4度ブラック企業に就職しての鬱になった時の体験談
この記事には鬱になる情報が大量に含まれます。苦手な方は閲覧をお控えして下さい。
この記事を書いた理由
・これから就職して働き始める方々の参考になればと考えた。
・同じような境遇で生きている人が何かを変えるきっかけになれば。
そもそも鬱ってなに?
マンガでわかる心療内科 より
https://yakb.net/man/79.html
前置き
私自身の人生の大体25%~33%くらいは鬱の時間でした。世の中では約15人に1人の割合で鬱状態になるようです。高校時代は他人との接し方が分からなくなり鬱になったり、大学時代は入った研究室でアカデミーハラスメントに遭い、就職してからも、パワーハラスメントや裏切り、過労で体調を崩すなど、正直生きてて良かった、楽しい人生を送れたとは口が裂けても言うことが出来ません。ただ、その経験があったからこそ得られた教訓や経験があり、忌々しいことですがそれが今の自分を形成しています。その体験を共有することで、新たな被害者を減らすことが出来る、または何かのきっかけになるのではないかと思い、書き連ねてみた次第です。
1度目の就職
勤続年数:約1年
症状:鬱
最初に就職したのは、地方にあるハンバーグ製造会社の営業職でした。就職したきっかけは、就職活動に難航し様々な会社を受けざるを得なくなり、その中でやっと偶然内定が出たからでした(今思えば就職活動でどういう風に自分をアピールすればいいのか、まったく分かっていなかったため難航したと思います)。
待ち受けていたのはパワーハラスメントやモラルハラスメントの嵐
営業職は私を含めて3名、うち2人は他の職場から転職してきた50代のおじさん。うち1名は高卒で働き続けていて、大卒者に対して明らかに敵意を持っていました。この会社にとって、私は初めての大卒で新卒の社員でした。恐らく人の育て方をまったく分かっていなかった部分があったのだと思います。
はっきり言うと、ここで学んだ仕事は一つもありませんでした。
仕事を教えるにしても、全てこちらからの質問待ち。アルバイト経験はあるものの、初めての仕事であった私はそもそもどこからさえ仕事に手をつければいいのか全く分からないため、そもそも質問すら出来ない状態。それにダブルバインド(矛盾のある指示や教育をする方法。例えば「○○に電話しろ」と言われて電話すると、「勝手に電話するな」と怒られる)が多く、次第に何も出来なくなっていきました。委縮した私を見て更に言葉による攻撃が増えていき、仕事についてだけではなく、喋り方や歩き方、今までやってきたこと全てを全否定され、ますます委縮していきました。挨拶しただけで殴られたこともありました。それは仕事の時間内だけで収まらず、仕事が終わって家に着いたタイミングで上司から電話がかかってきて有無を言わせず無理矢理飲み屋に連れ出され、そこでも人格などを全否定され続ける毎日を過ごしました(行かないという選択もできますが、行かなければ次の日に「なぜ来なかったのか」と永遠になじられて続けるのが目に見えていました)。
それが3か月ほど続くとまともに食事を摂ることも出来なくなり、何をするにしても恐怖を感じるようになっていきました。それでも永遠にハラスメントは続いていたので私はこう思うようにしていました。
「私はもう人間ではただのサンドバック。自分に心という概念があるから苦しいんだ。なら、何を言われても何も感じないようになればいいんだ」。
結局、異常な環境から逃げ出すという選択肢自体を考えることすら出来ず、自身の人間性を放棄してただ殴られるまま、言われるままで居続けるだけの人間ではない何かになっていました。
のちに調べたら、これは多重人格になるきっかけになる行動だったようです。そこまでになると自身が楽しいと思っていたはずの趣味でさえも楽しいと思えなくなり、わずかな自分の時間は何もやる気が出ないし、ひたすら体が重く、何もしないで体を横にしていただけでした。
上手く眠ることも出来なくなり、死んだ方が遥かに楽だと思い、包丁を握ったことは多々ありました。ただ、それが出来なかったのは、そういう時に限って「もしかしたら明日には全て変わって苦しみから解放されるのではないか」という何の根拠もない希望が湧いてきて、結局泣きながら苦痛しかない明日を迎え、何も好転するはずがない、死にたくなるだけの今日がただただ過ぎるのを待つだけでした。
退職できたきっかけ
