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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走7

「大神…。」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が呼んだ。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)はビクッと体を震わせ気長足姫(おきながたらしひめ)を見やった。
「王后。王太子は如何した ?」
「婆やが見ておる。其れより大門が破られよる。」
「大門が ?」
「亜樹緒の銅鐸が其れを告げておる。」
「分かった。なら、直ぐに向かおう。」
「じゃが、気をつけねばいけん。既に都は取り囲まれておる。」
「そうか…。」
「じゃから、我が兵を連れ大門に向かいよる。」
「何を…。」
「大神は鉈技城を守らねばならん。其れに敵は城壁を登って来ておる。何処から侵入して来よるか分かりよらんじゃかよ。」
 と、言うと気長足姫(おきながたらしひめ)は三百の兵を引き連れ大門に向かって行った。
 パタパタと兵を引き連れ走って行く気長足姫(おきながたらしひめ)を見やり亜樹緒は銅鐸を鳴らす。

 王后が向かった。
 踏ん張れ。

「氷津留が兵を連れて来よる。踏ん張れ !」
 蒔絵が叫ぶ。
「氷津留 ?」
 吼比(くひ)が問う。
「氷…。王后じゃ。王后が来よる。」
「王后が…。皆よ王后がこっちに向かっている。踏ん張るんだ。」
 吼比(くひ)が叫ぶ。
 だが、既に大門は限界である。
 
 ドン !
 ドン !

 と、強い衝撃が打ち付けて来る。

 そして、大門が破られた。
「大門が破られた !」
 娘が叫ぶ。其れと同時に大量の倭兵が攻め込んで来る。
「倭兵を入れるな !」
 吼比(くひ)が叫ぶ。そして、蒔絵が銅鐸を鳴らす。其の指示を聞き気長足姫(おきながたらしひめ)は先を急ぐ。
「皆よ…。急げ。大門が破られた。」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が叫びパタパタと走る。亜樹緒はグッと銅鐸を握り状況をみやる。
「不味い…。間に合わんかったじゃか。」
 そして、海から青粉が上がる。亜樹緒は其れを見やり歯を噛み締めた。

 間に合わない…。

 そう、間に合わない。今青粉が上がったと言う事はまだ海戦組は海の上。どんなに急いでも時既に遅しである。
 だから、亜樹緒は撤退の合図を出そうとした。
  
 だが…。

 出せなかった。

 此処が八重国の首都だからである。何よりも八重国を象徴する鉈技城がある。
 だからと言って此処で踏ん張るは無駄死にである。
 
 どうする…?

