いわさき

島や半島から内陸に来ました。 食を作っています。

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最近の記事

平手打ち

…っつ!これは強烈な一撃ですね。確かに私があなたにしてしまったことを考えれば、どうしてあなたがここまで怒るのかも理解できます。ただし、私にはひとつ納得のいかないことがあるんです。どうして私に平手打ちなんかしたんですか?いや、わかりますよ?あなたが怒りのあまり暴力衝動に駆られてしまうのは当然ですし、これは私に責任があります。ただ、どうして平手打ちだったのかな、と。ほんとうに怒りに駆られた結果の平手打ちなのかな、と。だって、平手打ちって、よし、いまから平手打ちするぞ、って思わない

    • 合掌

      作家、ミラン・クンデラ氏が亡くなったというニュースを知人経由で聞いた。冷戦時代に共産党支配のチェコからフランスに亡命した作家で、ソ連の秘密警察と関係があったとかなかったとかも言われている。享年94歳、偉大な(といわれている)作家にしては長寿を全うしたんだなあというのが正直な感想である。94年の人生は彼にとって長すぎたりはしなかっただろうか。  先日、久しぶりにおばあちゃんの家を訪ねた。おばあちゃんは数年前より認知症をを患っていて、訪問する度に「結婚祝いは渡したかしら」と聞い

      • 啓蟄

         啓蟄。旧暦の季節区分。土の中で冬籠りしている虫が穴を啓いて動き出すころ。現代の暦では3月6日頃から春分までの季節を表す。春のあたたかさを、視覚や嗅覚だけでなく肌で感じられるようになる頃合いで、人々の行動も少しずつ活発になっていく。  大観峰、阿蘇のカルデラを一望できる展望台へ向かう道中は、ライダーの波のようだった。ご機嫌にエンジンをふかすおっきな二輪に何台も抜かされ、辿り着いた駐車場は、画面の中でしか見たことのない東南アジアのような駐輪の量だった。阿蘇の今は野焼きの時期で

        • YRP野比に住むとは思っていなかった

           最寄駅がYRP野比駅になった。京急線を使うと路線図の端っこの方に載ってるのが見える一際目を引く名前の駅。YRPはどうやら何かの研究所の集まりで、その最寄駅で、地名が野比だからYRP野比のようである。研究所というのはどうやら自己顕示をしたいものらしい。  生まれも育ちも横浜だった私は、しばしば京急線を利用することがあったのでYRP野比駅を知っていたし、YRP野比駅は縁のなさそうな所だなあと思っていた。1000万人弱の横浜市民の殆どは同じようなことを京急線に乗っていて思っていた

          排水

           新生活の住居には浄化槽がついておらず、排水がそのまま川に流れるらしいので、洗剤等は川を汚染しない素材を使うように、と大家さんに伝えられた。トイレはどうしようもなくないか?と思ったけれど、トイレは普通に流していいらしい。基準があまり分からないけれど特段困ることもなさそうなので、とりあえず化学物質の含まれていない洗剤や石鹸を使っている。  家のすぐそこには排水が流れる小川が通っていて、お風呂に入るとき、湿気が溜まらないように窓を少し開けると、せせらぎの音が聞こえてくる。これが雨

          みかんの群れ

           最近の休みの日はみかん農家さんのお手伝いに行くことにしている。みかんの絶妙な「なくても困らないけどないと困る」感が好きなので、謝礼にもらえるたくさんのみかんがほんとうに嬉しい。今も我が家の一角が橙色に光を反射している。  みかんのお手伝い中は好きなだけみかんを食べてよいことになっているのだが(なんと太っ腹なんでしょう)、収穫作業をしていると木によってみかんの状態が違うこと、同じ木でも実る場所で味が異なるということがわかる。すぐ隣同士の木でも、明らかに触った時の皮の硬さが違っ

          みかんの群れ

          手仕事

           クエ縄漁は、少し遠くの舟で待つ漁師のおっちゃんの顔がぼんやりと霞んで見えるくらいの日暮れの時間に出港する。仕掛けを落とすポイントを探すのに小一時間ほど舟を走らせていると、西側の空は素人の水彩画のように立体感を無くし、東側に座る友人の顔が段々と輪郭を無くし、気がつくと照明が点けられていた。夜の海の上は、視界に島が目に入っているのに、一人で舟に乗っているわけではないのにひどく孤独で、古人が舟旅のポエムを書き連ねてきた歴史には思わず頷いてしまう。  漁の方法は、全長1kmくらいあ

          美術館にまつわる諸々

           久しぶりの美術館で、まずは目玉の日本庭園を眺める。庭園の手前のところに立つ大きな石碑に、「◯年連続日本一の庭園」と刻まれていた。この石碑は毎年掘り直しているのだろうか。日本一の庭園にはあまり立っていてほしくない石碑だったが、集客のためには自身で誇らざるを得ないのだろう。庭園そのものはとても素晴らしかった。  通路には金箔で飾られた古道具が展示されている。硯や箪笥、化粧台などの日用品が絢爛とした装飾を纏ってガラスケースの中に鎮座している。元々はどこかの上流階級の家庭で使われて

