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レイプ魔は、なぜ女性刑務所に収監されたのか~アイラ・ブライソン事件の衝撃~
再犯の可能性が高い「トランス女性」
スコットランドでとんでもない騒動が持ち上がりました。レイプ犯が犯行後に性転換し、トランス女性となって、女性刑務所に入ったという、アイラ・ブライソン”事件“です。自治政府の首相が辞任する一因になったほどの激震でした。BBCも大きく報じています。
31歳(2023年3月7日現在)のアイラ・ブライソンは、かつてはアダム・グラハムと名乗る男でした。2016年と2019年にクライドバンクとグラスゴーで2人の女性を襲いました。
被害者女性には気の毒ですが、そこまでなら、メディアを賑わすほどの事件ではなかったでしょう。今回が違ったのは、犯人が犯行後に性を変えたと主張し、名前も姿も女性風に変えたことでした。
法廷で裁判官は、ブライソンは再犯の危険性が高いと認めました。2023年1月24日に下った判決は、8年の懲役刑でした。
ところが、です。
その再犯の恐れが高いレイプ犯が収監されたのは、スターリングにあるコーントン・ヴェール(Cornton Vale)女性刑務所だったのです。
この措置は、瞬く間に政治問題化しました。女性はもちろん、男性も大反発したのです。
英老舗地方紙「Express & Star」によると、スコットランド保守党のダグラス・ロス党首は、ブライソンを「野獣」と呼び、
この二重レイプ犯は、警察に起訴された後に性転換を決意した。この犯罪者が性転換を決意するためには、刑務所に入るという脅しが必要だった。それは偶然ではなく、意識的な決断だ
と断言しました。
ブライソンの別居中の妻、ショナ・グラハムさんさえも、容赦ありませんでした。
・男として罪を犯したのだから、男の刑務所で服役するべきだ
・夫が女性になりたがっているなどということは、交際中に一度もなかった
・ブライソンは女性用の刑務所で刑期を終えて楽になることを望んでいたと思う
・彼が刑務所で朽ち果てることを願う
身内からもこういわれるくらいですから、余程人望がないのでしょう。
批判を受けて、刑務所の運営に当たるスコットランド刑務所サービスはブライソンを数日後に、男性刑務所に移し替えたのでした。
「性自認」重視の女性首相が辞任へ
それにしても、なぜブライソンは、一度は女性刑務所に収監されたのでしょうか。後にも述べますが、世論の反発は十分に予想されていたのです。
トランス・ジェンダーに寄り添うのは、与党・スコットランド国民党(SNP)の方針でした。党首で、自治政府の首相だったニコラ・スタージョン氏(女性)の信条だったのです。
スタージョン氏は、自認する性を幅広く認めるべきだと考え、首相&党首として、自己申告で法的な性を柔軟に変えられる新法案を推進してもいました。
スコットランド自治政府が用意した法案は、「性別承認改革法案」とでも訳すのでしょうか。「Gender Recognition Reform Bill」のポイントは次のようなものでした。
申請先は、中央政府の「性別認定パネル(Gender Recognition Panel)」ではなく、スコットランド自治政府の「登録長官」に。
医師による診断書やエビデンスの提出が不要に。
申請者は、申請前に少なくとも3ヶ月間(現行は2年間)、獲得した性別で生活し、獲得した性別で永久に生活するつもりであるという申告が必要。
申請者の最低年齢を現在の18歳から16歳に
性決定の権限を国から自治政府に移管し、認定制ではなく登録制にし、申請年齢を2歳引き下げ、医師による診断書もいらず、後天的に獲得した性別で生活した期間も大幅に短縮することで、より多くの人が、より簡単に、自己申告に基づいて性を変えられるようになることを目指したのです。
しかし、この法案を懸念する声も多く上がりました。自己申告で女になったトランス女性が、女性用の風呂やトイレなどに入ってくるかもしれないことへの恐怖でした。
賛否が割れる中、法案は2022年12月にスコットランド議会を通過します。しかし、社会的混乱を懸念する英(中央)政府が、施行にストップをかける異例の事態となっていたのです。
そのさなかに起きたアイラ・ブライソン"事件"ですから、その政治的衝撃は巨大でした。1か月後の2月15日、スタージョン氏は突然、首相の辞任を表明したのです。
