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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走2

「葉流絵(はるえ)…。倭人は何をしておるんじゃ ?」
「さぁ…。分かりよらん。」
「じゃかぁ…。葉流絵にも分かりよらんじゃか…。」
「謎が謎を呼んでおるじゃかよ。」
「じゃよ…。」
 と、葉流絵と千亜喜(ちあき)は炭をせっせと何処かに運んで行く倭兵を不思議な目で見ていた。二人は秦国の民に紛れ秦国の民を亡命させる為に間者として潜入していた。勿論間者として潜入しているのは二人だけでは無い。既に数十人の別子(べつこ)の三子が潜入している。だから、倭兵の行動に不信感を抱いているのはこの二人だけでは無かった。
「誰かに聞いてみよるか。」
「じゃな…。誰か知っておるかもじゃ。」
 と、二人は土を耕すのをやめてテクテクと歩き一人、又一人と話を聞きに行くが”分かりよらん。”と言われ”誰か知っておるかもじゃ。”と二人が三人に増え結局数十人の娘が集まりあーだこーだと話が膨らんでいった。最終的にはまったく関係の無い話に変わりケラケラと談笑しているしまつ。其れを倭兵がチラリと見やり娘達を睨め付ける。が、娘達は其れには気づいていない。何を夢中に話しているのか娘達はケラケラと笑い合っている。
「おい。手を休めるな。皆んな必死にやっているんだぞ。」
 見かねた倭兵が苦言を言いに来た。
「我等も必死にやっておる。」
 と、千秋が言い返す。
「喋っていたじゃないか。ー別に喋っても良いが手を休めるな。良いか…。我等には食べる物が限られているんだ。少しでも田畑を増やして食糧を…。」
 と、倭兵が嗜めていると突然大筒が鳴り響いた。
「又奇襲か…。」
 そう言って倭兵は慌てて走って行った。
「まったく…。倭人も諦めんのぅ…。」
 走り去って行く倭兵を見やり李梨花(りりか)が言った。
「じゃよ…。諦めて帰ればええんじゃ。」
 葉流絵が言う。
「しかし、伊都瀬(いとせ)も攻めよるのぅ…。今日は此れで何回目じゃか ?」
「三回じゃ。」
「三回じゃか…。このまま帰ってくれよるんが一番なんじゃがのぅ。」
 と、千秋は倭兵が走って行った方向をジッと見やった。

 倭兵が末国と不国を奪ってニ週間。此の間に八重国は幾度となく奇襲を繰り返した。奪われた国を取り戻すのが目的では無く倭兵を疲弊させるのが目的である此の奇襲は倭族にとってとても厄介なものであった。
 八重兵は攻めて来るが倭兵が立ち向かって行くとサッと逃げて行く。だからと此方が引けば又攻めて来る。そんな事を暫し繰り返して八重軍は何事も無かったように去って行くのだ。だから八重軍が本気で攻める気が無いのは明白である。だからと言って何もしなければとことん攻め込んで来る。勿論此方から攻めて行くと言う手もあるが、其れをするには兵士が余りにも疲れ過ぎている。其れに泓穎(おうえい)自身も攻めるより炭を集める事を優先していた。
 多くの兵士は其の理由を知らない。知っているのは大将軍である陽(よう)と将軍だけである。秦の将軍を信用していない泓穎(おうえい)は秦国の大将軍である項雲(こううん)と将軍達には伝えていなかった。
 出雲に間者を出してニ週間…。迂駕耶(うがや)を調査しに行った間者よりも先に調査部隊は泓穎(おうえい)の下に帰って来た。
 泓穎(おうえい)は陽(よう)と将軍を集め調査部隊の報告を聞いた。其の内容は概ね泓穎(おうえい)が思っていた通りの内容だった。八重国は民と食糧を既に出雲に移動させていたのだ。しかも更なる田畑の開拓に励み、女は日夜子作りに勤しんでいるとの事だった。
「八重は余裕だな…。此の状況でエロ三昧か。」
 将軍関隆元(せきりゅうげん)が言った。
「馬鹿を言うな。国力を低下させぬ為だ。」
 陽(よう)が言う。
「あ〜。成る程。つまり、八重は最後までやり合うつもりな訳だ。」
「まぁ…。我等が諦めて帰る事を願っておるのだろうがのぅ…。」
 と、泓穎(おうえい)はクスクスと笑いながら倭兵と秦兵を集める様に言った。
「さて、反撃開始か…。」
 将軍家尊朔(かそんさく)はそう言って兵を集めに行った。
「フフフ…。又三佳貞(みかさ)に会えるかのぅ…。」
 と、泓穎(おうえい)はクスクスと笑う。泓穎(おうえい)は此の策を考えたのは三佳貞(みかさ)だと勝手に思い込んでいるのだ。
「そうだな…。三佳貞(みかさ)が此の策の考案者なら会えるかもな。」
 と、陽(よう)が答える。だが残念な事に三佳貞は出産の為国に帰っていた。だから策の考案者は三佳貞だが会える事は無かった。
 さて、其れから数刻。倭兵と秦兵が泓穎(おうえい)の下に集められた。別子(べつこ)の娘達は何が始まるのかとコッソリと聞き耳を立てる。
「何をしている ?」
 コッソリ聞き耳を立てている娘に秦兵が言った。
「呼ばれたから集まったんじゃ。」
 娘が言った。別子(べつこ)の娘達はコッソリと聞き耳を立てているつもりが、其の実は集まった兵士達の中に堂々と混ざっていたのだ。
「いや、お前は兵士では無いであろう ?」
「我も戦うんじゃ。」
「正気か ?」
「皆さん疲れておるからのぅ…。我も微力ながら力になりよる。」
「そ、そうか…。」
「ほれ、無駄口を閉じよ。帥升が何やら話よる。」
 と、娘は静かに言葉に耳を傾けた。
「皆よ…。知っての通り此の地には何も無い。多くの犠牲を払い得た地は炭である。既に兵站は限界に達し我等は真面に戦う事すら困難である。此れ以上其方らに辛気思いをさせるは正にあらず。故、我等は船に乗り今一度海に出よう。」
 と、泓穎(おうえい)が言うと娘達はやっと諦めてくれたのかと思った。そう思うとニヤニヤと自然に笑みが溢れ出して来る。