          美術館にまつわる諸々

          台風の前日

           お昼に訪れようと思っていた定食屋がいつもよりも早じまいしていた。明日から台風が通過するらしいが、今日の昼の時点ではまだ少しばかり風が強く、空が晴れているのに濁り始めたくらいである。仕方がないのでパンでも買おうと直売所に寄ると、どの買い物客のカゴの中身もいっぱいである。レジで店員さんとおっちゃんが「この時間に来るのも珍しいねえ」「今日は台風だから早じまいしてきたんたよ」などと話を交わしている。今日行こうとしていたお店の人だろうか。  帰り道は心なしかいつもより車通りが多い気が

          台風の前日

          脱毛広告のある生活

           そういえばこちらに引っ越してからYouTubeで脱毛の広告を見る回数がめっきり減った。島にくる前は学園都市で若い人がたくさん住むつくば市に在住していたので、「つくば市にお住まいの20代のみなさーん!!!朗報です!!!」みたいなやつが動画間によく流れていたものである。広告主からすれば、若者の多いつくば市は恰好のビジネスの場であろうし、島根の離島なんかは広告費を出すだけ無駄なのだろう。近年の脱毛広告によるフーコー的な権力に怯えながら生活している私にとっては、居住地が脱毛広告の手

          脱毛広告のある生活

          シネマ

           六つの島を経由して、本州と四国を結ぶしまなみ海道、その本州側の入り口にあたる尾道という町、山の斜面には歴史を感じる古い街並みと狭い路地、商店街には古本屋やアートが佇む町、そんな尾道という町には、シネマがある。映画館ではなく、シネマ。なんと素敵な響きであろうか。調べてはいないけれど、多分フランス語だとおもう。シネマ。のっぺりとしながらも、涼しい顔をした響きが、なんとなくパリジェンヌっぽくもある。パリジェンヌに会ったことはないけれど。シネマ。パスピエというバンドに、「シネマ」と

          「マスクドシンガーが面白くなかった」

           「マスクドシンガーって知ってる?この前プライムビデオで観たんだけど、全然面白くなかっんだよね」 最近、マスクドシンガー2が配信開始されたようで、以前友人がこんな感想を話してくれていたのを思い出した。  このマスクドシンガーの感想の話は、脈絡もなく会話に現れ、特にマスクドシンガーを乏しめていた訳ではない。ただ、面白くなかった、という感慨を話していただけだった。オチも展開もない話で、彼は、ただ「マスクドシンガーが面白くなかった」ということだけを話してくれ、具体的にどう面白くなか

          「マスクドシンガーが面白くなかった」

          吹奏楽部は夏の季語

           毎年この時期になると、高校野球関連のニュースでメディアが埋め尽くされるが、中高時代に吹奏楽部に所属していた私にとっては、夏のコンクールの話題をよく目にする時期である。最近ネットで見た記事に、「稲川淳二」が俳句協会によって夏の季語に指定されていた、というものがあったが、「吹奏楽」とか、「コンクール」とかいった言葉も、きっと季語に指定されているのだろう。調べたわけではないけれど、あれだけよく目にするのだし、「稲川淳二」が季語なら、それくらい造作もないことだろう。  といっても、

          吹奏楽部は夏の季語

          はじめての海水浴

           フランス文学のバカンスのシーンに心惹かれ、休日に海水浴に出かけてみる。原付で島を横断し、20分くらいかけて、砂浜のビーチへと赴く。この場所に砂浜を、作るために、香川から砂を取り寄せたらしい。これらの砂を運搬した船は何を思って瀬戸内海を抜けてきたのだろう。  記憶にある限り、海水浴なんてした覚えがない。ビーチに到着すると、家族連れが2,3組、老夫婦が1組、ステッカーを貼りまくったパソコンで内職をする若い監視員と、少し遠くにスピッツの懐かしい弾き語りをする若い女性が一人。悪くな

          はじめての海水浴

          「「「「「イルカも泳ぐわい。」」」」」

           『千夜一夜』をご存知だろうか。俗にいう『アラビアンナイト』のことだが、このタイトルだと、どうしても西の世界からの余計な文脈を持ち込みかねないので、ここはひとつ、『千夜一夜』という呼び名にこだわりたい。ざっくりしたあらすじは、ある国の王さまが、とあるきっかけで女性不信に陥り、毎晩国の女性を招いては一夜を共にし、夜明け前に殺してしまうという行為を繰り返す。この残虐な習慣に対し、大臣の娘であるシェヘラザードは、この残虐な行為を止める術があるといい、王様の元へ乗り込む。シェヘラザー

          「「「「「イルカも泳ぐわい。」」」」」

          魚に呪われる

           料理学校の生徒である以上、毎日のようにたくさんの魚を卸します。今日は鯖を22匹卸しました。22匹分の頭を落とし、22匹分の血をシンクに流し、22匹分の内臓を引き摺りおとし、22匹分の脊髄を外し、食す部分以外をボウルにまとめておくと、そこはちょっとしたB級ホラー映画のワンシーンのようで、時々今まで卸してきた魚に呪われるのではないかとゾッとすることがあります。4月から、もしかしたら千匹くらいは魚を卸してきたかもしれません。その怨念はたった3ヶ月半でも途方もないものでしょう。  

          魚に呪われる