 悩んでいる間に倭兵秦兵が城壁を越え始めて来た。亜樹緒は急いで高見台を降りるとパタパタと鉈技城に向かって走って行った。パタパタと走りながら亜樹緒は銅鐸を鳴らす。

 海より青粉が上がった。
 我、鉈技城に向かう。

「赤粉で無く青粉 ? 其れで亜樹緒が鉈技城に向かったじゃか。」
 気長足姫(おきながたらしひめ)がボソリ。
「しまいよった…。王太子をヨチヨチし過ぎてしまいよった。」
 と、パタパタ走る。亜樹緒も鉈技城に向かってパタパタ走る。その頃鉈技城では既に兵士達がザワザワしていた。鉈技城の高見台から警報の銅鐸が鳴ったのだ。此れは敵が侵入して来た事を告げている。其処に伝令兵が状況を伝えに来ていた。
「城壁を越えて来ているだと…。」
 三池国の神が言った。
「応…。しかも物凄い数です。既に都は包囲され矢も尽きています。」
「矢が…。如何なっている。其れ相応にはある筈だ。」
 不国の神が言った。
「分かりません。ですが海からは青粉が上がっております。」
「青粉だと ! なんたる事だ。」
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が声を荒げ言った。
「赤粉では無くか ?」
 三池国の神が問う。
「応…。青粉です。」
「やられたな…。僅かな数で都を包囲しておるのかと思っていたが、如何やら敵の狙いは此処の様だ。」
 大神が言った。
「大神 !」
 其処にパタパタと亜樹緒が走って来る。
「亜樹緒殿 !」
 大神が言う。
「此処は駄目じゃ…。大門が破られてしまいよった。」
「大門もか…。」
「じゃよ…。敵は全部隊を此処に集めておる。」
「その様だ…。だが、大門には気長足姫(おきながたらしひめ)が向かったぞ。」
「間に合わんかった…。」
「そうか…。」
 と、悲しげな若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)を見やり亜樹緒は次の言葉を言えなかった。
「ふぅ…。皆よ。敵が全部隊を集結している以上我等に勝ち目は無い。海戦組も直ぐには戻って来れまい。」
「大神…。」
「撤退だ…。我等は鉈技城を放棄する。」
 剣を力一杯握りしめ若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が言った。
「鉈技城を放棄するのか ?」
 三池国の神が言う。
「このままでは無駄に兵を失う事になる。其れにだ。鉈技城は唯の象徴に過ぎぬ。失ったのなら又作れば良い。奪われたのなら取り返せば良い。其の為に引く時は潔く引かねばならぬ。」
「分かった。」
「なら、直ぐに王太子を連れて来ねば。」
 不国の神が言った。
「其れなら我が行こう。」
 そう言って三池国の神が鉈技城に入って行った。
「さて、亜樹緒殿。どうする ?」
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が問う。
「先ずは皆を集めよる。バラけておっては数に押し切られてしまいよるからのぅ。」
「だが、退路は大門を抜けるしか無いぞ。」
「其れは何とかなりよる。幸い倭兵も秦兵も死人同然。逃げるだけじゃったら中央突破も可能じゃ。」
「うむ。分かった。其方に任せよう。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は言った。だが、大門には敵が集中して攻め入って来ている。大門を守っていた兵は押しに押されて後退を余儀なくされている。
 其処に気長足姫(おきながたらしひめ)の軍勢が加勢に来たが状況は既に何ともならない感じだった。
「王后…。此れは凄い数だ。」
「当然じゃ…。敵は全部隊を此処に集結させておるんじゃからのぅ。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)はニンマリと笑みを浮かべる。
「王后…。」
 と、兵は眉を顰める。
「臆するな愚か者。既に敵は死人同然。押し戻せ !」
 そう言うと気長足姫(おきながたらしひめ)は敵に向かってパタパタと走って行った。
「あ…。氷津留じゃ !」
 蒔絵が言った。
「王后…。王后が来た !」
「オラァァァァ ! 引くな !」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が叫ぶ。気長足姫(おきながたらしひめ)の気合いに兵の志気が戻った。
「敵は既に死んでおる !」
 気長足姫(おきながたらしひめ)はギャァギャァ叫びながら剣で倭兵をぶん殴る。八重国の剣では斬り殺せないからである。だから、多くの八重兵や娘達は倭兵や秦兵の武器を奪い其れを使っているのだ。其れでも倭兵の体は貫けない。だから、首や脇の下、膝の裏を狙わなければならなかった。
「氷津留 ! 此れを使え。」
 蒔絵が剣を気長足姫(おきながたらしひめ)に渡す。
「此れは ?」
 ズシリと重さが伝わって来る。
「倭兵の剣じゃ。」
「倭兵の…。しかし、重いじゃかよ。」
「神楽は軽々振り回しておった。」
「神楽…? おー、倭兵の将軍を殺しまくった娘じゃか。」
「じゃよ…。頼みよった。」
 と、蒔絵は銅鐸を鳴らす。気長足姫(おきながたらしひめ)は両手で剣を握り暴れ回った。暴れて暴れて暴れ回ったが一向に敵の数が減らないでいる。攻めて攻めて押し戻しているつもりがフト我にかえると逆に押されている事に気づく。
「王后…。真逆とは思うのだが我等は押されているのか ?」
「じゃよ…。グイグイ押されておる。」
「敵が多過ぎだ…。」
 と、八重兵は必死に争うが体がついて来ない。
「諦めるな。攻めよ。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は剣を振り続けるが其の動きも鈍くなって来ている。重い剣を振り回している所為もあり腕に力が入らなくなって来ているのだ。
「駄目じゃ…。敵がドンドン攻め入って来よる。」
 と、蒔絵は後退の銅鐸を鳴らす。
「蒔絵 ! 諦めるな !」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が叫ぶ。
「じゃが、後退せねば全滅じゃか !」
「周りは敵だらけぞ ! 何処に後退するんじゃ !」
「じゃ、じゃぁ言いよっても。」
 と、其処に亜樹緒の銅鐸の音が響き渡る。

