大臺神楽闇夜 1章 倭 4灯の消えた日3
さて、此の秦王政が持ち込んだ話は多いに五人を苦しめた。何せ自分達の判断で国の運命が大きく左右されるのだから当然である。だが、答えは一つしかない事は明らかであるのも事実。問題は秦王政の約束が真であるかどうかなのである。
此の話の一番のネックは自分達が帥升を襲う事にある。つまり、此の時点で世界を敵に回す事になる。神を襲った八重国は大罪であり、其れを倭族と秦国が討伐に来ると言う筋書きなのだ。
八重国に到着した時点で秦国は八重国と手を結び、倭族に反旗を翻すとは言っているが此れが眉唾物なのだ。仮に秦国が反旗を翻さず倭族と共に攻めて来たのなら八重国はあっけなく滅亡してしまう。
だが…。
其れで富を得ても一瞬の誤魔化しでしかない。
八重国は無限の宝庫では無い。質素に暮らすからこその国力である。なら、秦王の話しは真なのであろうか ? と、五人の話は秦王を信用出来るか否かに集約されていた。
「秦王には会えぬのか ?」
油芽果が言った。
「会える。」
呂范が答える。
「会って確かめよるか。」
薙刀が言った。
「そうだな…。会って…。ーーどうなる ?」
貞相が言う。
「分かりよらん。じゃが、会いよったら色々分かりよる。」
油芽果が言った。
「分かった。近い内に席を設けよう。」
呂范が言った。
其れから三日後、四人は秦王政と会う事になった。場所は咸陽城では無く油芽果達のアジトで日が沈んでからの会合となった。此れは慎重に慎重を重ねた末の判断であると言えた。
油芽果達のアジトは民家の一つである為、秦王政も庶民に扮しての登場となった。アジトに来たのは秦王政、李斯、項雲、麃公、王嘉、李禹の六人である。衛兵は庶民に扮し周りを警護している。秦王政は粗末な椅子に腰を下ろすと皆も同じ様に腰を下ろさせた。
「此処にいる十一人は皆、同じ志を持つ同志だ。何も気にする事は無い。」
秦王政がそう言うと皆は頭を垂れ椅子に座り、薙刀と李禹ほ皆にお茶を出す為湯を沸かしに行った。
「我の話しは呂范、項蕉、李禹から聞いた通りだ。どれだけ見栄を張っても秦国の現状は見ての通り。宮殿を増設し、土木工事を増やしても貧困者は後を絶たぬ。このままでは周国の二の舞となるは明らか。」
「分かっておる。我等が知りたいのは此の策が真であるかどうかじゃ。」
油芽果が言った。
「真である。だが、まだ話しておらぬ事がある。」
「話して ?」
呂范が問うた。
「左様…。我等は倭族の歴史を消し去りたいと考えている。」
「消す…。」
と、薙刀は皆に茶を配る。
「そうだ。皆も知っての通り。倭族は此の世界において神である。たが、其れは偽りの神に過ぎず。その昔、我等は倭族の奴隷であった。故、後の世に我等が奴隷であった歴史を残す事許されず。倭族を滅亡させた暁には真の歴史を闇に葬りさるつもりだ。」
「つまり ?」
油芽果が問う。
「嘘の歴史が語られ、倭族との戦いは語られる事は無い。」
「我はどうなりよる ?」
薙刀が問う。
「存在自体が無くなるかも知れぬ。」
王嘉が言った。
「其れは我等も同じだ。」
麃公が言う。
「じゃかぁ…。」
と、薙刀は茶を啜った。
「故、我等は其の恩義とし、秦国復興後も侵略せず、共存する事を誓うものとする。」
李斯が言った。
「じゃが…。そう簡単に勝てる相手では無いぞ。」
油芽果が言う。
「確かにそうだ。倭族の軍隊は恐ろしい程に強靭だ。」
項雲が答える。
「そもそも、七十万の倭族をどうやって八重国に移住させるのです ?」
貞相が問う。
「八重国に行かせるのは軍隊だけでよい。倭族の化けの皮が剥がれれば民衆や鮮卑族達も我の言葉に耳を傾けるだろう。そうなれば残った倭族は此の国で討つ。勿論八重国にも軍隊は送り続けるつもりだ。」
秦王政が言った。
「しかし、此の状況で秦国は戦えるじゃか ?」
薙刀が問う。
「其れは心配いらぬ。八重国討伐を名目に税の支払いを免除してもらう予定だ。何より海の向こうで何が起ころうと誰にも分からぬからのぅ。」
李斯が答える。
「しかし…。勿体ないのぅ。」
油芽果が言った。
「何がだ ?」
麃公が問う。
「世界の命運を賭けた戦が後の世に語られぬ事がじゃ。此れ程ロマンに溢れた話しは聞いた事がないぞ。」
「確かに…。」
「油芽果…。それでは。」
李禹が言う。
「我は此の話に乗った。」
油芽果が言った。此れは秦王政の話を信じたと言うよりも何か楽しそうだったからである。
「我もじゃ。」
薙刀が言う。理由は油芽果と同じである。
「そうだな。後の世に語られぬと言うのが良い。我等だけの真の歴史。」
貞相が言う。
「負けるかも知れぬぞ。」
呂范が言う。
「負けぬさ。こっちには天才の王嘉がいる。」
麃公が言った。
「何を言うておる。我等が国には鬼がおる。」
