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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走10

 気長足姫(おきながたらしひめ)は葉流絵と樹沙桂が起きる迄待ってやりたかったがそう言う訳にも行かなかった。都が陥落しようが海戦組の兵は未だ健在なのだ。さっさと此処を出て合図を送らねば海戦組が都に攻めいる可能性があった。だから、気長足姫(おきながたらしひめ)は葉流絵達を起こし道案内を頼んだ。
 葉流絵を三池国の神がおぶり、樹沙桂を娘がおぶった。朦朧とする意識の中で葉流絵は懸命に道案内をした。進めば進む程道は入り組み複雑に分岐している。其の中を進むには矢張り葉流絵達の案内が絶対であった。葉流絵達も其れを知っていたので必死に意識を保たせた。
 葉流絵と樹沙桂は其の道中で大神が討ち取られた事、亜樹緒や他の娘達が戦死した事を聞かされた。二人はただただ涙を流し死んで行った家族を悲しんだ。
 其れから暫く進みうっすらと明かりが見え始めると、皆は抜け出せたのだと肩の力を抜いた。が、外に熊がいたので死んだ振りをするかどうか迷った。
「心配無いじゃかよ…。溜五郎は仲間じゃ。」
 そう言いながら葉流絵は三池国の神の背中から降りると溜五郎にしがみつき泣いた。樹沙桂も娘の背中から降りると同じ様に溜五郎にしがみつき泣き始めた。
「すまぬ溜五郎…。我等は間に合わなんだ。」
「大神が討ち取られてしまいよったじゃかよ。」
 と、二人は自分達を責める様に泣いた。溜五郎はガウガウと言いながら二人を抱きしめてやる。其の何とも言えぬ光景を前に気長足姫(おきながたらしひめ)は溜五郎に近づいて問うた。
「我が触っても食ったりしよらんじゃか ?」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が言った。溜五郎はガウガウと言いながら気長足姫(おきながたらしひめ)を見やる。
「そうか…。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は溜五郎の前に跪き溜五郎の頭を優しく抱きしめた。
「有難うじゃぁ…。其方のお陰で我等は助かりよった。じゃが、我等はまだ負けておらぬ。我等の戦いは始まったばかりじゃ。」
 そう言うと気長足姫(おきながたらしひめ)は立ち上がり皆を見やる。
「さぁ、進もうぞ。」
 と、言った。溜五郎は葉流絵と樹沙桂を背中に乗せると皆を見やり歩き始める。気長足姫(おきながたらしひめ)は葉流絵達に何処に向かうのかを問う。
「秘密の集落じゃ…。」
 葉流絵が答えた。
「秘密の集落 ?」
「山の上にありよるんじゃ…。」
「はて…。そんな場所ありよったか ?」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は首を傾げる。
「我等が作りよったんじゃ。其処には食糧もありよる…。海戦組も其処に呼ぶと良い。」
 と、言って葉流絵は喋らなくなった。樹沙桂も同じく気を失った。
 次に二人が目覚めたのは竪穴式住居の中であった。葉流絵と樹沙桂は痛む体を無理矢理動かし外に出ると既に日は沈み真っ暗な闇であった。
「夜になっておる…。」
 葉流絵が言った。
「じゃな…。」
 と、樹沙桂はフラフラと寝床に戻った。葉流絵はボーっと夜空を見やる。
「葉流絵…。気がつきよったんか。」
 と、其処に気長足姫(おきながたらしひめ)と、桶を咥えた溜五郎がやって来た。気長足姫(おきながたらしひめ)と溜五郎は川に水を汲みに行っていたのだ。
「目を覚ましよらんから心配したじゃかよ。」
「我等はズッと気を失っておったじゃか ?」
「じゃよ…。まだ寝ておらねばいけん。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は葉流絵を寝床に戻す。
「海戦組は ?」
「娘が迎えに行きよった。」
「じゃかぁ…。」
 と、葉流絵は横になると又気を失った。  
 次の日、日が昇ると同時に葉流絵と樹沙桂は目を覚ました。体のあちこちが痛い。体がパンパンに腫れ上がり体を動かすのも難儀である。
「起きよったじゃか…。」
 眠い目を擦り気長足姫(おきながたらしひめ)が目を覚ました。
