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大壹神楽闇夜 2章 卑 1疫病1

 倭人が迂駕耶(うがや)を奪い一月が経った。

 長い二年に及ぶ戦が嘘の様に平和である。

 此処に居れば昔の様に笑い楽しく暮らせる様な気になる。

 だが、じゃれ合った友はいない。
 歪み合った友も今はいない。
 多くの家族が命を失い神楽は此処にいる。

 嘘ではないのだ。いつもの様に空は青く、風が木々の匂いを運んで来ても、もぅ元には戻らない。
 国に帰ってから神楽は毎朝社(やしろ)に行き死んだ家族と語りあった。だが、死者は語らない。だから、神楽は、必ず皆の無念を晴らすのだと自分に言い聞かせていたのだ。
「皆の思い…。皆の願い…。我が必ず叶えてみせよる。」
 拳を握り神楽は誓う。

 悔しくて…。

 悔しくて涙が止まらない。

 何故自分達がこの様な思いをしなければいけないのか…。

 何故…。

 何故…。

 其れは自分達が弱いからだと神楽は思う。
 だから、更に強くならなければいけないと、神楽は更に強さを求める様になっていた。だが、其れは自分だけでは駄目だと言う事も理解している。此れは迂駕耶(うがや)での経験が少し神楽を変えたのだ。
 国に帰ってから神楽は香久耶にも稽古をつける様にした。神楽無敵部隊の娘達にも更なる強さを求め共に稽古に励む様になった。其の変化に香久耶は喜び皆と稽古に励み、伊都瀬(いとせ)には其の光景がとても不思議に見えたのでチョクチョク覗きに来ていた。
「さて、我はそろそろ戻りよる。」
 と、言って神楽はテクテクと社から出て行った。そして稽古場に向かい、いつもの様に皆と稽古を始めるのだ。
 何より、神楽が毎日稽古に励めるのは、水豆菜(みずな)の組が侵略には参加していなかったからである。
 北の地に住む部族は一つ一つが単体であり、力を合わせて立ち向かうと言う考えが無い。そもそもの話、奪われると言う概念其の物が無かった。
 彼等が警戒しているのは、野生の獣であり。集落を囲む柵も獣が侵入して来ない為の物である。つまり、神楽にとっては役不足なのだ。其れに鎧を纏い武器を持った兵を前に挑んで来る部族は殆ど無く、文明の前に膝をついた。
 分かりやすく言えば、脅して奪い取っていったのだ。
 だから、気長足姫(おきながたらしひめ)も戦の英雄である神楽を必要とはしなかった。寧ろ此の様な事に呼ぶよりも、後の戦に向けて稽古をして貰いたいと思っていたのだ。
 其れともう一つ、気長足姫(おきながたらしひめ)は神楽に頼んだ事があった。其れは王太子の稽古である。流石にあの様な不様な姿を目の当たりにしてしまうと可愛がるだけでは駄目だと言う事を知る。だから、気長足姫(おきながたらしひめ)は厳しく稽古をつける様にと神楽に王太子を預けたのだ。 
 其の期待通り神楽は厳しく稽古をつけた。だが、神楽無敵部隊の娘達は何かと王太子の世話を焼いていたので、王太子は母上が一杯じゃぁ…。と、馬鹿な事を言い、神楽の事を鬼(き)と呼んだ。まぁ、其れが気に入らないのか神楽は毎日王太子をボコボコにしていた。
 そんな日々を過ごしていたある日神楽の下に千亜希と美涼がやって来た。何やら三佳貞が迂駕耶(うがや)に来て欲しいと言っているのだ。
「迂駕耶(うがや)にじゃか ?」
 神楽が問うた。
「じゃよ…。」
「何じゃぁ…。お姉ちゃん迂駕耶(うがや)に行きよるんか ?」
 其れを聞いていた香久耶が言った。
「じゃが、来いと言われても伊都瀬(いとせ)と水豆菜(みずな)に聞いてみんと分からんじゃかよ。」
「確かにじゃ。」
 と、千亜希が言うと神楽は少し間を開け、"ちょっと待っておれ。聞いて来よる。"と、言って神楽はテクテクと鷺の宮殿に向かって歩いて行ったので、千亜希と美涼と香久耶も付いて行った。テクテクと暫く歩き鷺の宮殿に着くと神楽は水豆菜(みずな)を探した。水豆菜(みずな)はバタバタと忙しなく公務を行なっていた。
「水豆菜(みずな)…。」
 バタバタしている水豆菜(みずな)に声を掛ける。
「お〜。神楽。如何したんじゃ。」
 と、水豆菜(みずな)は神楽を見やり千亜希と美涼を見やった。
「少し話がありよるんじゃ。」
「話じゃか ?」
 と、水豆菜(みずな)は千亜希と美涼をジッと見やる。
「伊都瀬(いとせ)にも話さねばいけん。」
「伊都瀬(いとせ)にも…。迂駕耶(うがや)で何かありよったんか ?」
 と、水豆菜(みずな)が問うと神楽は首を傾げた。神楽は理由を知らないのだ。
「三佳貞が神楽を呼んでおるんじゃ。」
 美涼が言った。
「三佳貞が ?」
「じゃよ…。秦国の将軍を護衛して欲しいと言うておる。」
 と、千亜希が言うと水豆菜(みずな)は"ハァァァァ !''と二人を睨め付けた。二人はソッと視線を逸らした。