氏自身は、"事件"を辞任の理由とは説明していません。スコットランド自治政府も「法案と”事件”は無関係」とコメントしています。しかし、BBC政治記者のリンジー・ビューズ(Lynsey Bews)氏は
アイラ・ブライソン事件は、スコットランド政府にとって間違いなく最悪のタイミングで報道され、世間に注目されることになりました。
と指摘していますし、ジャーナリスト、コリン・ジョイス氏はニューズ・ウィーク誌のコラムで、首相の辞任について、「性別変更の法案が決定打になった」と明言しています。
ところで、アイラ・ブライソンの女性転換は、どこまで”本気”だったのでしょうか。
自治政府が本人に調査していますが、個人情報が含まれているという理由で報告書の全文は公開されませんでした。ブライソンの弁護士、エドワード・ターゴウスキー氏は
依頼人は何年も前に性転換を決意し、「最大限の」投薬を受けており、性別適合手術のためにNHSの待機リストに載っていた
と法廷で弁護しています。
ただ、今回の場合、問題の本質は”本気”度にはありません。申告の性をそのまま法的に認めるのなら、”本気”もなにもなく、本人が女性といえば女性なのだという点にあるのです。
ハリーポッターの作家も”参戦”
この”事件”や法案は、スコットランドばかりかイギリスの国境も超えて論争を巻き起こしています。これからも当分論争を引き起こすでしょう。
ハリーポッターシリーズで知られる作家、JKローリングもその一人で、彼女は自己申告で性を簡単に変えられる法案に反対し、「スタージョン首相は女性の権利の破壊者」と書いたTシャツを着た写真をSNSに投稿しました。以下のサイトでは、過激なトランスジェンダー保護論である「トランス・アクティビズム」に懸念を示しています。
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彼女は、自身が「トランス・アクティビズム」への反対を表明したことで、心無い中傷や非難を受けたことを打ち明け、
多くの女性がトランス活動家に恐怖を抱いているのは当然です。彼女たちは、Doxing(インターネット上で、特定の個人や組織の個人情報を収集し、公開すること)や、仕事や生活の基盤を失うこと、そして暴力を恐れているのです。
私を標的にした運動が絶え間なく続くのは不愉快ですが、私は、政治的・生物学的な階級としての「女性」を侵食しようとし、以前のように捕食者に隠れ蓑を提供するという、明らかな害をもたらすと信じている運動に屈することは拒否します。
と、過激な運動への反対を表明しています。さらに、
トランス女性には安全であってほしいが、同時に、生まれながらの少女や女性の安全性を低下させたくない。手術やホルモン剤を必要とせずに性別確認証明書が発行されれば、自分が女性であると信じたり感じたりしているすべての男性に、(女性の)浴室や更衣室中のドアを開放することになります。これがシンプルな真実です。
と述べています。
哲学界の大物も警鐘
哲学界からは、切れ者の現代思想家として知られる、スロベニア人でマルクス主義者のスラヴォイ・ジジェクが声を上げました。
精神分析の専門家でもある彼は『コンパクト』というwebマガジンへの寄稿の中で、アイラ・ブライソン"事件"について以下のように批判して、「自己申告の性」に疑問を投げかけました。
性的アイデンティティは、矛盾や無意識の特徴に満ちた複雑な次元のものであり、私たちがどう感じるかを直接参照することでは決して確立されない。
私たちが「性の成熟」と呼ぶものは、長く、複雑で、ほとんどが無意識のうちに進行する。それは激しい緊張と逆転に満ちていて、自分の精神の奥底にある本当の姿を発見するプロセスではない。
ジジェクはさらに、ロンドンのA病院(コラム中は実名)が、9歳から16歳の若者に、性的特徴が現れるのを抑える薬「思春期ブロッカー」を処方していたことについても触れています。この病院は、当該の若者たちが、社会や周囲の圧力のために、自分の本当の性自認の傾向を、抑圧してしまう危険性があると判断したのでした。
医学的な移行を望むかどうかを判断するのに十分な年齢に達していない弱い立場の子どもたちに、人生を左右する治療が施されていた。
このパラドックスは明らかだ。思春期ブロッカーは、若者が成熟を遅らせ、自分の性的アイデンティティを自由に決定できるようにするために投与されたが、これらの薬は、他の多くの身体的、精神的な病理を引き起こす可能性がある。
そして、こうした極端な医療行為が「青少年のために」という名目で行われている背景について