 我等は勝った…。

 娘達は素直にそう思ったのだ。

「そして、今一度其の剣を、其方らの魂を我に預けては貰えぬか。」
 と、泓穎(おうえい)が続けて言うと娘達の顔からスーッと笑みが消えた。

 ドクン…。

 胸の鼓動が高鳴った。

 ドクン…。
 ドクンと其れは更に激しく高鳴って行く。
 嫌な事が始まりそうな気がした。
 此処に三佳貞がいれば…。
 だが三佳貞はいない。
 大いなる不安。そして嫌な予感が娘達の胸を締め付ける。

「我等が攻めるは迂駕耶(うがや)にあらず出雲である。既に八重は其の全てを出雲に移動させ。更なる戦の準備にとり掛かっている。勿論食う物も豊富にある…。」
 と、泓穎(おうえい)が言い終わると倭兵が高らかに声を上げた。
「不味い…。バレてしまいよった。」
「此れはいけん状況じゃかよ…。」
 と、娘達はソソクサとその場から抜け出し伊都瀬(いとせ)と若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の下に走って行った。そんな娘達を泓穎(おうえい)はジッと見やっている。勿論泓穎(おうえい)には…。否、泓穎(おうえい)だけでは無い。娘達が別子(べつこ)の三子である事は皆が知っていた。知って尚咎めなかったのだ。だから、娘達が走って此の場を去って行こうとも泓穎(おうえい)は捕らえる事はしなかった。
 そもそもの話…。娘達は気づいていないのかも知れないが、秦国の娘と卑国の娘とには大きな違いがあったのだ。

 其の違い…。

 其れは卑国の娘は太っていたのだ。まぁ、太っていると言っても其れは秦国の娘と比べての話である。そもそも食べるものが無く。あっても食糧は優先的に兵士に与えられていた状況で女子に与えられる食べ物と言うのは限られていた。そうなると必然的に栄養失調に成る程痩せこけて行くのは当然である。其の中にちゃんとご飯を食べ、ブクブク太っている娘がいれば浮いて見えるのは当たり前の話なのだ。
「フフフ…。慌てて出て行きよった。」
 走り去って行く娘達を見やり泓穎(おうえい)が言う。
「追いかけるか ?」
 陽(よう)が問う。
「そうだな…。振りは必要だ。」
「分かった…。」
 と、陽(よう)は”今走って行った娘は三子の娘だ ! 一人残らず捕らえよ。”と大きな声で言った。其れを聞くや娘達は大慌てで近くにいた馬を奪い一目散に駆けて行く。
「葉流絵…。我等は大神のとこに行きよる。」
「了解じゃ…。我等は伊都瀬(いとせ)のとこに…。千秋は三佳貞に報告宜しくじゃ。」
「分かりよった…。」
 と、娘達は三つに分かれ各々の場所に向かって馬を走らせる。其れを倭兵が必死な振りで追いかけて来る。だが、本気で追いかけて来ない倭兵を撒くのは容易い事である。しかも娘達は迂駕耶(うがや)の土地を知り尽くしている。

