大学4年間で巡った文学色々 Vol.1
書き出し、駄文
夜行バスを降りると、朝焼け前の温度の低い空気が地を覆っているのが目に見えた。凝り固まった肩から熱が奪われ、正常な位置にないであろう肩甲骨がそのまま硬化されていく。思わず独りで伸びをした。
近代文学と新たに出会い直し、文学について考え直した大学4年間だった。この間、それなりに文学碑や旧居跡、ゆかりの地などを巡ったつもりだ。まだ行きたい場所も知らない場所も多い。だが、人生はおそらく長い。人生は長いというより、人生が長いのだ。私には有り余るほど。これからゆっくり巡遊すればいい。
とにかく、この4年間で訪れた場所は一度整理したいと思っていた。自分のためにまとめるようなものだが、文学は紙面に整列する活字のみではなく、時空の狭間に佇む文学碑という楽しみ方もできるということを知ってもらえたら嬉しいのである。
文豪たちの眠る場所/雑司ヶ谷霊園
夏目漱石や泉鏡花、岩野泡鳴など多くの著名作家が眠る雑司ヶ谷霊園。私が最も好きな作家、正宗白鳥と仲のよかった泡鳴は、札幌の中学校で演説した際に、「おれは宇宙の帝王だ。否、宇宙その物だ」と叫んだヤバいやつを主人公にした自伝的?小説を書いている。他の小説や詩には甘ったるいものも多いか、そういうのもいい。
泉鏡花・北原白秋旧居跡/東京・神楽坂
東京理科大学の神楽坂キャンパスのすぐ近くにある旧居跡。私の中で神楽坂といえば鏡花。『婦系図』のなかで師匠の酒井が主税とお蔦を別れさせるんだけど、そのまんま鏡花とすず、紅葉のエピソードで面白い。紅葉が亡くなった途端一緒になる二人。熱愛だなあ。
泉鏡花筆塚/東京・湯島
『婦系図』関連でいうと、湯島天神にある筆塚。筆塚は作家の死後、弟子たちが故人を悼んで立てる記念碑みたいなもの。『婦系図』の中の一幕を劇にしたものを、さらに小説化したらそっちの方が有名になった「湯島の境内」。
私は主税が別れ話を切り出したときお蔦が言った「切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。…私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。」の台詞でもう心射抜かれてしまってだめだった。
森鴎外、安野光雅さん、原風景。/島根・津和野
津和野は大学一年生の時に行った人生初の一人旅。津和野と出雲をはしごしたのだが、最も行きたかったのはこの津和野。
画家である安野光雅さんの訃報を受けて、すぐに行こうと思い立った。安野光雅美術館をじっくり拝見する。あのあたたかな水彩画は、あまりにも津和野の原風景そのままで、水彩画の中に津和野の山々の空気を感じ、目の前の津和野の景色の中に安野さんの水彩画を見るような、そんな気がした。
同時に、ここ津和野は森鴎外の出身地でもある。すぐに頃引っ越してしまうのだが、鴎外は幼少期この地で過ごした。津和野は隠れキリシタンたちが流刑になった場所でもある。この地で拷問を受けたのだ。(乙女峠のマリア聖堂にその殉教の歴史が残っている。)
鴎外はそのキリシタンたちの拷問を身近で感じていたために、キリスト教にあまり言及していないと言われている。
急な古事記/島根・出雲
古事記である。出雲神話。アマテラスがタケミカヅチをオオクニヌシのもとに送り、国を譲るように言った「国譲り」。その時タケミカヅチが降り立ったと伝えられている稲佐の浜は有名な観光スポットである。また、出雲大社や因幡の白兎など一度は聞いたことのある神話関連の名所も多い。
太宰と葛西、暗澹文学の聖地?/青森・津軽
弘前出身である葛西善蔵の作品を初めて読んだのは「血を吐く」という短編である。タイトルからしていかにも、という感じだが、とにかく暗いのだ。そのあと葛西の作品をたくさん読むようになった。葛西善蔵は私小説の神様だと言われている。まさにその通りだと思う。いや、私小説の死神というか……。
貧困と、病気と酒、そして女性。これらが葛西の小説に通底している題材だと言える。自身の苦しみを、「苦しい」という言葉を使わずに、暗澹とした表現力と語彙で悶々と書き綴るのだ。
だが、一般的に津軽と言って真っ先に思い浮かぶのは太宰治の方だろう。葛西と太宰は、上記のような点で似ているのかもしれない。その二人が同じ津軽に故郷を持つというのは、土地のせいなのか、それとも偶然であるのか。
太宰は小説『津軽』の中で故郷を精緻に描写している。例えば津軽富士。この山を太宰は「富士山よりもっと女らしく」と言っているが、う〜〜ん。なんとなくわかるようなわからないような……。とにかく、太宰の文学をそのまま目で見れるような、その風景を生で感じられる場所である。
葛西善蔵「おせい」/鎌倉・建長寺
前項で葛西善蔵について触れたが、葛西善蔵は建長寺で療養している。身体は病気でボロボロなのに、酒は飲む。建長寺の山から由比ヶ浜まで歩いて(??!!)男女の混浴を見に行く。この一見馬鹿馬鹿しい有様も、ある種の自傷行為かもしれない。ここに「苛烈の文学」と呼ばれる理由があるのだろう。そしてここで彼に献身したのがおせいさん(浅見ハナ)である。この様子は小説「おせい」の中で描かれている。
思った以上に長くなりそうなので、一旦ここで区切る。次はVol.2で。旅は長いのだ。帰りは、切符を落とさないように。
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