         大壹神楽闇夜

          二章 卑

          一 疫病

 出された団子をパクリと食べ千亜希と美涼は花水をズズッと飲んだ。水豆菜(みずな)は何とも気に入らない顔で二人を見やっているが、伊都瀬(いとせ)はずる賢い三佳貞が何を企んでいるのかと少しワクワクしていた。神楽は其の横で無心に団子を食べ、香久耶は何とかして神楽と迂駕耶(うがや)に行こうと策を捻り出していた。
「其れで神楽に秦の将軍の護衛をして欲しいと言うのは如何言う事じゃ。」
 伊都瀬(いとせ)が問うた。
「其れなんじゃが…。我等は迂駕耶(うがや)で新たな策を遂行しておるんじゃ。」
 と、千亜希は迂駕耶(うがや)での事を話し始めた。
 津国で伊都瀬(いとせ)達と別れた三佳貞は迂駕耶(うがや)に戻って直ぐに迂駕耶(うがや)に散らばっている娘達を秘密の集落に集めた。其処で出雲に散らばっている娘を集めた都馬狸(とばり)が来るのを待ったのだ。其の間三佳貞はコッソリ李禹(りう)と連絡を取り合い倭人の動向を探り次に備えた。取り敢えず倭人が出雲に侵攻する気がない事を知った三佳貞は暫くを秘密の集落で過ごし都馬狸(とばり)達を待っていた。
 都馬狸(とばり)が到着すると李禹(りう)の案内で三佳貞は都馬狸(とばり)を連れ項雲(こううん)と其の妻項蕉(こうしょう)に引き合わせた。初め都馬狸(とばり)は何とも言えぬ顔で二人を見やっていた。恨み怨みを言いたかったのだろう。

 ただ…。

 そんな事を今更言っても如何にもならない。

 だから、都馬狸(とばり)は言葉を飲み込んだ。

 項雲(こううん)の仮住いは伊国の都にある。伊国の都は其の殆どが綺麗に残っていたので、其の一つの建物を仮住まいとしていた。ただ、都馬狸(とばり)にとっては何とも不思議な感じだった。見る物全てが自分の知る伊国の都であるのに其処にいる人は皆が異人。