 だから…

 其れが振りだとは気づかなかった。
 迂駕耶(うがや)の事なら自分達の方が知っている。其処から来る驕りだろうか、其れとも策がバレた焦りだろうか ? 倭兵を簡単に撒けた事を不審に思う者はいなかった。
 娘達は二日かけ伊都瀬(いとせ)と若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の元に辿り着くと慌ててその事を告げた。伊都瀬(いとせ)は三度首を傾げ月三子そして七国…。つまり、津国、奴国、巴国、一岐国、都国、伊国、出国の神(みかみ)と吼比(くひ)を呼び寄せた。
 月三子のメンバーは二年に及ぶ戦で顔ぶれが随分と変わっていた。当初のメンバーは既に水豆菜(みずな)と榊(さかき)だけであった。新しく月三子に昇格した娘は以下である。
 吼玖利(くくり)
 李梨花(りりか)
 葉月(はづき)
 奈津紀(なつき)
 亥舞瑠(いまる)
 である。
 此の二十人が伊都瀬(いとせ)の元に集まると伊都瀬(いとせ)はどうしたものかを問うた。伊都瀬(いとせ)は此れが罠では無いかと疑っていたのである。だが、基本的にイケイケドンドンな正子(せいこ)の三子から妙案が出て来るはずも無く…。神や吼比(くひ)からも此れと言った案が出て来る事もなく話は無駄にダラダラと続いた。
「ふぅ…。話が纏まらぬのぅ。」
 と、伊都瀬(いとせ)は溜息一つ。水豆菜(みずな)も困った顔で皆を見やる。
「何にしてもじゃ。罠であっても知らぬ顔は出来ぬじゃかよ。」
 水豆菜(みずな)が言う。
「じゃな…。なら、兵を分けよるか ?」
「じゃが、罠じゃったら…。」
「かも知れよらん。じゃが、今出雲に上陸されよったら全て奪われてしまいよるじゃかよ。」
 奈津紀が言った。奈津紀が言う全て奪われると言うのは食糧の事である。
「確かにじゃ…。食糧を奪われよったら戦が長引いてしまいよる。」
「矢張り海戦じゃか…。」
「じゃったら我が行きよる。」
 亥舞瑠が言った。
「じゃな…。亥舞瑠の組は海戦が得意じゃ。」
「じゃが、倭兵が総動員で来よったら亥舞瑠の組だけでは兵が少な過ぎじゃ。」
 吼玖利(くくり)が言う。
「じゃな…。なら我の組が此処に残りよる。」
 水豆菜(みずな)が言った。
「後は皆海戦に回ると言うことか ?」
 巴国の吼比(くひ)が言う。
「其れでは此処が手薄になってしまうぞ。」
 氷室山宇治が言った。
「確かに…。」
「なら、我の組も此処に残りよる。我の組は海戦が苦手じゃ。」
 と、吼玖利(くくり)が言うと水豆菜(みずな)はチロリと吼玖利(くくり)を見やり”其方は神楽の側にいたいだけであろう。”と言った。
「そ…そんな事は…。あるかもじゃ。」
 顔を真っ赤に染め上げ吼玖利(くくり)が言う。
「まぁ、其れは良い。何にしてもじゃ。此処に残りよるんが二組では心許ない。津国、伊国、都国の兵も残す事にしよる。」
 伊都瀬(いとせ)が言った。
「伊都瀬(いとせ)殿…。其れは残し過ぎでは無いか ?」
「そうだ…。いくらなんでも三国の兵もと言うのは残し過ぎだ。仮に倭族が出雲を目指していれば対処が出来なくなるぞ。」
「確かに倭人の強さは脅威じゃ…。仮に全軍を…。否、その半分の兵力を出雲に向けただけでも我等に勝ち目はありよらん。」
「なら、何故三国の兵を残す ?」
「其れで十分じゃからじゃ。良いか…。如何に倭人の強さが桁外れであろうと食う物も無く彼等は既に餓死寸前じゃ。その様な状態で出雲を目指す等本来なら考えられん事じゃ。此処は一旦本国に戻るか高天原迄後退するが良策。」
「確かに…。」
「仮に倭人が全兵力を持って攻めて来よっても餓死寸前の倭人等恐るに足らず。何より此れを罠と考え迂駕耶(うがや)に兵力を残すが最善の策であろう。」
 と、伊都瀬(いとせ)が言うと皆は其れに賛成した。
 此れにて長い朝廷は終了したのだが既に日が沈みかけていたので行動は明日の日の出と共にと言う事になった。此の決定を若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)に伝えに行く別子(べつこ)の娘も日の出と共に出発する事となった。