自身が鬱になっているかもしれないと思って、病院に行ったことが会社に漏れたからだと思います。病院に通ったのはただ1回のみでそれ以降は行かなかった(どうせ鬱が治ってもどうしようもないだろうと諦めていた)のですが、それが会社に漏れた時、このまま私を雇っていても何も利益がない、あわや自殺なんてされたら会社に損害が出ると、考えたためだと思います。
そういう体験をして学んだこと
・鬱になった時点でもはや正常な思考は出来ない。
・怒る、叱責して人を委縮させてしまうのは重大な損害
2回目の就職
業種:販売(コンビニエンスストア)
勤続年数:恐らく3年
症状:特になし
就職としては特殊で、アルバイトとして働いていた、家族で経営している大手コンビニエンスストアの「店舗の正社員」雇用されました。(アルバイトの際に自主的に試食販売による販促活動やPOP作成など積極的に活動しており、その活動が認められたため)。体力も回復したし、そろそろ就職活動を始めようとした際にその店舗のオーナーに声を掛けられて、以下の条件ならOKだと提示し、それに対して善処するという返答を得たので、そこで仕事をすることにしました。
・月給16万円以上
・週5日勤務
・生鮮食品の発注を任せてもらえる(その教育もあり)
就職した結果・・・その約束を全て反故されました。
月収は12万ほど、週6日勤務(しかも6時から9時、13時から17時という変則労働で、オーナーである自分たちは週5日労働、後で知ったがこの働き方もおかしかった)、生鮮食品の発注はさせない。さらに社会保険に加入しない(社会保険は週労働時間が20時間以上、最低でも31日以上働く見込みがある、学生でない場合は強制加入)。 それでも改善されるかと思い努力をしていたが、状況は一行に改善しなかった。
極めつけは 勤務終了後39℃の熱が出て、次の日休みたいと連絡したところ、「熱ごときで甘えるな。悲しいけど、これ仕事なのよねえ」とかいう散々なメールを送りつけた挙句、本当に出社させる鬼畜・・・。
こいつら従業員を使い捨てにする屑だな、騙して使い倒していたんだなと気付き、転職をしました。(後日、その店舗で働いている自分の娘が熱を出した時はしっかり休ませるというふざけた行動をしていた。)
これ以降「セ」から始まるコンビニだけは死んでも利用しないと心に決めた。
・学んだこと
契約はしっかり書面で持ってお互いに確認しながら行う。決して口約束で終わらせない。
善意で仕事をしてはいけない
いいように利用されて終わるから。
コンビニエンスストアの運営は本当に闇が深い
オーナーの話だとフランチャイズ料(店舗の名前使用料)で売り上げの7割が本店に持っていかれ、残りの3割で従業員の給料や商品の発注などをやりくりする必要がある。そりゃあ、コンビニ経営者も自殺するわな・・・
3度目の転職
業種:移動販売(移動スーパー)
勤務年数:6か月
症状:鬱、過労による自律神経失調症
軽トラックの後部に冷蔵庫をつけた車両で得意先(個人)を回ったり新規顧客を開拓する仕事。
ノルマがないこと、買い物が困難な人の役に立てるかと考えたこと、何より前職のくそコンビニを早く辞めたかったため、転職を決意しました。
・ノルマはあるが重要視しないと言われたのに・・・
入社後ノルマを超えることが最低条件であることが発覚、早速騙されました。そして週6日朝6時30分出社、夜11時頃解散(17時間労働)で、休みがないこともある(入社1か月間休みがなかった)。さらに扱っている商品の質が低く、さらに高い。(扱っている惣菜類の質が特に悪い。例えばエビチリがただただ甘く、半分以上が衣でさらに高い)。
しかし、ノルマがあったのでそれを達成するためにはそのような粗悪な商品を売らなければいけない。利用者を騙して販売しているような罪悪感に苛まれました。
燃料代は支給されましたがそれを超えた分は自腹(もちろん足りないから自腹で給油)。コースが長い場所では休憩は取れず、仕事時間中ずっと運転をしていることもありました。(そもそも軽トラックだと座席を倒せず、足も延ばせないので長時間座っているだけでもろくに休めなかった)。また、冷蔵に使うエネルギーを節約するため基本的に冷房は禁止。軽トラックは椅子のすぐ下にエンジンがあるので、室内が過熱状態になることが多く、夏場は室内温度が40~50℃あるんじゃないか、という環境で意識をもうろうとさせながら仕事をしていました。
・不幸になるため、死ぬために仕事をしている・・・?
