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「かいちょー今日もかわいいよー!」

私が中学3年生の頃、つまり13年前。
その言葉に私は高校卒業するまで支えられ続けたのだった。


「かいちょー今日もかわいいよ!」


当時は生徒会に所属していた。ちなみにというか会長であった。高まったテンションで出した高い声がウケて当選しただけのボケナス会長であった。黒歴史だ。

性格も頭もよくない自分が何で立候補したのか。そういう気質だからだ。小学生の頃はずっと委員長だった。「ちょっとでもやりたいと思ったらやってみなきゃ気が済まない」そんなタチ。ていうか演説が好きなんだよね。人に話をタダで聞いてもらえるのすごくない?

まあいい。(まあよくなったのは最近の話だが)
さてそんなわけで生徒会に入っていた私はある日お仕事をしていた。委員会に選抜されてしまったみなさまをひとつの教室に集め、イベントのお題目決定会をしたのである。

まあそんなのって放課後に時間もらうしかないんでね。スムーズに定刻までに人が集まるわけもなく、大半が集まったのは30分くらい遅れてからだった。
一応はみんな帰りの最初のバスには乗れるようにプログラムを設定したんだけれども、みんなふざけるし、ようやく会議らしい会議がスタートしたのはバスが出る15分前だった。

委員会の仕事、そんなの誰もやりたくないよね。うんうん分かる。分かるんだけどさ!

そういうわけで、どうやらバスに乗れないのではと気付き始めた人々が私に詰め寄り始めた。

「バス間に合わなくね」
「これ何時までですか」

わき出る不満に私は眉根を寄せるしかなかった。それでこう言った。

「時間までに集まんなかったもんは、仕方ない!ごめん!」

え~~~という不満がそこらじゅうから噴出した。私に敵意を向ける人はいなかったが(いたかもね)、みんな困惑していて、私は私で仕方ないからさっさと終わらせるべく準備を始めた。
その時だった。最前列にいた女の子が叫んだのだ。

かいちょ〜!!今日もかわいいよ〜〜!!

一瞬私は呆気にとられた。まず自分をかわいいと思ったことはなかったし、クソズル戦法で会長にのし上がった女だから、てっきり嫌われていると思っていた。
私が曖昧に笑いかけると、彼女は私をもっと褒めてくれた。

「かわいい!」
「がんばって!」

その言葉に勇気をもらって、その会が終わったあともその言葉が胸から離れることはなかった。

顔へのコンプレックスだけじゃない


わたしは家系から見て超純粋な沖縄出身だけれど、全然濃い顔ではない。沖縄に詳しい人が笑顔を見てようやく「あんた沖縄の人だね」と気付くレベルだ。

それに陰気臭いやつだった。万年メガネの自分を恥じていた。似合わない度の強いメガネ。肌はニキビや湿疹があって、毛深くて、髪は量が多くて爆発してるし、目も当てられないなと思っていた。

口癖は「私コミュ障だから」「リア充爆発しろ」だった。こんな言葉を聞いて素敵だなと思う人はいない。地味でも性格が良ければ救われるだろうが、残念ながら私は当時から承認欲求のかたまりだったし、自慢話もするしであからさまに嫌われるぐらいの性格の悪さだった。
やさしさの塊みたいな友達のおかげで孤立していないだけだった。


そんな私を呼んで大きな声でかわいいと言ってくれたもんだから、本当に驚いた。幸いにも(?)周囲は気に留めておらず、私だけが彼女に注意を向けていた。

「本気にしちゃいけない」と思いながらどきどき背を向けて黒板と向き合った。

嬉しかった。

照れるとかいう次元を飛び越えていたので無表情だったが、喜びと元気が一気に突き抜けていった。

ちょっと体勢を戻して「ありがとう!」と言ってから作業に戻った。

その後

その後は別に何が起きたわけでもない。
会議は思ったよりさくさく終わったので「こんなならバス間に合ったじゃん」という声で溢れかえった。そしてみんな部活に図書館に塾にと思い思いの方に飛び出していって、かわいいと言ってくれた子もすぐ出ていった。

直視できなかったから覚えるも何もなかったが、うすぼんやりとしたその影がしばらくはずっと頭の片隅にいた。

そして未だに覚えているのはこの記事のとおりだし、冒頭の言葉通りわたしはこの言葉に高校卒業するまで支えられ続けたのだった。

なぜ高校卒業するまでか…というと、理由は単純で「大学生になったら自分でコンタクトが買えるようになり、化粧を覚え、そして彼氏ができたから」だ。

それまであの言葉に何度助けられたことか。

「ほなみっていうかー、◯◯(地味な名前)って顔だねw」と馬鹿にされたとき。
大学の受験票用の証明写真を撮ったときに父が「もっとどうにかならなかったもんかね」と嫌な顔をしたとき。
「かわいい方のほなみちゃん」が一個下に登場したとき。

その度に私の耳の奥で「かいちょ〜!!今日もかわいいよ〜〜!!」が響いた。物事を音で覚えるたちなので、本当に響いたのだった。


その後のその後の今

今はもう社会人六年目にもなって「清潔感と化粧と常識と思いやりと、空っぽでもいいから元気さえあれば人間関係はやれる」くらいのところまで肝がすわってきた。
それでもそれでも性根が卑屈なもんで頭を抱えることもあるのだけど、そういうときもまたあの時のことを思い出したら、フッと微笑みがこぼれる自分がいる。

いっそちゃんと近寄ってお礼を言うんだったなと思うけれど、それができる自分だったらたぶんここまであの言葉に助けられなかった。未来だって違っただろう。

今も昔の自分のことはきらいだ。黒歴史でげんなりしてしまう。でも、あの時言葉をもらって少し前進するぐらいの救いがある自分でよかったと思う。ちょっと強引すぎるかもしれないが。笑


さて。

おかげさまで元気です。
あなたのおかげで、あー、そうだなあ、もっとかわいい私になれました。あなたのことは全然知らないけれど、きっととびきり素敵なひとなんだろうな。

お会いすることはないでしょう。でもありがとう。ずっとずっとありがとう。どこかで幸せに暮らしていてほしいあなたに、この喜びがほんの僅かにでも、頬を掠める程度にでも、いつか届きますように。

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