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【戦争の詩を読む】第3回 ノーベル賞の作家たち 世界のかなしみに出会う詩(田島安江)
ノーベル賞の発表が始まるので世の中、静かにそして期待をこめて待っている。
ちょうどこの時期に生まれた詩集から。
1887年オーストリア生まれのエルヴィン・シュレーディンガー(1961年没)は、1933年にノーベル物理学賞を受賞した。生涯に一冊残した詩集があると知った詩人の宮岡絵美さんが、翻訳出版した詩集が『シュレーディンガー詩集 恋する物理学者』だ。
彼の詩は恋人への愛を語りながらも普遍的、世界中のすべての人々への愛をうたっている。
これはそんな詩集だ。
思わず口ずさみたくなる。
チューリヒ
湖にうだるような太陽が憩うとき
そして微かな呼吸でかろうじて波を立てているとき
上下に揺れる静かな波
まるで熱いガラス、激しい真昼の灼熱のなか
穏やかに満ちる潮はどれほど心地よいだろう
静かに満たされて、眼を閉じる
流れはあなたのからだと手足に寄り添い
熱くなった血液を穏やかに冷ます
時は止まり、すべての願いは沈黙する
そして広大な静寂の空間に溶けてゆく
しかしあなたは、遥かなる境界に目をひらく
天が地に向かい傾く場所、そこで
霧のとばりの中から
この世のものとは思えないほど輝く
白い夢が立ちあがる
それは純粋な万年雪に覆われた山頂
ユダヤ人として2つの戦争を生き抜いた彼のかなしみが伝わってくる。
『シュレーディンガー詩集 恋する物理学者』
エルヴィン・シュレーディンガー/著 宮岡絵美/訳・編
四六判、並製、96ページ
定価:本体1,900 円+税
ISBN 978-4-86385-637-0 C0098
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もう一冊は心しめつけられる、悲しく切なく忘れられない詩集だ。
ノーベル平和賞を受賞したとき牢獄にとらわれていた劉暁波(1955-2017)は、授賞式に出席することも、代理出席も、ましてや受賞そのものも本国中国はみとめなかった。劉暁波は素晴らしい現代詩を書く詩人で、香港で、妻の霞とともに、一冊の詩集を刊行した。決して暴力では平和は訪れない。言葉こそが世界を救うのだという彼を政府は許さなかった。
牢屋の鼠
一匹の小さな鼠が鉄格子の窓を這い
窓縁の上を行ったり来たりする
剝げ落ちた壁が彼を見つめる
血を吸って満腹になった蚊が彼を見つめる
空の月にまで魅きつけられる
銀色の影が飛ぶ様は
見たことがないぐらい美しい
今宵の鼠は紳士のようだ
食べず飲まず牙を研いだりもしない
キラキラ光る目をして
月光の下を散歩する
『牢屋の鼠』
劉暁波/著 田島安江・馬 麗/訳・編
四六判、並製、264ページ
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-139-9 C0098
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プロフィール
田島安江(たじま・やすえ)
1945年大分県生れ。福岡県立福岡女子大学卒。大分、福岡、大阪、札幌と移り住み、現在福岡市在住。編集者、詩人。
詩集『トカゲの人』『遠いサバンナ』など5冊。海外や全国の詩人との交流も活発、海外詩集の共訳もある。
出版社書肆侃侃房は、発行点数は600冊を超え、2022年の20周年で、第38回梓会出版文化賞を受賞した。