「起きた…。」
 と、葉流絵は痛む体を無理矢理動かした。
「まだ無理じゃ。」
「無理でも我等は行かねばいけん。」
「行く ? 何処にじゃ ?」
「伊都瀬(いとせ)の下に…。伝えねば。」
「な、何を言うておる。其の体では無理じゃかよ。伝令は他の娘に頼べば良い。」
「駄目じゃ…。守りは一人でも多い方が良い。其れに我等がおっては足で纏いじゃ。」
「馬鹿を言うで無い。」
「否…。葉流絵の言う通りじゃ。我等には我等の役目がありよる。」
 と、樹沙桂も痛む体を無理矢理動かし起きた。
「樹沙桂迄…。」
「王太子を頼みよる。」
「情けない男子じゃが、大神の後を継ぐ男じゃ。」
 と、其の母親を前に葉流絵が言った。
「じゃが…。どうやって行くつもりじゃ ?」
「溜五郎がおる…。」
 と、二人はフラフラと外に出て行った。
「溜五郎…。今一度頼みよる。」
 外でゴロゴロしていた溜五郎に葉流絵が言った。ガウガウと溜五郎が答えると二人は溜五郎の背中に乗った。
「真に行きよるんか。」
「行きよる…。」
「分かりよった。気をつけて行くんじゃぞ。」
「応じゃ…。」
 と、葉流絵が言うと溜五郎はドタドタと歩いて行った。途中何度か溜五郎は気長足姫(おきながたらしひめ)を振り向き見やった。その度に気長足姫(おきながたらしひめ)は手を振ってやった。

 そして…。

 二人は伊都瀬(いとせ)の前で泣いていた。
 伊都瀬(いとせ)は二人の話を聞き歯を食いしばった。
「話は分かりよった。其方らはゆっくりと傷を癒されよ。」
 と、伊都瀬(いとせ)は二人を寝床に連れて行くと娘達に看病する様に伝えた。其の後伊都瀬(いとせ)は皆を集め朝廷を開いた。
 朝廷の席でどの様な話し合いが行われるのかは分からないが、其れは葉流絵達には関係のない事であった。葉流絵達の役目は此処までである。
「樹沙桂…。生きておるかじゃか ?」
「死んでおる。」
「我もじゃ…。」
「此の戦…。どうなるんかのぅ。」
「勝つに決まっておる。」
「じゃな…。」
 そう言って二人は息をひきとった。
 其の直後溜五郎は大きな声で泣いた。ガウガウと泣いて泣いて山に戻って行った。
「熊じゃ…。熊が吠えておる。」
 溜五郎の声を聞き神楽は山の方を見やった。
「我を食べよるか…。我が食べよるか…。」
 と、ブツブツ言っている所に神楽無敵部隊の娘が血相を変えてやって来た。
「神楽 ! 大変じゃ !」
 朝稽古をしている神楽を見つけ娘が言った。
「八千代。どうしたんじゃ ?」
「大神が討死にしてしまいよった。」
「大神が…。」
 と、神楽は安岐国の方を見やる。が、神楽は方向音痴だったので見やったのは出雲の方であった。
「神楽…。安岐国はあっちじゃ。」
 と、八千代が指差し言った。
「し、知っておる。」
 と、指された方を見やり神楽は悲しい表情を浮かべた。
「大神が討ち取られてしまいよったじゃか…。」
「じゃよ…。別子(べつこ)の娘が伝えに来てくれよった。」
 と、八千代は縁側に腰を下ろした。
「困りよったのぅ…。」
 と、神楽は八千代の横に腰を下ろす。
「伊都瀬(いとせ)らが朝廷を開いておるじゃかよ。」
「我等は撤退じゃか…。」
 と、神楽はボソリと言った。八千代は何も言わず花水を飲んだ。
「其れは我のじゃ…。」
 八千代を見やり神楽が言った。
「ケチケチするでない。」
 と、八千代は花水を飲み干した。神楽はブスッと口を膨らまし乍ら花水を入れに行く。其処に水豆菜(みずな)がやって来た。
「水豆菜(みずな)…。」
「八千代も来ておったんか ?」
「じゃよ…。」
「神楽はおるじゃか。」
「花水を入れに行っておる。」
「じゃかぁ…。」
 と、水豆菜(みずな)は縁側に腰を下ろした。
 暫くして神楽が戻って来た。神楽は湯呑みを二つ持っていた。自分の分と八千代の分である。
「水豆菜(みずな)…。朝廷は終わりよったんか。」
 水豆菜(みずな)を見やり神楽が言った。
「さっき終わりよった。」
「じゃかぁ…。」
 と、神楽は水豆菜(みずな)の横に腰を下ろし湯呑みを水豆菜(みずな)に渡した。神楽が水豆菜(みずな)に湯呑みを渡したのは直ぐ横にいたのが水豆菜(みずな)だったからである。
「其れでなんじゃが…。我等は撤退する事に決まりよった。」
 少し言いにくそうに水豆菜(みずな)が言った。