 我等放棄せし。
 中央に集まられよ。
 
「放棄じゃと…。」
 気長足姫(おきながたらしひめ)がボヤく。
「首都を捨てよるんか…。」
「此処までと言う事じゃか…。皆よ中央迄後退じゃ !」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が叫ぶ。其れに合わせる様に蒔絵が銅鐸を鳴らす。城壁付近で攻防を繰り広げている娘達も其れを聞き八重兵に其れを伝えた。
 亜樹緒は力一杯銅鐸を鳴らしながら中央に向かう。既に都の中には倭兵秦兵が攻め込んで来ているが力無く攻め込んで来ている倭兵秦兵を振り払う事は簡単であった。此のまま戦い続けても勝てるのでは無いかと思えてしまう程である。
 だが、無限に攻め込んで来る敵を必要以上に相手にするのは危険である。必ず数に飲み込まれてしまう。亜樹緒達は王太子を守り乍ら敵の中を進んで行く。三池国の神が王太子を抱き抱えているのだが王太子は十三才。自分の足で逃げるが真である。だが、王太子はブルブルと震え三池国の神にしがみつき乍ら泣いている。

 情け無い…。
 此れが我の息子か…。

 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は胸中で此の現実に落胆していた。だが、落胆している暇は無い。今は中央に向かわねばいけないのだ。迫り来る敵を振り払いドンドコと進む。其の道中で城壁にいた兵と娘達が合流して来る。
 都の中は既に敵だらけである。其の中を皆は必死に潜り抜け中央に向かった。だが、中央に集まり如何するのか ? 皆は其の先の事を知らない。知らないがバラけていては何れ全滅してしまう事は明らかだった。だから、銅鐸の指示通り中央に向かう。中央にまで辿り着くと既に多くの兵と娘が集まっていた。中央に集まる兵と娘を前に倭兵秦兵は睨みを効かしている。取り敢えず周りは固められているが、攻めて来る気は無いみたいである。
 亜樹緒はキョロキョロと周りを見やり気長足姫(おきながたらしひめ)を探す。が、気長足姫(おきながたらしひめ)の姿は見当たらない。他の者達は ? と、気にかけるが取り残された者がいても分からない。

 コーン
 コーンと亜樹緒は銅鐸を鳴らす。

 ユックリ大門に向かって進め。

 と、亜樹緒は指示を出す。
 其の指示に従い皆はユックリと進んでいく。
 大門に向かえば気長足姫(おきながたらしひめ)達と合流出来る。其れ迄は出来るだけ敵を刺激したくない。

 だから…。

 ユックリ…。
 ユックリと大門に歩を進めて行く。

 ジリジリ…。
 ジリジリと進む。

 其処に空元気ハツラツの気長足姫(おきながたらしひめ)の軍が戻って来た。
「蹴散らせ !」
 気長足姫(おきながたらしひめ)が叫んでいる。
「あ…。ヤバイ。」
 と、亜樹緒は慌てて銅鐸を鳴らした。
 
 そして戦闘が再開された。

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