するや大吼比(だいくひ)から三佳貞(みかさ)の話を聞かされた。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は高天原が全滅した事に大変な悲しみを表したが、帥升の妥協案には断固として応じる姿勢を見せなかった。
問題は秦国との密約である。
「真であろぅ…。じゃが今は戦わねばならぬ。中の話は別子(べつこ)に任せれば良い。」
神楽はそう答えた。理由は矢張り李禹(りう)が国の言葉を知っていたからである。
「そうだな。」
「じゃよ。世界を我等にじゃ。」
と、神楽は此の言葉が気にいったようである。
「そうだな…。所で其方らは鎧は着けぬのか ?」
若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が問うた。
「重いから着けぬ。」
と、答えた神楽は真っ白な紬を着ている。つまり此の真っ白な紬が娘達の鎧なのだ。勿論鎧としての防御率は皆無である。だが、柔軟でしなやかに動き回る娘達に鎧は足枷にしかならない。其れに倭兵や秦兵を相手に今の鎧は鎧としての機能をまったく有していない。
なら…。
つけぬ方がマシである。
「成る程…。所でどうして皆白の紬なんだ ?」
「敵の血で真っ赤にする為じゃ。」
と、質問ばかりしてくる若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を睨め付ける。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)はスッと視線を船に移す。
「大神…。そろそろ弓の射程圏内に入ります。」
大吼比(だいくひ)が言った。
「そうか…。神楽其方も少し下がった方が良い。」
「まだ、矢は届かぬ。」
神楽が言った。
「届かぬ ?」
「じゃよ…。敵は空に向けて矢を放つと言うておった。つまり真っ直ぐじゃと届きよらんと言う事じゃ。」
「我等の矢よりも飛距離は短いと。」
「じゃよ…。」
と、言ったその時…。空が闇に包まれた。敵船から大量の矢が天高く放たれたのだ。矢は日を覆い迂駕耶(うがや)を闇で包み込む。
「いけん。矢じゃ !」
と、神楽は大慌てで後方に下がって行った。だが、慌てずとも放たれた矢は波打ち際の手前迄しか届かなかった。
「こら、神楽 ! 大神を放って下がるとは何事ぞ。」
水豆菜(みずな)が言った。
「何を言うておる。大神が死によっても未だ王太子がいよる。じゃが、我が死によったら国は全滅ぞ。」
真剣な表情で神楽が言う。
「そ、其方…。正気か…。」
水豆菜(みずな)がそう言うと横で伊都瀬(いとせ)がクスリと笑った。
「当たり前じゃ。」
と、矢張り神楽は本気の様である。
「まぁ、良い。」
と、水豆菜(みずな)は銅鐸(どうたく)を鳴らす。この銅鐸は別子(べつこ)の三子(みこ)が使う銅鐸と違い手の平サイズでは無い。サッカーボウルを縦に伸ばした様な形と大きさがある。此の銅鐸は長い棒の先に取り付けられ多くの三子に其の音が届く様になっている。其の銅鐸の音が鳴り響く。
其の音に合わせる様に弓を構えた娘達が力一杯弓を引く。
「詰まらぬ脅しなど通用せぬ。真の弓の使い方を教えてやりよる。」
水豆菜(みずな)はそう言うと更に鐘を鳴らした。そして矢が放たれた。
大壹神楽闇夜
一章 倭
五 決戦
力強い矢が一斉に放たれる。此れは牽制などでは無い。皆が皆狙いを定めて放っているのだ。その矢は速く真っ直ぐに飛んで行く。狙うは顔面である。
娘と八重兵が放つ四百本の矢が倭兵を襲う。泓穎(おうえい)と陽(よう)は咄嗟に身を屈め其れを避けるが多くの倭兵が其の矢で死んだ。
「盾を前に !」
陽(よう)が大きな声で指示を出す。後方の倭兵が船首迄走り盾を構える。
十人の倭兵が船首で屈み盾のサイドを密着させ、別の十人が盾のサイドを密着させ下段の盾に密着させる。更に別の十人が盾のサイドを密着させ中段の盾に密着させる。此れで唯のジャンク船が軍艦に変わる。娘達が放つ二射目は此の盾に全て防がれた。が、水豆菜(みずな)は更に鐘を鳴らす。と、此処で娘の1人が手を挙げた。同じ様に八重兵も手を挙げる。此れは相手が防いでいる、もしくは隠れていると言う合図である。
「盾で防いでいるか…。」
と、水豆菜(みずな)は鐘を鳴らし全弓兵を後退させ、皆に盾を構えさせた。
「そろそろ相手の射程圏内じゃか。」
伊都瀬(いとせ)が言う。
「じゃよ…。ブリブリ打って来るはずじゃ。浜辺の兵は一掃したいはずじゃからのぅ…。」
「まぁ、矢があったらの話じゃがの…。」
と、伊都瀬(いとせ)は敵船を見やる。
「ある…。」
水豆菜(みずな)は言い切る。
「何故じゃ ?」
「無駄に高天原にいた訳では無いはずじゃ。」
「ほぉ…。此方に刻を与えたは其の為か…。」
と、水豆菜(みずな)の予想通り大量の矢が放たれる。此の矢は浜辺中付近迄届いた。神楽と若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)はシッカリ後退していたので平気である。
