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大壹神楽闇夜 1章 倭 5決戦4

 崖を登った倭軍は身を潜め砦を見やる。城壁に立つ八重兵に娘…。中には兵士がウジャウジャとたまっているのが確認出来た。だが、其れよりも多くの兵が砦の逆にあたる門外に陣を張っている。其の数は非常に多く…。数万はいると思えた。
 対する倭軍は両サイドを合わせても四千程である。浜にいる兵を合わせても既に一万弱であろう…。否、無駄にファイトして来る八重兵は厄介である。下手をすれば一万を切っている可能性もあった。
 汎紋亥(はんもんい)はイライラしていた。何故此れ程迄に苦戦しているのか ? 何故此の様な不細工な真似をせねばならないのか ? 既に正面から砦を制圧していてもおかしく無い筈なのだ。だが、現実は難航している。挙句大将軍迄出てこなければいけなくなった。
「情け無い話だな…。」
 汎紋亥(はんもんい)が言った。
「確かに…。黄仙人(こうせんい)将軍も打ち取られたと聞く。」
「黄仙人(こうせんい)は愚将では無かった筈だ。たが、敵を軽く見ていた。」
「そうかもしませぬ。」
「我等は負ける訳にはいかぬのだ。」
 と、汎紋亥(はんもんい)は向こう側の崖にいる兵と合図を出し合っている兵を見やる。その兵が汎紋亥(はんもんい)にゴーサインを出す。向こう側の準備も出来た様だ。
「皆よ…。侮るな。敵は強い。」
 と、汎紋亥(はんもんい)は腕を上げる。其れに合わせ皆が弓を構える。
「狙うは砦…。だが、外の連中にも矢の雨を降らせてやれ。」
 と、汎紋亥(はんもんい)は腕を振り下ろした。其れを合図に無数の矢が砦と陣に飛来する。そして反対側からも無数の矢が空を覆い隠した。
 降り注ぐ矢は雨の如し…。然れどその雨は恵みをもたらさず確実に人を殺して行った。更に更に…。倭軍はありったけの矢を放つ。
「矢じゃ !」
 巫沙妓(ふさぎ)が其れに気づいた時には既に遅く。巫沙妓(ふさぎ)の体を何本もの矢が貫いた。盾を構えていた兵はかろうじて助かったが弓を構えていた娘や八重兵の何人かは命を落とす事になった。そして、其の中には大吼比(だいくひ)もいた。大吼比(だいくひ)の体にも無数の矢が体を貫き大吼比(だいくひ)は絶命した。
 砦の中にいる兵達の殆どは其の矢によって殺された。八重兵も娘達も降り注ぐ矢からは逃げる事が出来なかったのだ。何とか一命を取り留めたのは建物の中にいる者と屋根の下にいた者達だけである。
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は外にいたが八重兵が体を張って彼を守った。水豆菜(みずな)と多江夏(たえか)は偶々屋根の下にいたから無傷である。
 矢は屋根や建物を貫き止まり、脆い屋根は其の力で破壊されていった。又、砦近くに陣を張っていた者達も降り注ぐ矢に次々と殺されていった。
「水豆菜(みずな) !」
 多江夏(たえか)が叫ぶ。
「いけん ! 計られたじゃか。」
 と、水豆菜(みずな)と多江夏(たえか)は慌てて鐘を鳴らす。ガンガン、ガンガンと鐘が鳴る。
 ガンガン、ガンガンと…
 ガンガン、ガンガンと鳴り響く。
 其の音を聞くまでも無く伊都瀬(いとせ)は負傷者を集め襲撃に備える。無数の矢が屋根を破壊していき部屋の中に迄落ちてくる。
