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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 19

ソソクサと国を出た王后一行は山に入る前に日が沈んだので平地で一夜を過ごした。王后は日の出より少し前に目を覚まし五瀨の国の方角を見やっていた。五瀨が使いを送って来るだろうと思っていたからだ。だが、其の当ては外れた。
「王后…。もぅ起きておられたので。」
 宇豆毘古(うずびこ)が言った。先に言っておくのだが宇豆毘古(うずびこ)は変えの服を持って来ていたので既に其れを着ている。
「ええ…。」
 と、答えた王后の表情は寂しげであった。
「使いは来ないでしょう。」
「其の様です。」
 と、王后と宇豆毘古(うずびこ)は出発の準備を始めた。
 其れから暫くして日が昇り始めた頃、兵士や侍女達がこぞって起き始めた。普段ならガヤガヤ、ザワザワと途端に賑やかになるのだが、事が事だけに異様な程静かだった。
 静かな中皆が旅の支度を済ませると一行は直ぐ様山に入って行った。
 のんびり朝を迎え、美味しい水に朝ご飯と言いたい所だが日が沈む迄にどれだけ進めるかが肝となる。其れに食料の確保にも其れ相応の時間が必要となる。だからのんびりする余裕が無いのだ。
 一行はテクテク、テクテクと山道を進む。舗装されているでも整備されているでも無い道をテクテク、テクテクと進む。
 生い茂った木々に川のせせらぎが聞こえて来る。フト左手を見れば緩やかな斜面になっていて其の下に川が流れていた。
 侍女に紛れている娘が横を歩く娘の指を摘む。摘まれた娘は軽く摘み返し目を動かし木の上や丘を見やった。既に至る所に娘達が待機している。
「さて、始まりよる。」
 娘が言った。
「じゃな…。」
 と、前を歩く兵士を見やる。
 兵士と言っても鎧は着けていない。戦争に行くわけでも、敵国にいるわけでも無いからだ。五瀨が治める国であろと此処は八重国である。だから、戦になると言うのは想定外なのだ。だが、時に其の想定外の事が起こる。一本の矢が兵士の顳顬に突き刺さったのだ。
「ギィヤァァァァァァァァァァァァ !」
 其れを見やり二人の娘が大袈裟に叫んだ。其の声に一同が娘を見やり、そして崩れ落ちる兵士を見やった。
「て、敵 ?」
 と、皆が体を隠そうとするが隠せる様な場所など無い。其れに敵が何処に潜んでいるのかも分からない。
「ウギャァァァァァァ ! 殺されるぅ !」
 と、二人の娘は声を張り上げ態と緩やかな斜面をゴロゴロと、其の時近くに居た兵士の襟を掴んで一緒にゴロゴロと転がって行った。
 二人の娘が離れたのを合図に今度は無数の矢が四方から飛んできた。
「王后を…。王后を守れ !」
 慌てて宇豆毘古(うずびこ)が叫ぶ。だが、誰も身を守る物を持っていなかった。だから、兵士は自分の体を盾に王后を守ろうとした。だが、健闘虚しく矢は王后の額を見事に射抜き、盾となった兵士の体にも無数の矢が突き刺さる。
「王后 !」
 と、王后に近寄ろうとするも宇豆毘古(うずびこ)も矢に射抜かれてしまった。其れからも無数の矢は飛んで飛んで次々と兵士、侍女の命を奪っていった。

 何が起こっているのか ?
 何故攻撃されているのかも分からないまま多くの人が死んだ。

 娘と一緒に崖に落ちた兵士も何が何だか分からないまま兎に角身を隠せる場所を探し二人の娘を連れて岩の陰に隠れた。其れから暫く三人は岩陰から動かなかった。
 ブルブルと身を震わす二人の娘をギュッと抱きしめ乍ら兵士はジッと耳を澄ます。攻撃が止むのを待っているのだ。だが、此の先どうするのか ? 矢の攻撃が止んだからと言って其れで終わりにはならない。矢が止んだ後は攻め込んで来る…。