「じゃな…。」
 と、神楽が素直に言ったので水豆菜(みずな)はホッと肩を撫で下ろした。神楽は伊都瀬(いとせ)同様強く反対すると思っていたからだ。
「じゃが、伊都瀬(いとせ)が撤退を決めよるとはのぅ…。」
 八千代が言う。
「フフフ…。伊都瀬(いとせ)はやる気マンマンじゃったじゃかよ。」
 水豆菜(みずな)が言った。
「やっぱりじゃか。」
「じゃよ…。大変じゃったんじゃ。」
 と、水豆菜(みずな)が言うと八千代はクスリと笑った。
「其れでじゃ…。我等は氷津留(ひづる)の部隊と合流する事になりよった。」
「氷津留(ひづる) ?」
 と、神楽は首を傾げた。神楽は氷津留(ひづる)の事を良く知らないのだ。
「王后じゃ。」
 八千代が言う。
「おー。王后じゃか。」
「じゃよ…。元々は三子の娘じゃったんじゃ。」
「なんと…。そうなんか。」
 と、神楽は興味津々であったが話が逸れるので水豆菜(みずな)は話を無理矢理戻した。
「良いか…。我等は氷津留(ひづる)に撤退を伝え皆を出雲に向かわせねばならん。」
「氷津留(ひづる)に…。其れは面倒じゃな…。」
 八千代が言う。
「じゃよ…。伊都瀬(いとせ)以上に頑固じゃ。素直に受け入れてくれよったらええんじゃが…。」
 と、水豆菜(みずな)は溜息一つ。 
「此れは骨が折れよる。」
 八千代が言う。
「じゃよ…。じゃが何としても説得せねば我等は全滅じゃ。」
「分かりよった…。其れで王后は何処におるんじゃ ?」
 神楽が問う。
「秘密の集落と言うておった。」
「秘密の…。」
 と、神楽は此の秘密の…と言う言葉に少し興奮した。
「地図は描いてくれよったんじゃが今一分かりよらん。」
 と、水豆菜(みずな)は困った表情を浮かべた。
「一緒に行けば良いではないか…。」
 と、八千代が言うと水豆菜(みずな)は目を閉じて顔を横に振った。
「二人はもぅおらぬ。」
「おらぬ ?」
 八千代が問う。
「息を引き取っておった。」
「なんと…。」
「崖から滑落したと言うておったからのぅ。其れに体も腫れ上がっておった。恐らく最後の力を振り絞って此処まで来よったんじゃ。」
「何とも天晴れじゃ…。其れでこそ三子の娘…。必ずじゃ。必ず我が仇を討ってやりよる。」
 と、神楽は拳を握りしめた。
「じゃよ…。我等は勝つ為に撤退するんじゃ。まだ負けておらぬ。」
「じゃよ…。」
「出発は明日の朝じゃ。」
「分かりよった。」
 と、神楽が言うと水豆菜(みずな)は腰を上げテクテクと歩いて行った。
 そして翌日、日の出と共に一行は一支国の都を出発した。
 水豆菜(みずな)は最後の力で葉流絵が描いた地図を見やり進む。が、其の地図は何とも簡素で分かりにくかった。何せ丸都から少し離れた場所に丸がしてあり、此処…。と、書いてあるだけなのだ。正直分かるわけがなかった。其れでも近く迄行けば何とかなるだろうと水豆菜(みずな)は竹簡をしまいズンドコと進んだ。
 其れから少し進み行進を止めた。大きな熊が道の真ん中に立っていたのだ。皆は驚き武器を構えた。熊はガウガウと言いながら首をクイクイと動かす。
「水豆菜(みずな)…。此れは危険じゃ。」
 と、神楽は矛を構え熊を威嚇する。だが、熊は恐る事なくガウガウと言って首をクイクイと動かす。助菜山(ジョナサン)は既に怯えウンチを漏らしてしまっている。
「じょ…。助菜山(ジョナサン)。倭人をも恐れぬ其方が熊にビビリよるとは…。」
 と、神楽は助菜山(ジョナサン)を撫でてやる。
 熊はガウガウと言いながら尚も首を動かす。
「助菜山(ジョナサン)。心配せんで良い。我が倒して来てやりよる。」
 と、神楽が助菜山(ジョナサン)から降りようとするのを水豆菜(みずな)が止めた。
「何か様子が変じゃ。」
 と、水豆菜(みずな)は愛牛から降りるとテクテクと熊に近寄って行った。
「水豆菜(みずな)…。何をする気じゃ。食べられてしまいよるぞ。」
 と、神楽が言うが水豆菜(みずな)はテクテクと熊に近づいて行く。そして、ジッと熊を見やり問う。
「其方が溜五郎じゃか ?」
 熊はガウガウと頷いた。
「立派な男と聞いておる。我等を案内してくれよるんか ?」
 溜五郎はガウガウと言って歩き始めた。

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