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ショートショート|お盆の来客
「お盆の来客」
寮は静かだった。
人気というものがない。廊下も談話室も、食堂も薄暗く静まり返っている。
いつもは順番待ちで洗濯籠の行列ができているランドリー室の廊下も、一枚の靴下すら落ちていない。
一週間溜めに溜めた洗濯物を洗濯機に突っ込み、床に転がっている誰かの洗剤を適当に入れ、運転ボタンを押す。
洗濯が終わるまで談話室のテレビを独り占めにしようか。
ごめんください。
ふと、軽やかな声が聞こえた気がした。
むくつけき野郎が住まうこの寮に、女性の声が聞こえるはずがない。そもそも、夏休みの現在、ほとんど住人がいない。
そんなまさかね。
空耳だろうと思いつつも玄関に向かう。
美しい女性がいた。
白いワンピースと手に持った麦わら帽子。
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」
「いえ、こちらこそ、なんかすみません」
「あの、学生さんは、いらっしゃらないのかしら」
透き通るような声が、仄暗い玄関に響く。
「はあ、大方実家に帰ってますね……」
「……そう」
女性はあからさまに肩を落とした。
「どなたかにご用ですか?」
なぜか聞かなければならない気がする。
「白石充という学生さんなのですけれど」
女性が口にした名前は、大学一のモテ男と名高いイケメンのそれだ。そして、例にもれず帰省している。
「充さんなら、ご実家ですね……」
かのモテ男も罪深いことをする。
夏休みに寮に訪ねてくる美しい女性がいるのに、全てをほったらかして母親の飯を食いに帰るとは。
「連絡先はご存知、ないですか?」
咄嗟に出た使い慣れない言葉。
女性は首を左右に振った。
「良ければ連絡してみましょうか」
「いいのよ。出直すわ」
「い、いらっしゃったこと伝えますから、お名前を」
俺は、なんでこんな必死なんだ。
まるで中学生みたいじゃないか。
「フフ、優しいのね」
女性の微笑みに、頬がカッと熱くなった。
「瑠璃子よ」
「るりこ、さん」
「ええ、瑠璃色のるりに子どもの子。あの子によろしくね」
中略
「え?俺に客?」
「ええ、白いワンピースの女ですよ。すっごい美人でしたよ」
白石充は、その女になんの心当たりもないらしい。
あんな美人を放っておくとは、さすがのモテ具合だ。
「瑠璃子さん、とか言ってましたけど」
「……へえ。こっちに来たんだ。父さんと墓参りに行ったのにな」