 そうなれば…。

 終わりだ。

 と、兵士が考えている間に辺りは静かになった。
「攻撃が止んだ。」
 兵士は剣を抜き岩陰から離れ恐る恐る周りを見やった。周囲に人影は無い。だが、人が動く音はしっかりと聞こえて来る。そして、其の数は非常に多い様に思えた。生存者はいるのだろうか ? 王后は将軍は無事なのだろうか…。剣を握る手に力が入る。
 其の時…。
 兵士の肩を後ろから誰かが掴んだ。
 兵士は咄嗟に後ろ手に振り返る。
「シー。」
 振り返ると一緒に崖から落ちた娘が口に指を当て兵士を見やっていた。
「何をしている。」
「こっち…。」
 と、娘は茂みの中に兵士を連れ込んだ。
「ここなら見えない。」
「あぁぁ。確かに。だが、隠れている訳にはいかない。王后を守らないと。」
「でも…。」
「お前達は此処にいろ。私は兵士だ。」
「駄目…。殺される。」
 と、言いながら娘は周りを見やっている。
「兵士とはそう言うものだ。」
 と、言った兵士を二人の娘がギュッと抱きしめた。そして、尚も周りを見やる。攻撃組の娘達が完全に引き上げるのを待っているのだ。
「兎に角お前達は此処に隠れているんだ。」
「うん…。分かった。」
 そう言って娘達は抱きしめるのを止めた。
「いい子だ。」
 そう言うと兵士は王后と将軍の下に向かった。が、辺りは異様な程静かだった。戦っている様子も荷物を漁っている様子も無く、ただ、ただ静かだった。
「どうなってる ?」
 と、パタパタと緩やかな斜面を登り兵士は愕然とした。其処には矢に貫かれ無惨な最後を遂げた夥しい数の死体があったからだ。
「全員殺されたのか ?」
 と、兵士は周りを見やる。周りに敵の気配は無い。気配所か死体を荒らした様子も無かった。
「盗賊ではなかったのか。」
 と、兵士は王后を探した。死体を掻き分け王后を探す。探しながら涙が溢れて止まらなかった。多くの仲間の死も辛いが何より此の状況で王后が生きているとは思えなかったからだ。
 やがて王后を見つけた兵士はその場に崩れ落ちて泣いていた。王后を守れ無かった事が悲しくて、辛くて、何より自分を許せなかった。
「お守りできなかった…。」
「お前の所為じゃない。」
 と、誰かが言った。兵士はフト声のする方を見やった。
「しょ、将軍…。」
「私の所為だ。王后の近くにいてお守りできなかった。」
 そう言った宇豆毘古(うずびこ)の体には数本の矢が突き刺さっていた。
「私は戦う事も出来ませんでした。」
「皆一緒だ。何をする事も出来ず殺されたんだ。」
「応…。」
「さぁ、帰ろう。」
「ですが、未だ敵が…。」
「敵は私達が全滅したと思っているさ。」
 と、宇豆毘古(うずびこ)は死体から矢を抜きとった。
「全滅 ?」
「そうだ。」
 そう言って宇豆毘古(うずびこ)は兵士に矢を見せた。
「この矢を知っているか ?」
 宇豆毘古(うずびこ)が問うた。
「いえ…。見た事の無い矢です。」
「これは王太子が作り上げた最新式の矢だ。」
「王太子…。五瀨様が。」
「そうだ。」
「え…。しかし、何故五瀨様の作った矢が…。真逆…。」
「どうやら、全て無かった事にしたかった様だな。」
「其のために実の母もろとも皆殺しですか。」
「正妻をあの様な惨たらしい姿に出来る男だ。母親ぐらい平気で殺すだろうよ。」
「確かに…。」
「さて、それじゃぁ王后と正妻を荷車に乗せるか…。」
「あ、其の前に生存者を連れて来ます。」
「まだ、生存者が ?」
「応…。」
「そうか。分かった。」
 と、宇豆毘古(うずびこ)が言うと兵士は二人の娘を呼びに言った。
 兵士に呼ばれた二人の娘はホッと安堵の息を吐いたが、目の前の現実に泣き崩れた…。のだが勿論此れは演技である。演技ではあるが宇豆毘古(うずびこ)達に其れを見破る術は無く、悲しむ二人の娘を宇豆毘古(うずびこ)達は優しく抱きしめてやっていた。