開始1か月後、激しい肩の痛み頭痛が出始めました。初めて休みが取れた時は体が重くて動かずただただ寝たきり。食事だけは取らないといけないから(基本的に何かしている暇があれば身体を休めたいという衝動が強かったため、食事を摂ることは珍しかったけど)夜6時ごろに無理矢理体を動かして食料品を調達。それが終わるとまた次の仕事のための準備・・・。もはやなんで仕事をしているのか分からなくなっていました。
大体2か月ほどした辺りから判断能力が低下し始め、軽トラックごと川に落ちそうになったり、運転中に意識を失い、気が付いた時には目的地周辺だったという(大体1時間ぐらい意識がない)ことが多発するようになり、これはそのうち人を殺すか、事故を起こすだろうなと覚悟していた(今思えばこの時点で辞めるべきだったが、正常な判断が既に失われていたので、そうなったらやっと楽になれるだろうなという感覚しかなかった)。
5か月ほどした辺りでいくら水分を補給してもずっと喉が渇いている状態(自律神経失調症)になり、とりあえず、死後処理に困らないように遺書を親に送り付けたタイミングで親にドクターストップをかけられた。その後、大体6か月後に退社。休養していたが、1か月くらい熱が下がらない状態が続きました。
4度目の転職
業種:卸売業
勤務年数:5年間
前回の過労から体調も回復したため、花市場に併設された、花屋の組合に就職。花屋のみに花関連資材の販売やイベント運営のサポート、花の商品券の精算、販売業務などに従事しました。
これまでに比べて天国のようでした。通勤に1時間ほどかかるが残業はあっても1時間ほど、理不尽なパワハラや暴力などもほとんどなし(関わった人が軒並み辞めていく問題行動の多い、難癖ばかりつけてくる頭のおかしい上司がいたが、そのくらいはもう余裕で対処できる)。
初めてまともに働くことができる場所を見つけられ、仕事を覚えた後で業務改善の為に独学でVBAを学習して業務を自動化したり、簡略化したり、資材の紹介のために花教室に通って花の飾り方を学んで、それをフィードバックしたりと積極的に活動していました。花屋のみが参加できる大会に内緒で参加させてもらったり、ハーバリウムが流行する前に商品一式を購入し、ハーバリウムを花屋に教えたり、宣伝活動に貢献してきたという自覚がありました。
ただ、そんな働き方も長く続きませんでした。
・人手不足がブラック企業化への引き金に
残念ながらここは離職率が高かったです。一部のおかしい上司のせいもありましたが、花屋のみを対象に販売していたせいもあったと思います。というのも、花屋は個人、家族経営者などの小規模経営が多く、花屋以外の社会経験がない人、言わば社長以外したことがない人達が多かったため、理不尽な内容を要求されたり、無茶苦茶な理論でキレ出す人が多かったです。そのため新しく入社した人から順に辞めることが多く、人がなかなか定着しませんでした。そのため、あるタイミングで正社員の採用を控えて、パートを増やすという方針が取られました。同時に年を追う毎に倒産する花屋が多くなり始めたため、少しずつ経営が悪化しておりました。そのため人件費などの費用削減が重視され始めました。
・昨日いた人が今日はいない
昨日いた人が忽然といなくなることが2回発生し、今までギリギリの人数でやっていたことが破綻し始めました。今まで、約2分に1回かかってきた電話に対して、これまで3人で対処していたのが1人で対応することになり(内容もメーカーへの在庫確認や類似商品の提案依頼、納期確認、商品の積み込み依頼など処理に少なくても5分くらいかかるものが多かった)、そこに発注(店内アイテムだけでも2000以上、店内にないものは別途取り寄せ)、来客対応(レジ対応や商品の積み込み、商品の発送処理、注文受付)、商品の入荷処理などがある中で、別途やイベントの立案や対応なども重なり、日に日に仕事が積み重なってきました。