一つは、臨床医がトランス・ロビーに脅かされていることだ。トランス・ロビーは、思春期ブロッカーに対する懐疑的な見方を、トランスの人々が自分の性的アイデンティティを実現することをより困難にしようとする保守的な試みと解釈している。これに追い打ちをかけるのが、経済的利益である。例えば、A病院の収入の半分以上は、若者の性的な悩みを解決するための治療からきていた。つまり、政治的な悪あがきと、金銭的な利益の残酷な計算という最悪の組み合わせなのだ。
と指摘し、トランス運動家が社会にかけている圧力と医療機関の拝金主義を激しく批判したのでした。
日本学術会議のトランスジェンダー提言
アイラ・ブライソン”事件”は対岸の火事ではありません。実は日本でも自己申告だけで、性別変更を認めようという主張は強まっています。
その代表例が、日本学術会議が2020年9月に発表した提言「性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)―トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けてー」です。
日本の現行制度でも、法的な性を変更することができますが、性別適合手術による生殖腺の除去や、近似した外性器の形成などの要件があります。しかし、日本学術会議はこうした要件は時代遅れと指摘し、自己申告だけで性別を変えられるよう、新たに「性別記載変更法」の制定を求めているのです。
こうした動きに危機感を強めている人たちがいます。意外かもしれませんが、事情をよく知るLGBTサークルの内部にこそ、危機感を訴える声は多いのです。
旧民主党の元参議院議員で、性同一性障害特例法改正に野党の一員としてかかわり、ゲイであることをカミングアウトしている松浦大悟氏は、著書『LGBTの不都合な真実』の中で、日本学術会議の提言を批判しています。
氏が指摘しているのが、トランスジェンダーの定義です。同書によると、一口にトランスジェンダーといっても、以下のような様々な人がいます。
必ずしも手術を望まないトランス女性
必ずしも手術を望まないトランス男性
Xジェンダー(男性にも女性にも分類されたくない人)
クロスドレッサー(男装や女装をする人たち。性的指向や性自認は異性愛者と同じ)
性同一性障害者(手術などによって体の性を変え、自己意識に近づけていく人)
そして、日本学術会議の提言が「性同一性障害だけでなくこうした幅広い人たちを適合手術なしで性別変更させようとしている」ことに関して、次のように主張しています。
日本には温泉や銭湯など、海外にはない固有の文化があります。幼少期の娘さんが女湯に入っているとき、ペニスのついた自称女性だという人が前を横切ったら親御さんはどう思うか。彼女や奥さんが温泉に入っているときに異性愛者の女装家と遭遇したら、彼氏や旦那さんはどう思うのか。心配するのは人間の感情の働きとして自然なことだと思います。
トランスジェンダー活動家は「私たちは権利を主張しても実際にそれを行使するようなことはしません」「男性器のあるトランス女性が女湯に入っているケースはない」といいますが、残念ながらそれは事実とは違います。 「股間タック」という文字で検索してみてください。股間タックとは陰茎と睾丸を体内にしまい、睾丸の皮で女性の股間のようなワレ目をつくる技術のこと。この方法で女湯に入ることに成功した人たちが再び陰茎を外に取り出し、恍惚とした表情で放尿している動画や画像をいくらでも発見することができるでしょう。彼らのような女装する自分の姿に性的興奮を覚えるオートガイネフィリア(自己女性化愛好症)も、現在トランスジェンダーとして分類されているのです。
「TはLGBと関係ない」
イギリスの代表的な雑誌のひとつ『スペクテイター』の共同編集者で、著名なジャーナリスト、社会評論家であるダグラス・マーレー氏も、ゲイであることを公表しています。氏は26か国語で翻訳されたベストセラー『大衆の狂気』の中で、世界の先進国で影響力を増している過激なトランス活動を厳しく批判しています。
同書が紹介している世界の事例は、日本ではにわかには信じられないものです。
ノースウェスタン大学の心理学教授J・マイケル・ベイリーが、生物学上の男の気を惹こうとして女性に性転換する「同性愛性転換者」がいるという学術論文を書いたところ、トランスジェンダー活動家から批判を受け、ベイリーの子供のころの写真に心無いキャプションをつけてSNSに晒上げられたり、大学の解雇運動を起こされたりした。ベイリーは怯えて、人が変わったようになった。