 だが、正直…
 男の優しさは時に有難迷惑である。

 何故なら演技を無駄に続ける事になるからだ。仕方なく娘達は暫く泣き続けた。
「さぁ、何時迄も悲しんではいられない。使えそうな荷車があるか調べよう。」
 暫くした後、そう言って宇豆毘古(うずびこ)は立ち上がり周囲を見渡した。兵士も立ち上がり荷車を見やる。
「矢は刺さっていますがどれも使えそうです。」
 荷車から矢を抜き兵士が言った。
「そうか…。なら、その荷車の荷物を下ろして王后と正妻の遺体を乗せよう。」
「あ、其の前に手当を…。」
 宇豆毘古(うずびこ)を見やり娘が言った。宇豆毘古(うずびこ)の体には数本の矢が刺さったままだったからだ。
「あ…。そうだな。」
「将軍…。荷物は私が。将軍は先に手当を…。」
「そうか…。すまない。」
 宇豆毘古(うずびこ)がそう言ったので兵士は荷物を下ろし始めた。娘は薬草を入れた荷物を探しに行き、片方の娘は死体から衣服を剥ぎ取りに行った。宇豆毘古(うずびこ)はストンと腰を下ろし軽く息を吐いた。
 衣服を剥ぎ取った娘は兵士の死体から剣を抜き其れを地面に刺した。其れから剣の刃に衣服を当てそのまま切り裂いていく。ある程度の長さと太さでカットして行き端と端を結ぶ。こうして簡易的な包帯を作った。
 包帯を作り戻って来ると薬草を持った娘が待っていた。
「其れでは将軍…。矢を抜きます。」
 娘が言った。
「あぁぁ…。頼む。」
 と、宇豆毘古(うずびこ)は歯を食いしばった。片方の娘は剥ぎ取った衣服を持ち血を拭う用意をし、もう片方の娘は両手で矢を掴み力一杯引き抜いた。
「うぐぉぉぉ !」
 宇豆毘古(うずびこ)の悲痛な叫び声が響いた。だが、矢は抜けていない。
「ムムム…。」  
 と、娘は首を傾げた。
「あ…。矢を引き抜くには力がいるんだ。」
「では、今度は二人で…。」
「あ、否…。矢は自分で抜く。」
「御自分でですか ?」
「あぁぁ。慣れっこだ。」
 と、宇豆毘古(うずびこ)は力一杯矢を引き抜いた。
「わぁ、凄い。」
 其れを見やっていた娘が言った。
「コレコレ…。感心している場合ではないでしょう。」
 と、娘は衣服で傷口を押さえた。
「つい…。」
 と、娘が傷口にベッタリと薬草を塗った。こんな調子で残り二本の矢を抜き、薬草を塗ったのだが、最後の矢は背中に刺さっていたので自分で抜く事が出来なかった。
「流石に背中は無理か…。」
「では、私が。」
「あ、いや…。」
「大丈夫です。二人で抜きますから。」
 と、後ろに回った娘達は片方の足で背中を押さえつけ両手で矢を握った。
「覚悟は良いですか ?」
「あ、あぁぁ。出来ている。」
「其れより将軍…。あの茂みにいる人は誰ですか ?」
 と、娘が問うたので宇豆毘古(うずびこ)は慌てて其の方向を見やった。
 其の瞬間娘達は力一杯矢を引き抜いた。
「うが !」
「はい、抜けました。」
 娘が言った。
「あぁぁ…。見事な策だ。」
「でしょう。」
 と、言いながら薬草を塗り、其の後即席で作った包帯をグルグルと巻きつけた。
「よう ! そっちは終わったか ?」
 手当が終わるのを見計らい兵士が声を掛けて来た。
「はい。終わりました。」
「悪いんだが次はこっちを頼む。」
「生存者がいたのですか ?」
「王后と正妻を荷車に乗せたいんだ。」
「分かりました。」
 と、娘達はパタパタと兵士の下に向かった。
 王后と正妻を荷車に乗せた後四人は少し体を休めた。宇豆毘古(うずびこ)は元気な振りをしていたが、四本の矢が刺さって元気なはずはなかった。
 結局宇豆毘古(うずびこ)は二日後に息を引き取り、ア国に戻れたのは兵士と二人の娘だけであった。 

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