 砦の外にいる者達は矢が飛んで来る方向に向かい、浜にいた八重兵は慌てて砦に戻る…。だが、陽(よう)大将軍率いる部隊が其れを許さない。戻ろうとする八重兵を次々に殺して行く。其処に更に秦軍が迫り来る。八重兵の陣形は完全に崩れ、其れを正す筈の大吼比(だいくひ)は既に死んでいる。末国の兵を率いる吼比(くひ)も何とか立て直そうとするが、其処に麃煎(ひょうせん)と楊端和(ようたんわ)の部隊が畳み掛けて来た。
 此れは最大のピンチである。砦が襲撃されている中で浜に増援を出す事も出来ず、総崩れとなった八重兵は虐殺されていった。つまり、陽(よう)がたてた此の奇襲作戦は成功したのだ。此の攻撃により予想以上に善戦していた八重軍は一気にガタガタとなり倭軍の侵入を許す事となる。
 だが、八重兵は強かった。
 其の強さは思いである。
 何より娘達は諦めなかった。
 其の強靭さは願である。
 矢を全て放った倭軍は崖から一気に攻めて来る。崖に向かった八重兵は倭兵に襲いかかるが倭兵は強い。何より浜には倭兵や秦兵の武器が落ちているが、崖には落ちていない。つまり、鈍な武器で戦わなくてはならない。其れでも諦め無いのだ。一人の力では勝てぬとも複数人集まれば其の力を凌ぐ事が出来る。八重兵は勝てぬなら崖から落とせば良いと命を捨てて倭兵もろとも崖に落ちて行ったのだ。三人がかりで…。三人が駄目なら五人で…。八重兵は次々と倭兵を崖に落として行った。
 そして、砦の外にいた八重兵や娘達が砦の中に雪崩れ込んで来る。娘達は倭兵を殺す為に…。八重兵は兎に角若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を砦の外に連れだす為に…。だが、八重兵に一命を救われた若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は其れを良しとはせず倭兵に向かって行こうとする。其処に負傷兵を連れて現れた伊都瀬(いとせ)が嗜め若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を砦の外に連れ出した。
 一方榊(さかき)と津馬姫(つばき)は正門から砦でに入り水豆菜(みずな)達と合流していた。既に砦の中は死体だらけである。城壁の上から鐘が鳴らない事を踏まえ巫沙妓(ふさぎ)は死んだのだと考える。確かめたいが倭兵が攻め込んで来ている以上確かめる余裕はない。其れに榊(さかき)の組は負傷兵だらけである。幸いな事に津馬姫(つばき)の組は無傷だったので津馬姫(つばき)組が此の場を受け持ち榊(さかき)組を一旦離脱させた。そして水豆菜(みずな)は無事だった水豆菜(みずな)組の娘を集め榊(さかき)組の援護につかせる。多江夏(たえか)は砦に入って来た娘達を集め指揮を取った。
 其の頃神楽と吼玖利(くくり)は馬を駆り砦に向かっている。目に映るは八重兵が虐殺されて行く姿である。だが、八重兵は自分達が戻れないと悟り必死に陽(よう)達の侵攻を遅らせていた。此処で陽(よう)達の侵入を許せば更に多くの兵が死んでいくと思ったからである。だから吼比(くひ)は門を閉めろと叫んだ。陽(よう)や秦軍を侵入させない為である。
「神楽…。」
 砦に向かって来る秦兵を見やり吼玖利(くくり)がボソリ。
「無理じゃ…。あの数を相手には出来ぬ。急いで中に入りよる。」
 と、神楽は大急ぎで中に入ると娘達が門を閉めた。そして更に神楽は軽快に馬を走らせる。砦の中を縦横無尽に走り回り外に向かう。戦うにしても先に吼玖利(くくり)を安全な場所に放置する必要があったからだ。だが、あろう事か其れを見た吼玖利(くくり)の愛牛力太(りきた)がモゥゥと鳴いて神楽の乗る馬に突進して来た。

