『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』 から、要約筆記の勉強になりそうなポイントをまとめてみた
面白い本ないかなあと書店を散策していたときに、要約筆記の勉強になりそうだと『デフ・ヴォイス』を手にとってみた。本来の文庫本は赤いワンピースの女の子が表紙なのだけど、破れた紙からタイトルが覗いているカバーオンカバーのデザインが好みだったというのもあって、普段なら読まないタイプの本を手にとってみた。
読んでみると、良質なミステリーで勉強なんてそっちのけで読んでしまった。本来の望みに反して流れで手話通訳士になってしまった主人公が、どちらにも属さない(属せない?)立ち位置で事件を明らかにしていく話。2つのコミュニティから弾き出されてしまいながらも、淡々と自分を失わない主人公の推理が魅力的。
とはいえ、せっかく勉強の参考にと読み始めたので、なるほどなと思った部分をまとめておくことにする。
1: 「ろう者」と「ろうあ者」、そして「聴者」
要約筆記では「ろうあ者」を略号で書き、「ろう者」には略号がない。出てくるといつもこんがらがるのだけど、当事者からすると「ろうあ者」と「ろう者」には大きな違いがあるのだと気づく。これは絶対に間違ってはいけないポイントだから注意しよう。
2: 相手に合わせた技術の調整
複数の場面で、聴覚障害者の年代に応じて手話の種類や語彙を適切に選ぶ主人公の姿が印象的だった。表出した手話が相手に通じないときに、相手が理解できるように表現し換えていく技量が、主人公が手話通訳士として信頼を獲得していく理由の1つなのだろうと思う。
要約筆記のテキストに「対象者の言語力や思想に応じて筆記を調整する技術が必要」とあるのは、こういうことなのだなと勉強になる場面が多々。
3: 母語として、文化としての 「日本手話」
ろう者同士のコミュニケーションからうまれた日本手話は、口語である音声日本語とは異なる文法体系を持っている。口語をベースとする日本語対応手話は、彼らにとって第二言語であり、その理解には母語への変換が必要だといわれてなるほど。
要約筆記の講座のなかで「母語は日本語」とわざわざ言及する意味が理解できていなかったのだけど、こういうことか。日本手話と、音声日本語・日本語対応手話は別言語として認識しておく。日本手話でメインのコミュニケーションをとっている人たちにとって、日本語対応手話は第二言語なんだな。
1970年代のアメリカのろう者たちの、手話で話すコミュニティを言語的少数派の文化的集団と捉える運動についての下りで出てきた表現。大文字にすることで、特有の文化がそこにあるのだと印象づける。言葉選び1つにこだわる背景に、これだけの想いがあることを理解しておかないといけない。
4: コーダ(CODA)とは、Children of Deaf Adultsの略
そういえば、映画が話題になっていた。観に行きたいな。
5: 手話の表現
手話について、具体的な話がちらほら差し込まれていて、輪郭を掴むいいきっかけになった。先日講座で講師をやってくださった方がろう者で「店のレジで挨拶程度の簡単な手話をつかってくれるだけで、歓迎されている気がする」とおっしゃっていたので、少し勉強してみようかなと思う。
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