油芽果が言う。
「鬼…か。頼もしい響きだな。」
項雲が言う。
「良い。此処で皆の意見が一つになった。良いか。此れは秦国と八重国との間に交わされた密約である。以降此の契約は支配者が代わろうと継続される物とする。」
秦王政が言った。つまり、何か楽しそうと言うだけの理由で八重国の進む道が決まったのである。
「其れで、我等は何をすればええんじゃ ?」
薙刀が問う。
「うむ…。其方らには西南に行き帥升を襲ってもらう事になる。だが、殺しては駄目だ。あくまでも暗殺は失敗に終わらなければいけない。手引きは此方でする。其の後は速やかに戻り身を隠して貰う事になる。」
李斯が言った。
「身を隠すか…。其れは戻れたらの話だな。」
「そうなる。止めるか ?」
麃公が言う。
「フン…。間違いなく此の先多くの民が死ぬ事になる。何故自分だけ生き残りたいと願うのか ? 死ぬは覚悟のうえ。後は皆に、後の子に託す。」
呂范が言った。
「流石は我の見込んだ男。実に立派よ。」
秦王政が言った。そしてこの後酒と料理が運ばれ皆はどんちゃん騒ぎナンジャラホイが始まった。そんな中、油芽果はソッと席から離れて窓から空を見やる。
「今日は余り飲みよらんのぅ。」
後から着いてきた李禹が言った。
「蹂躙されてしまいよる。」
と、油芽果が言うと李禹はクスリと笑う。
「のぅ李禹…。八重国に行ってどの様に伝えよるつもりじゃ ?」
「八重王に話に行く。」
「もし…。其れが上手く行きよらなんだらどうする気じゃか。良いか…。策通りに行くとは限らんぞ。」
「その時はその時だ。王嘉が考える。其れに油芽果や薙刀もおる。」
「我等は暫く身を隠すのであろう。だったら我等は秦国じゃ。」
「そうじゃった…。なら、一緒に来ると良い。」
「李禹も行くのか ?」
「行く…。」
「なら、我等の国の言葉を伝えよる。」
「国の言葉 ?」
と、李禹は首を傾げる。
「我思い消えず、我願い途切れず、我朽ちようと我魂死せず、いつの日か夜は明けん。良いか。決して忘れるな。」
「な、長い…。」
「じゃな…。じゃが必ず三子の娘が力になりよる。」
と、油芽果は拳を握る。
「三子の…。」
「李禹は既に我の姉妹じゃ。遠慮せずに力を借りると良い。」
と、カッコ良く言ってはいるが内心は此度の密約に対して”やっちまったよ”と少し後悔していた。
「な、何か…。死んでしまいよるみたいだな。」
「かもしれん。」
「油芽果…。」
「冗談じゃ。じゃが知っておいて損は無いじゃかよ。」
と、言って油芽果は席に戻り、たらふく料理を食べた。
其れから暫し楽しい一時を過ごすと、秦王政が呂范と従者を従え咸陽城に帰って行った。項雲と麃公は心配だったのでコッソリと後をつけて行く事にした。油芽果と薙刀は其の事にはまったく気付かずひたすら飲み食いを続けそして気がつけば朝である。
目は覚めたが頭はボーっとしている。
何がどうなってこうなったのかサッパリである。
取り敢えず油芽果は裸であった。
「ここは何処じゃ ?」
「山じゃ…。」
同じくボーッとしている薙刀が言った。
「山じゃか…。」
「山じゃ…。」
「何故山におる ?」
「知らぬ。」
「じゃかぁ…。」
と、油芽果は首を傾げ周りを見やる。
「所で何故李禹は裸なんじゃ ?」
李禹を見やり薙刀が問う。
「我の見る限り蹂躙されておる。」
「又じゃか…。股の緩い娘じゃかよ。」
「其方等も同じであろう。」
と、李禹はガックリ頭を垂れる。油芽果と薙刀はお互いを見やり首を傾げ合った。
「どうなっておる ?」
油芽果が問う。
「分かりよらん…。」
「又蹂躙じゃか…。」
と、周りを見やると十四、五人の男が満足そうに寝ている。取り敢えず油芽果達は無かった事にする為、男達を一人残らず殺した。
「まったく…。油断も隙もないじゃかよ。」
と、ブツブツ言いながら三人は服を着やるとソソクサと山を降りて行った。
さて、三人は自分達が被害者だと思っているが誘ったのは油芽果達である。覚えていないのだろうがエロイ姿で誘惑して山に連れ込み大乱行を始めたのだ。勿論前回の時もそうである。つまり、酔って、誘って、エロして、殺したのだ。そんな事とは知らぬ三人はブツブツ言いながら山を降りると川で体を洗った。体に付いた血を洗い流す為である。何にしても彼女達が処罰される事は無い。今から世界の命運を賭けた大仕事が始まるのだ。例えバレても国が全力で無かった事にしてくれる事は確かである。体を洗い終わると三人は朝ご飯を食べに行った。
其れから二日後、秦王政からの勅令が届いた。
作戦決行の日が決まったのである。
其れから直ぐに五人は西南に向けて旅立って行った。
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