ドン ! 

 と、何とも力強い衝撃が伝わり神楽と吼玖利(くくり)は馬から弾き飛ばされてしまった。神楽と吼玖利(くくり)は建物の壁に叩きつけられた。
「な、なんと…。」
 と、神楽はノッソリと立ち上がり吼玖利(くくり)を見やる。と、力太が吼玖利(くくり)に近づいて行き、吼玖利(くくり)の傷をペロペロと舐め始めた。力太は大好きな吼玖利(くくり)を馬に奪われたのだと勘違いしたのだ。
「力太…。」
 と、吼玖利(くくり)は力太の頭を撫でてやる。神楽は力一杯力太の頭を叩いた。
「殺す気じゃかボケ !」
 と、神楽が言うと力太はモゥゥと鳴いて抗議した。
「まぁ、良い。其方は吼玖利(くくり)を乗せて外じゃ。」
 と、神楽は吼玖利(くくり)を力太に乗せた。
「我は神楽の舞が見たいぞ…。」
 吼玖利(くくり)が言った。
「我は猪じゃ…。」
「フフフ…。神楽は舞の名手じゃかよ。」
「かのぅ…。」
 と、神楽は暴れまくる倭兵を見やり戦いを再開した。然れど神楽の体力は無尽蔵では無い。既に神楽はクタクタである。其れに伴い動きも、力も体から発する気も減少傾向である。
 正直、此れ以上倭族の技で戦うのは無理である。
 矢張り、吼玖利(くくり)の言う様に…。
 だから神楽は右腕を前に…。
 右足を前に…。
 体の力をスッと抜いて踵(かかと)を上げた。
「見ておると良い。我は千人殺す…。」
 静かな…。とても静かな目で神楽は倭兵を見やる。
 そして…。
 神楽は何とも見事な舞を舞ったのである。其の動きは柔らかく、しなやかに動き、時には高く天を舞、空を駆けた。飛び散る血は花弁となり神楽の舞を彩る飾りとなる。
 恐らく倭兵の目には戦っている様には見えなかったであろう。其の舞にただ見惚れ気がついたら死んでいるのだ。
 神楽は体の全てを使い槍を振り回す。爪先を軸に動く動作は艶やかに。だが、攻撃は激しく強い。袖がヒラヒラと羽ばたき其れは正しく坂耳帆梁蛾…。否、天女でる。神楽は何とも美しい動きで倭兵を虐殺し始めた。
「あ…。神楽が舞っておるじゃかよ…。」
 鐘を鳴らし乍多江夏(たえか)が言った。
「ほんまじゃか…。なんじゃあの舞は…。」
「見事じゃか…。」
 其の舞は娘達が見ても一級品であった。岐頭術(きとうじゅつ)は舞に始まり舞に終わる。達人であればある程其の舞は鮮麗されて行くのである。 
 大きく足を広げて腰を落とし足を引っ掛ける。其処から腰を上げながらの後ろ回し蹴りが入る。回した足を振り子に逆の足で蹴りを入れ、槍を薙払い、振り回して薙払い、高く飛んで蹴りを入れ、倭兵を台に更に飛び槍を振り回す…。倭兵の攻撃を受け流し首を刎ね…。其の動きは止まる事なく神楽は十五人を討ち取った。
「見事じゃ…。」
 と、吼玖利(くくり)は大満足である。吼玖利(くくり)はずっと神楽の舞を見ていたかった。だが、戦場でボケボケしているのは唯の阿保である。だから、力太は早々に吼玖利(くくり)を安全な場所に迄運んで行った。
 そして、神楽の動きも徐々に鈍って行く。受け流しも散漫になり、力も入らない。体もふらつきお腹が空いた。だから神楽は動きを止めた。だが、そんな神楽を見やり汎紋亥(はんもんい)は怒りを露わにしている。娘一人に次々と倭兵が殺されているからだ。
「なんだあの娘は…。」
 と、汎紋亥(はんもんい)が睨め付ける。
 そして…。
 汎紋亥(はんもんい)は神楽の持っている大きな槍を見やり怒りが頂点に達した。
「あの娘か !」
 と、汎紋亥(はんもんい)は神楽に襲い掛かる。神楽は汎紋亥(はんもんい)の攻撃を受け流そうとするが上手く受け流せなかった。然れど汎紋亥(はんもんい)は攻撃の手を緩める事はない。神楽は受け流す事もままならず汎紋亥(はんもんい)の攻撃を大きな槍で防ぐ事で一杯一杯である。
「いけん…。無理じゃ。」
 と、神楽は汎紋亥(はんもんい)を蹴り飛ばすと馬に乗りソソクサと逃げて行く。外からは続々と八重兵と娘達が倭兵を討ち取りに向かって来る。汎紋亥(はんもんい)は其の波に飲み込まれ神楽を追いかける事が出来なかった。
 襲い来る八重兵と娘達は恐れを知らず。強き倭兵に向かって行く。汎紋亥(はんもんい)と宗躰儒(そうたいじゅ)も無限に襲い来る大軍の前には太刀打ち出来なくなってくる。其処に門をこじ開けようと陽(よう)は多くの倭兵と共に門に体当たりを繰り返していた。
 ドン !
 ドン !
 と、その度に門がキシム。
「いけん ! 門が破られよる。」
 と、多江夏(たえか)は鐘を鳴らし門を押さえさせる。だが、倭兵の力は強く。体当たりされる度に体が門から弾かれる。其処に崖の上に集まった弓兵が浜の倭兵と秦兵に矢を射り始めた。命懸けで崖の倭兵を駆逐したお陰である。弓兵は其処から更に城壁の上に移動し門に集まる倭兵を射り殺す。そして更に砦内の倭兵も討ち取り始めた。
 砦から崖を見やれば夥しい数の弓兵が倭兵を狙っている。八重の弓兵は此の雑多した中でも平気で矢を射ってくる。それだけ自信があるのだ。否、味方に当たっても其れは時の運だと思っているのかもしれない。兎に角空からは矢が飛来し、地上からは不屈の英雄達が襲い来る。
 殺しても
 殺しても
 殺しても其れはキリが無かった。徐々に体力は奪われて行き。砦内の倭兵は一人又一人と殺されて行く。退却させ様にも門は閉まっている。だから、必死に陽(よう)は門を開けようとする。だが、門の外の倭兵も矢の餌食となって行く…。陽(よう)は盾を構えさせ何とか其れを防ぐ。
 だが…。
 なんなんだ…。
 何がどうなってこうなった ? 
 何を間違えた ?
 陽(よう)は自分に問いかける。