 さて、新たな局面を迎えようとしている迂駕耶(うがや)とは打って変わって出雲は平和である。勿論平和だからと言って呑気にしている訳では無い。田畑を開拓し子作りに励んでいる。其の全ては国力を低下させない為である。三佳貞(みかさ)が子を産んだのも又国力を低下させない為なのだが既に三佳貞は勝った気でいた。理由は矢張り兵站の差である。
 三佳貞(みかさ)は産まれたばかりのやや子に乳をやりながら安高の茶屋で団子をパクリ。茶をズズっと飲みやや子を見やる。
「長閑じゃ…。」
 無事出産を終えた三佳貞は大きな戦を終えた安堵感に包まれている。
「まったくじゃ。此のまま戦が終わるとええんじゃがのぅ。」
 忙しい合間をぬって安高が話しかけて来た。
「心配せんでももう時期終わりよるじゃかよ。」
「じゃったらええんじゃがのぅ…。」
「食べ物の差は大きいんじゃ。」
 と、三佳貞(みかさ)と安高が話している所に千秋と美涼がやって来た。
「おー、千秋と美涼ではないか。」
「三佳貞…。大変じゃぁ。」
 千秋が言った。
「どうしたんじゃ ?」
「策がバレてしまいよったじゃかよ。」
 美涼が言う。
「策 ?」
 と、三佳貞が首を傾げるので千秋と美涼は蘭泓穎(らんおうえい)が話していた内容を三佳貞に伝えた。すると三佳貞はクスクスと笑いやがてゲラゲラと笑い始めた。
「な、何がおかしいんじゃ ? 此れは一大事じゃか。」
「い、一大事…クスクス…。まったく…。何を言うかと思えばじゃ。」
「い、一大事じゃか。」
「まったく…。泓穎(おうえい)の言葉に踊らされるでないぞ。良いか今の倭人に出雲を攻める力などあるはずがないであろう。大体じゃ。倭兵の追撃から難なく逃げ切れた事も変な話じゃかよ。」
「そ、其れは我等が地理に詳しいからじゃかよ。」
「倭兵はそんなに甘うないじゃかよ。此れは泓穎(おうえい)の苦肉の策じゃ。此方の兵力を分断させてドカーンと攻め込んで来るつもりじゃ。」
「何処にじゃ ?」
「安岐国と伊国にじゃ…。」
「成る程じゃ…。」
「流石三佳貞じゃか。」
「此れは逆に言いよったら倭人は非常に追い詰められておると言う事じゃ。つまり、絶好の好気。今末国と不国に攻め入れば我等の勝ちは確実な物となりよる。」
「おー。成る程じゃ。」
 と、千秋と美涼は顔を見合わせ三佳貞を見やる。
「そうなっておらんのじゃな…。」
「分かりよらん。大神と伊都瀬(いとせ)がどうしよるかじゃ。」
「確かに…。で、此れはいつの話じゃ ?」
「三日前じゃ。」
「三日前…。と、言う事は既に戦が始まっておるかもじゃな。」
「じゃよ…。」
「此れは、最悪の状況を踏まえねばいけんじゃか…。」
 と、三佳貞は腰を上げるとやや子を安高に渡した。
「迂駕耶(うがや)に行きよるんか ?」
「じゃよ。此の戦…。少し長引くかもじゃ。」
「都馬狸(とばり)に伝える事はありよるか ?」
「作戦鶴亀発動なるかもじゃ。」
 と、言うと三佳貞は千秋と美涼を連れて浜辺に向かって行った。

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