ここまで窮地に陥ったのは組合の運営者である理事の責任が大きかったと思います。組合の意思決定は花屋の社長が運営している理事会であり、現場の業務内容や状況を全く知らずに様々なことを決定するため、現場の負担が大きくなっていったのが原因でした。また、花屋は「花が好きで堪らない」人達がやっている事が当たり前のため、週6日勤務、長時間労働、低賃金が当たり前の環境が多いため、普通の労働環境とはかけ離れている事が多かったのも要因だったと思います。
ということで、時間内に処理しなくてはいけない業務が倍増し、更に残業時間も増えていったため、どんどんとブラック化が進行してしまったのでした。
私の最終的なスケジュールは
朝6時40分に家を出て
(道路の混雑状況で通勤時間が変わるので遅刻防止のため)
8時30分仕事開始
17時30分残業開始
そこから平均約3時間残業
40分かけて帰宅(大体22時あたり)
という、前職とあまり変わらないタイムラインでの仕事になってしまいました。趣味に対して興味を持てなくなり、理不尽な対応に対して感情の制御が効かなくなり始め、特にストレスが食欲に大きく影響が出るため、1日の食事がおにぎり1かじりだけ、という状況が長く続いてしまいました。食事を摂る暇があるなら少しでも脳を休めたかった。
退職に踏み切れた理由
これまでの限界まで働き続けた経験があったため、「これ以上は精神、体がおかしくなる」と感じたため、また、花業界の主な収入は冠婚葬祭で、今後縮小していくだろうと予想で来ていたので先を見据えて自ら退職願を出しました。
その後、1年間休職していました。
とりあえず、このような経験をしてきました。以下で私が経験したブラック企業の特徴をまとめてみたいと思います。
・ブラック企業の特徴
「ここが務まらないと他の仕事なんてやってられない」と脅しをかける。
これは良くありました。これを言われると「世の中ってこんなものなんだ・・・」と思ってしまい理不尽なことを受け入れてしまうのだと思います。これを言っている人は恐らくそのような環境しか経験していないか、その会社でストレス発散など甘い汁をすすっている人、ストレス耐性が高い人、またはその会社にしか勤めたことがない人なのだろうと思います。
アットホームな職場
これが必ずしも悪いとは言えませんが、インターネット上では見える地雷と言われていることが多くあります。社員は「家族」だから協力しあうのは当然、といって法律上違法なことであってもうなむやに済まされてしまうことがありそうです(家族経営の会社で経営があやふやなところも同じかもしれません)。
離職率が高い
人の入れ替えが早いということは「人が簡単に辞める原因になるものがある」(低賃金、ハラスメント系、労働または環境または人間関係が悪いなど)があるということだと思います。直接聞ければいいのですが、印象は悪くなるでしょうし・・・。その職場の年齢層(高齢者に比べて若年層が少ないなど?)を見ることである程度は判断できるかもしれません(高齢者が比較的多い=若年層がすぐに辞めてしまう。高齢者は再就職先が見つかりにくいので悪い環境でもしがみつかないといけない傾向があると思います)。
根性や努力を美化しすぎている傾向がある
昭和系の会社に多いかもしれません。過程を効率化して時間を短縮することよりも、効率が悪くても時間をかけて仕事することに重きを置いている会社だと、仕事が増えていくと処理しきれなくなって山積みなってしまい、いずれは他の会社に置いてかれてしまうと思います。
・ブラック企業につぶされないために
友人や家族などと定期的に連絡を取り合う
定期的に連絡して自分の現状と比較しあうことで、仕事に対する感覚を狭めないで済むかと思います(他人の芝生は青く見えるという言葉もありますが・・・)。それ以外にも、自分では気づかない自分の変化に気づくことが出来るかもしれません。