「矢が大分近づいて来たな。」
と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が言うや否や目の前で矢が弾け飛んだ。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を狙って飛んで来た矢を神楽が矛で弾いたのだ。
「前線で気を抜くでない。」
神楽が嗜め言った。
「無茶を言うな。飛んで来た矢を避けれる人は少ないぞ。しかし良く分かったな。」
「空気の流れが変わりよった。」
「そうか…。」
と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)には神楽の言葉がまったく理解が出来なかった。勿論其の横に居た大吼比(だいくひ)にも理解は出来なかった。だが、泓穎(おうえい)は違う。自分が射った矢を造作も無く弾かれたのだ。其れも遠く離れた場所から射ったにも関わらずである。此れは動体視力が良いなんて物では無い。そう、言うなれば此れは集中力である。
恐ろしい迄の集中力…。
「どうした ?」
泓穎(おうえい)に陽(よう)が問う。
「矢を弾かれた…。」
「真逆…。偶然だ。」
「違う…。」
と、泓穎(おうえい)は神楽を睨め付ける。
「八重国の矢と弓を使いこなせておらぬだけだ。」
と、陽(よう)は言うが矢張り泓穎(おうえい)には納得出来ない物があった。
「帆を下ろせ !」
陽(よう)が指示を出す。
「何故帆を下ろす ?」
泓穎(おうえい)が問う。
「帥升の船を此れ以上先頭で行かす訳にはいかぬ。」
「妾は母とは違う。平気だ。」
「そう言う問題では無い。此れは戦なのだ。」
と、陽(よう)は一旦旗艦である帥升の船と民が乗船する船を停泊させ、倭兵の船を先に秦兵の船を後方につけ進ませた。そして又矢が放たれる。矢は更に近く迄其の距離を縮めてくる。
「派手な船が止まりよった。」
「止まったな。」
「大神は中じゃ。」
と、神楽は砦を見やる。
「我は此処で良い。」
「駄目じゃ。大吼比(だいくひ)と中に入られよ。」
「神楽の言う通り。帥升の船が止まった以上此処は一度中に戻るべきだ。」
大吼比(だいくひ)が言った。
「分かった。なら、神楽も中に…。」
「我はもう少し此処にいよる。」
と、神楽が言うと若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)と大吼比(だいくひ)は砦の中に入って行った。其れから又矢が飛来して来る。八重兵と娘達は徐々に徐々に後退させられて行く。水豆菜(みずな)はジッと船団を見やっている。反撃の手を考えているのだが盾で防がれている以上打つ手は無い。
だが…。
水豆菜(みずな)は鐘を鳴らす。
弓兵に矢を打たせるつもりなのだ。
「破れるか…。」
大吼比(だいくひ)が問う。
「分からぬ。敵の盾は強硬らしいからのぅ。」
と、水豆菜(みずな)は続けて鐘を鳴らし弓兵が矢を放つ。だが、矢張り破る事は出来ない。
「硬い…。」
「じゃな…。」
と、水豆菜(みずな)は弓兵を砦に戻し、砦内に再配置した。そして大吼比(だいくひ)は各吼比(くひ)に八重兵を纏めさせ決戦に備えさせる。
此度の様に大きな戦の時は全ての軍事権限を大吼比(だいくひ)が受け持つ事になる。そして各諸国の大吼比(だいくひ)は吼比(くひ)として扱われ軍隊を率いて行動するのだ。そして各諸国の神(みかみ)は自国の吼比(くひ)と共に行動するか又は大神(おおみかみ)と共に行動するのである。が、卑国はその限りでは無い。
水豆菜(みずな)と伊都瀬(いとせ)は城壁に上がり其処から敵船を見やる。
「所で水豆菜(みずな)殿。一つ聞いておきたい事があるんだが…。」
と、同じく城壁に上がって来た大吼比(だいくひ)が問うた。
「なんじゃ ?」
「秦は敵か ?」
「敵じゃ。」
水豆菜(みずな)は当たり前の様に言った。
「分かった。」
と、大吼比(だいくひ)は伊都瀬(いとせ)を見やる。
「伊都瀬(いとせ)殿も若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)と共に。」
「我は下がらぬ。其れが日三子じゃ。」
と、伊都瀬(いとせ)は悪魔の様な顔でニンマリと笑みを浮かべた。
そして又矢が放たれる。今度は其れを盾で防ぐ。強い衝撃と共に矢が盾を突き破る。
「水豆菜(みずな) ! 此れはいけん ! 盾を突き抜けてきよる !」
娘達が叫ぶ。其の後方にいた神楽は此れは大変だとソソクサと中に入り”撤退じゃ !”と叫ぶ。水豆菜(みずな)も此れは大変だと娘達を砦の中に後退させた。予想外の威力に水豆菜(みずな)はなす術なく。大吼比(だいくひ)も八重兵を撤退させ浜辺は無人となった。
そして敵船は浜辺に…。
倭兵が次々と上陸して来た。
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