 あ〜。

 此れが侵略と言うものか…。

 と、都馬狸(とばり)は痛感した。
 都馬狸(とばり)と三佳貞は中に案内されると、項雲(こううん)が手を差し出したので、二人は椅子に腰を下ろした。二人が違和感無く椅子に座れたのは間者として渡航した事があるからである。
「秦国の大将軍項雲(こううん)殿と妻の項蕉(こうしょう)殿じゃ。」
 三佳貞が都馬狸(とばり)に言った。
「都馬狸(とばり)じゃ。」
「項雲(こううん)だ。其方が卑国の王か。」
 項雲(こううん)が言った。
「我は王では無い。」
 都馬狸(とばり)は否定する。
「王では無い ? だが、三佳貞殿は王だと…。」
「王で良い。」
 三佳貞が言った。
「如何言う事じゃ ?」
 都馬狸(とばり)が問う。
「考え方の違いじゃ。我等の国には王はおらぬ。じゃが、其れを理解する事は出来よらんのじゃ。」
「確かに…。王のいない国は国では無い。」
 項雲(こううん)が言った。
「つまりじゃ。卑国は八重国では無い以上王がおらねばいけんのじゃ…。」
「其れなら王は伊都瀬(いとせ)であろう。」
「伊都瀬(いとせ)は大王と言うてありよる。」
 と、三佳貞が言うと都馬狸(とばり)は目を上に上げ"う〜ん"と言った。
「都馬狸(とばり)殿…。三佳貞殿の言う通り、此れは文化の違いに過ぎませぬ。難しく考えなさるな。」
「分かりよった。」
 と、都馬狸(とばり)が言うと項蕉(こうしょう)が茶をすすめて来たので二人は有り難く飲み干した。
「先ずは都馬狸(とばり)殿…。此の様な事になってしまい誠に申し訳ない。」
 そう言って項雲(こううん)は頭を垂れた。
「項雲(こううん)殿…。其の気持ち嬉しいじゃかよ。」
 と、秦の大将軍が頭を下げた其の寛大さに都馬狸(とばり)は思わず涙を流した。
「出来るなら此の様な事になる前に大神にお会いしたかった。だが…。此れは我等の失敗に他ならない。」
「構わぬ…。全ては終わったこと…。」
 と、都馬狸(とばり)は涙を拭い項雲(こううん)を見やる。
「項雲(こううん)殿…。」
 三佳貞が言った。項雲(こううん)は三佳貞を見やる。
「色々気持ちはありよる。じゃが、我等は先に進まねばいけん。我は秦国での話を聞き知っておる。じゃが、他の者は我が話した事しか知りよらん。秦国での事…。都馬狸(とばり)に話して欲しいじゃかよ。」
 と、三佳貞が言ったので項雲(こううん)は気持ちを切り替え秦国での話を都馬狸(とばり)に話し聞かせた。話の内容は"灯りの消えた日"と同じ内容である。
 話を聞き終わった都馬狸(とばり)は何ともな気持ちで一杯だった。何より此の様に大切な事を間者が決めてしまうなど本来ならあってはならない話し。

 事が事だけに…。

 何て言い訳は通らない。其の所為で多くの兵と民が死に娘が死んで行ったのだ。そして大神も死んだ。ただ、其れは油芽果(ゆめか)も薙刀(なぎな)も理解していただろう。理解した上で決めたのだ。
 つまり…。
 二人が決めた選択は正しかったのだ。
 命を掛けて決めた選択を都馬狸(とばり)は疑わなかった。
「まったく…。まったくじゃ…。」
「我等が無理強いしたと言えばそうだ。どうか、責めないでやって欲しい。」
「気にするで無い。我が娘が決めた事を親は疑わぬ。やり遂げるだけじゃ。」
「親… ? 真逆、油芽果(ゆめか)と薙刀(なぎな)の母上であったか。」
 項蕉(こうしょう)が言った。
「あ…。違いよる。」
 三佳貞がすかさず否定した。
「違うのか ?」
 項雲(こううん)は首を傾げる。
「我等は皆が家族として育っておる。皆が母であり、姉であり、妹じゃ。」
 と、三佳貞が言うと項雲(こううん)と項蕉(こうしょう)は更に深く首を傾げた。
「其処が文化の違いじゃかよ。」
 三佳貞が言った。
「さて、話は分かりよった。要するに我等は其方らと共にあると言う事じゃ。」
「うむ。其れからもう一つ。戦いは此の国だけで行われているのでは無い。始皇帝もしたたかに動かれておる。つまり、始皇帝も命を掛けておられる事を知っておいて貰いたい。」
「なら、早急に策を実行せねばいけん。」
 都馬狸(とばり)が言った。
「策 ?」
「秦の民を出雲に亡命させよる。」
「亡命…。しかし、どうやって ?」
「我等は迂駕耶(うがや)に疫病をばら撒きよる。」
 三佳貞が言った。
「疫病 ?」
「じゃよ…。」
 と、都馬狸(とばり)と三佳貞はニヤリと笑みを浮かべた。

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