父が「一昨日、仕事から帰ったときは家の中にクソがあるのかと思ったぜ」と言っていた。家の中にクソがあったわけではないが、母の吐瀉物がちょっぴり履き物に付着していたのだ。 ウンチの匂いがすることで有名な銀杏。私が中学生の頃、「銀杏の匂いはウンチではなく、ゲロの匂いである」と主張する派閥があり、ウンチ派と熾烈な争いを繰り広げていた。 私はそれまで、銀杏はウンチの匂いとしか認識していなかったため、目からウロコであった。ウンチとゲロは匂いが似ているのだ。 …実に汚い話である。
前から気になっていた、田口トモロヲさんが主演の『鉄男』という白黒の映画を見ていた。 最初はホラーかなぁと思ったが、楽しそうな雰囲気が出てきたと思いきやバトルが始まったりと、何が何やらわからなかった。 しかし、なんだか引き込まれてしまった。おもしろい。 『鉄男』を楽しく視聴しながら晩ごはんを食べていると、母が帰ってきた。母は「BKB」「バイク川崎バイク」などと意味のわからない単語を連呼して、私に指を差してきた。 次に彼女は、トイレに駆け込んでゲボゲボッとして、号泣し始
ただ今、私はスーファミのときめきメモリアルをやっている。最初は主人公の育成の要領が掴めなかったが、慣れてきたので、メインヒロインである藤崎詩織を攻略することにした。 彼女は「噂されると恥ずかしいから」という理由で、なかなかいっしょに下校すらしてくれなかった。しかし、こまめにセーブをして、都合が悪いときにはリセットボタンを押して再開するなどといった工夫をこらし、なんとか攻略した。時間をかけただけあって、最初は冷たかった彼女にもすっかり愛着がわいた。 ゲームをクリアしてセ
結婚式のあとのパーティーで、スウィフトさんは私のことを「カニちよ」と呼んでくれた。そのあだ名は、姉のチャイナがつけたものである。私のことを家族と見なしてくれたみたいで、嬉しかった。 スウィフトさんとは、チャイナの夫のブライアンさんのことだ。チャイナが、我々カニ家の面々の前では彼のことを「スウィフトさん」と呼ぶので、私もそう呼んでいる。しかし、もう家族になったのだし、チャイナも今ではチャイナ・スウィフトである。父も、以前は「スウィフトくん」と呼んでいたが、今では「ブライアン
ハワイに来て4日目。本日は、10時にハワイを発つ。ホテルを出るのは7時半頃なので、この日にハワイでできることはほとんどない。しかし、空港に着いてから時間に余裕があったので、お土産を買うことにした。父から「昨日の夜アロハシャツを買いに行けば良かったじゃん」と言われたので、「あなたが寝ていたのではないですか」と心の中で呟いた。 飛行機では3本の映画を観た。今回の機内食は、今まででの機内食の中で一番おいしかったかもしれない。 午後3時に日本に到着した。家に帰ったあと、ほっとも
ハワイに来て3日目。4時に起きてダイヤモンドヘッドに登り、パンケーキを食べに行って、サンドバーへ行き、ジェットスキーに乗り、カヌーに乗り、再びシュノーケリングをして、バナナボートに乗り、ディナーを食べに行く。これらは、ディナーを除いて、一つのツアーのスケジュールである。パンパンやで。 ダイヤモンドヘッド登りは、しんどかったと言うより、滑りそうで怖かった。もし滑ったら、ダイヤモンドヘッドを下山するまで恥辱を受けていなければならない。幸い、滑らずに下山することができた。 日
[カニ家] 父…背が低め 母…背が低い チャイナ…さらに背が低い。長女。ハワイで結婚式を挙げることを提案した張本人 ウミ…背が高め。次女 カニさん…背が高くも低くもない [スウィフト家] 父…メガネ。登場しない 母…色眼鏡。登場しない オニー…卓球が強いらしい。長男。登場しない ブライアン…チャイナ旦那。次男。登場しない スウィフト家…核家族。登場する
ハワイに来てから2日目。いよいよ姉であるチャイナの結婚式ということで、朝から慌ただしかった。 チャイナは長女で、前回登場した姉のウミは次女である。 結婚式場までの道のりは、予定より迷ったが、予定時刻ぐらいには着いたと思う。その代わり、新郎の方の家族であるスウィフト家のみなさんが遅刻なさった。今回は堪忍しといたろう。 結婚式に参加することは初めてである。長々とした挨拶やスピーチもなく、余計なお祝いの言葉などもなく、とても簡潔であった。よく晴れていて、カメラマンの人や参加者
ハワイに来た。飛行機ではまったく眠れなかったので、ホテルまでのタクシーでは、とても眠たくなった。 初日のスケジュールは、まず11時頃にホテルでチェックインを済ませる。水着に着替え、2時半からシュノーケリングに向かい、5時頃に終了。6時45分にイリュージョンショーを見物する。8時半に夕食を取って終わりだ。忙しい。 シュノーケリングは、ガイドの人が車で迎えに来た。名前はユウタ。フレンドリーというか、馴れ馴れしい日本人であった。この人の馴れ馴れしさは、日本人同士でのコミュニケ