これは自分の経験ですが、鬱状態になると思考能力が低下して、何事も悲観的に考えてしまう傾向があります。私自身長時間労働やパワーハラスメントで明らかに体や精神に異常が出ている時でも、その環境から逃げることが最善なのに、ずっとその考えすら浮かばずにその時間を長く過ごしてしまいました。もしあなたがそうなってしまい、一人で孤立してしまっていたらそこから抜け出すことが難しくなってしまい、悪化の一途をたどってしまうかもしれません。友達がいなくても幸い今はSNSで不特定多数と情報交換することが出来ると思います。ただ、鬱状態だと耳障りのいい言葉に依存してしまったり、悪意ある人に騙されることがあるかもしれません(私自身も極酷い鬱状態になった時、希望がある占いにすがってしまったことがありました)。
専門的な人に相談してみる
精神的なもので病院にかかるのは敬遠されがちですが、病院には当然専門家がいます。なのでその方々を頼るのは悪いことではなく、むしろ一番の近道だと思います。また、労働環境に問題があると感じましたら労働基準監督所などに相談してみるのも一つの手だと思います(言ったところであまり役に立たなかったなどの話を聞いたことがありますが・・・)。
求職内容をよく確認する
当たり前かもしれませんが、求職内容をよく確認しましょう(その内容が本当かどうかは分かりませんが)。あまりしつこいと印象が悪くなってしまうので採用決定時にお互いで指差しをするぐらいでもいいかもしれません。
人によっていい環境、悪い環境は違う
みんなそれぞれ違いますので、人によって耐えられることや耐えきれないことなどが異なります。私が経験した環境でも人によっては天国だったり、私にとっていい環境であっても誰かにとっては地獄かもしれません。なので自分にとってどの環境が合っているか、厳しいか把握する必要があると思います。しかし、その辺りは自分で経験しないと分からないことが多いかと思います。自分にとって何が大事なのか、今後どうして生きたいのかなどを考え続けていくしかないのかもしれません。
もし、あなたの周りに鬱の人がいたら
マンガでわかる分かる心療内科より
https://yucl.net/man/17.html
励ますのは逆効果
私自身「頑張れ」とか「そんだけ死にそうな経験したんだからもっと色々出来るんじゃない?」など言われたことがありますが、それは逆に辛かった記憶があります。「頑張れ」と言われると、「今以上に頑張らないといけないのか…」と更に憂鬱になっていました(ただでさえ大きい壁が目の前にあるのに、それ以上の大きな壁がそびえ立つような感じでした)。物事を全て悪い方向に考えてしまうので、どんな言葉でも悪く捉えてしまってました。正直関わる側も厄介だったと思いますし、私自身どうして欲しかったのか未だに分かりません。
ただ、私自身が鬱から抜け出せたのは環境が変わったこと、充分な休息が取れたこと、がきっかけになっていたと思います。なので私が求めたのは環境を変えるためにゴールを示してあげて、それを達成するために一緒に行動してあげる、ということだったのかもしれません(エネルギー切れ状態の身に、解決策を示してあげるだけだと行動を起こせたと思えない。多分諦めて沈んでいくだけの気がする。正直、1人では抜け出せる気がしない。)。かといって他人のためにそこまで動くのはなかなか大変だと思うので現実的ではないように思います。
心療内科の先生はただ聞いてあげて、認めてあげるだけでいい、と書かれています。そうしてあげてそれとなく専門家を頼るようにするのが良いのかなと思います(1度鬱で病院に行ったけど、どうせ今の状況が続くなら治療しても意味が無い、と通院を辞めてしまった身ではあるのですが…)。