イギリスの警官ハリー・ミラーある日、職場に現れた警察隊から、トランスジェンダーについてインターネット上に投稿した過去のコメントが、警察のいう「未犯罪ヘイト事案」にあたると言われ、それから一年にわたり法廷闘争に従事せざるを得なくなった。ミラーは結局、警察との法廷闘争に勝利したが、その後、警察が過去数年にわたり、同様の「未犯罪ヘイト事案」を一二万件も記録していたこと、そのような「未犯罪」が就職時の身元調査で明らかになり、就職できなかった人がいたことが判明した。
トランスジェンダーをカミングアウトした元五輪選手のブルース・ジェンナーが、ESPY賞(年間最優秀スポーツパフォーマンス賞)の敢闘賞を授与された。受賞の席で、スタンディング・オベーションを誰よりも先にやめて着席したアメリカンフットボールのクォーターバックの選手ブレット・ファーヴは、ニューヨーク・ポスト紙から「ESPY賞会場を凍りつかせたブレット・ファーヴ」との見出しで批判された。
そして、ダグラス・マーレー氏はあとがきの中で、トランスジェンダーはいまやゲイ、バイセクシャル、レズビアンと袂を分かとうとしているといいます。
本書の初版刊行後に進展が見られた点がもう一つある。それは、LGBT内の亀裂である。
トランスジェンダーも当然、ほかの人たちと同じような尊厳や思いやりを受けるべきだが、TはLやGやBとはほとんど関係がないという認識が高まっている。
LGBとTの違いを要約すれば、こういうことになる。ゲイの権利運動は「私たち同性愛者は実在する。だから生物学的な性など存在しない」とは言わない。「私たち同性愛者は実在する。だからペニスやヴァギナは強制された社会的構成概念と見なすべきだ」とも言わない。権利について主張はするが、その権利を受け入れてもらうために、生物学の理解を根本から改めるよう社会に要請したりはしない。だが、現代の過激なトランスジェンダー活動家は、まさにそう要請する。
トランスジェンダー活動家が、生物学的な性があたかも存在しないとの前提で運動を組み立て、社会に様々な矛盾と軋轢が生じているとの批判なのでした。
自由や平等といった理念を重んじるあまりに、客観的、科学的事実をまで否定してしまうことは、「道徳的誤謬」と呼ばれています。「私たち同性愛者は実在する。だからペニスやヴァギナは強制された社会的構成概念と見なすべきだ」というような主張まさにこれで、マーレ―氏はこの道徳的誤謬を指摘したのでした。
日本にとっての教訓
さて、日本人にとって、この”事件”の教訓はどこにあるのでしょうか。
欧米に比べれば、日本のトランス運動は先鋭的ではないのかもしれません。また、最高裁は、婚姻の自由について、自由や平等といった理念よりも、社会通念を重んじる判決を出しています。
しかし、日本学術会議の提言のような、欧米に倣うべきだという主張は、これまで以上にかまびすしくなることは、念頭に置く必要はあるかもしれません。
最後にダグラス・マーレー氏は、次のように総括しています。傾聴に値すると思います。
トランスジェンダー問題がこれほどの勢いを得ている理由は明らかだ。新たな運動を必要としている専門家がいたのも確かだが、それだけではない。以前の社会は、人種差別、性差別、同性愛差別に気づくのがあまりに遅すぎた。そのため、トランスジェンダーの問題についても同じ過ちを重ねるこ とに、誰もが不安を抱いている。それが、この問題の勢いを高める原動力になっている。そういう意味でこれは、もっと幅広い主張のなかで私が「過剰な是正」と呼んでいたものに相当する。私たちが経験している狂気とは、過去に存在した偏見に対する過剰反応である。
日本はキリスト教文化を受容しなかったため、同性愛を宗教的禁忌とする伝統を持っていません。同性愛を異常とみなし始めたのは、脱亜入欧の明治期に、欧米文化に「学んだ」ことによりますし、学んだ結果として、同性愛を犯罪とした時期もありましたが、明治期の10年にも満たない間です。
一方で欧米キリスト教国は同性愛を中世から犯罪とし、死刑にすらしてきたうえに、つい30年ほど前の1990年代や2000年代まで刑事罰としてきた国も少なくなかったのです。
日本と欧米各国とでは、偏見(というより弾圧というべきでしょう)の度合いが全く違います。
つまり、日本には欧米のような「過剰反応」の必要は、そもそもないのではないでしょうか。見境のない過激主義が何をもたらすのか、よく見極めたいですね。