 何故彼等は向かって来る ?

 圧倒的な力の前に何故屈せぬ…。
 何故我等が…。

 陽(よう)は力の限り門にぶつかる。
 だが…。
 やがて中から大きな声が響き渡った。
 其れは歓声である。
 そして皆が土を突いた。矛の石突で、足で…。八重兵と娘達がドンドンと土を突く。
「な、なんだ…。」
 と、陽(よう)は体当たりを止めた。其れと同時に矢が飛んで来なくなった。
「其方らが将の首じゃ。」
 と、城壁の上から津馬姫(つばき)が汎紋亥(はんもんい)の首を投げつけた。
「卑怯者の首じゃかよ。」
 同じく多江夏(たえか)が宗躰儒(そうたいじゅ)の首を投げつけた。
 其れを見やり陽(よう)は完全な敗北である事を認めた。否、認めるしかなかった。陽(よう)はグッと歯を食いしばり皆を撤退させた。
 気がつば一万五千の兵は僅か五千に迄減っていた。簡単に上陸出来ると考えていた。だが、結果は砦を攻略する所か有力な三人の将軍を失う事となったのだ。陽(よう)達は船に戻ると一旦船を沖に出した。
 陽(よう)はガックリ肩を落とし残念無念である。が、この時八重国と卑国の戦死者は合計で二万四千人である。つまり三分の一以上の兵を失った事になる。そして倭族の増援は八重国に向かってエッチラホッホ。要するに…。此の戦が続けば八重国は必然的に滅亡すると言う事である。
 一瞬の勝利に酔いしれて…。気がつけば、日が沈み始める茜色。神楽と吼玖利(くくり)は抱き合って楽しい夢見てナンジャラホイ…。

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