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匿名アカウント「Dr.ナイフ」の研究(下)~8000アカウントの分析で浮かび上がる「れいわ&共産」ファースト

はじめに

「Dr.ナイフ」(@knife900)はx(旧ツイッター)界の人気アカウントですが、ツイート内容の不正確でたらめさでも有名です。いかに匿名とはいえ、9万人を超えるフォロワーがいるアカウントは一つの巨大媒体であり、責任ある発言が求められて当然です。それなのになぜ無責任でたらめなツイートを繰り返すのか、狙いはあるのか、あるとしたら何なのかを探ります。なお小論は、表現の自由への反対を表明するものではありません。


「支持政党なし」「野党共闘を応援」

前回は、「Dr.ナイフ」の不正確なツイートを紹介するとともに、巨大アカウントに成長した背景に、朝日新聞の力があったことを指摘しました。

また、その出鱈目ぶりが次々とコミュニティノートにさらされてしまった様子は、以下で詳述しています。

今回は、「Dr.ナイフ」の頭の中身を覗き込んでみたいと思います。彼(または彼女)の思想・信条はどんなものか、どの政党に近いのかを探ります。

まずは本人の発言に耳を傾けましょう。

このことは、プロフィール(自己紹介文)欄にも書かれています。

野党の大きな塊(野党共闘)による政権交代を応援します。 ※特に支持する政党はありません。

ツイッターのプロフィール欄

わざわざ支持政党がないことを宣言する意図は、特定政党の代弁者ではないということを強調したいからでしょう。反与党という枠の中ではあるものの、党派性を排除し、中立・客観的な立場から発言していると主張したいのだと思います。

しかし、山ほどの不正確なツイートをつぶやき続けていることを思えば、その主張もまずは疑ってかかるしかありません。自らの不徳の招いたことと諦めてもらい、フォローしているアカウントを分析してみます。

5クラスターからなるフォローアカウント

フォローは基本的には仲間意識から行う行為です。自分と違う考えのアカウントをフォローすることはありますが、それは全体の中の一部にとどまるでしょう。とすれば、その人の思想・信条はフォロー先の思想・信条を分析することで浮き彫りにできるかもしれません。

そこで、「Dr.ナイフ」がツイッターでフォローしている8188アカウントのデータを分析します。分析対象数としては十分大きいと思います。データ取得日は2023年3月13日。9月1日現在では、「Dr.ナイフ」は約8700アカウントをフォローしています。

このデータのうち、アカウント名とプロフィールを「共起ネットワーク」という手法を使って可視化したのが以下のチャートです。

5つのクラスター(塊)が浮かび上がってきました。上から時計回りで整理すると

  1. 「原発、戦争、反対、平和、憲法」

  2. 「自民党、自公、維新、安倍、政権」

  3. 「立憲、議員」

  4. 「共産党、れいわ、新選組、応援」

  5. 「廃止、消費税」

(※「日本共産党」はデータ処理の都合で「共産党」の表記で扱っています)

という塊です。「Dr.ナイフ」がフォローしているアカウントのアカウント名と自己紹介文に、こういう単語の組み合わせが多いことを示しています。円の大きさは、頻度を示しています。大きいほど、たくさん使われている単語です。

「れいわ新選組」>「日本共産党」>「立憲民主党」

ここで野党の名前に注目してください。一番大きな円は「れいわ」です。「新選組」もやや小さい円に描かれています。この二つは別の単語として認識されていて、「れいわ新選組」と書かずに「れいわ」とだけ書いた人がかなりいるためにれいわの方が大きくなっています。

「れいわ」と同じクラスターにいるのが、次に大きな円の「共産党」です。また、「共産党」は、小さい円を描く「立憲民主党」とともに「議員」という単語に紐づいています。

これらのことから、「Dr.ナイフ」がフォローするアカウントの傾向として、以下のことが推測されます。

  1. れいわ新選組の関係者と支持者が一番多く、共産、立民と続く

  2. れいわ新選組と共産党を両方応援している人を多くフォローしている

  3. 立憲民主党と共産党の議員を多くフォローしている

そこで、アカウントごとに、この3党の名前の出現数を数え上げてみました。

アカウント名とプロフィールへの「れいわ新選組」、「日本共産党」、「立憲民主党」の出現頻度。「日本共産党」は「共産」と「共産党」の合計から「中国共産党」を控除。一つのアカウントで複数の党名を使っている場合はネッティングしていない。なお、その党名に否定的な評価をしている例をごく少数含む(「日本共産党」で3アカウントを確認)が、全体の傾向には影響がないほど十分に小さいことと、判断の恣意性を排除するため、元の数字を表示。

出現頻度は、「れいわ新選組」が539、「日本共産党」が406、「立憲民主党」が259。このうち、「れいわ新選組」と「日本共産党」の両方を使用しているアカウントは100程度あります。例えば以下のようなアカウントです。

ここで8月5日現在の会派別衆議院議員数を確認しておきましょう。
立憲民主党・無所属=96
日本共産党=10
れいわ新選組=3

8月2日現在の会派別参議院議員数です。
立憲民主・社民=40
日本共産党=11
れいわ新選組=5

政党の規模、議員数に比べて、「れいわ新選組」と「日本共産党」の出現頻度が飛び抜けています。特にれいわ新選組への傾斜ぶりは際立っています。

次に、フォローアカウントにどの程度議員のアカウントが含まれるかも数えました。地方議員は数が膨大になるため、国会議員に限っています。ここでも、3党の議員数の差を考えれば、れいわ新選組と日本共産党に傾斜しています。日本共産党の場合は引退した議員までフォローしています。

「廃止、消費税」はれいわのスローガン

5つのクラスターの一つに、「廃止、消費税」という組み合わせがあるのにも注目したいと思います。

3党の中で、消費税廃止を主張しているのはれいわ新選組だけです。

れいわ新選組のポスター

日本共産党は2022年の政策提言集で、消費税の「緊急減税」を打ち出していますが、これは物価高騰対策としての一時的なものです。立憲民主党も一時は消費税減税を打ち出していましたが、今は引っ込めてしまいました。両党とも廃止までは踏み込んでいません。

「Dr.ナイフ」は、消費税廃止を主張しています。

「消費税は廃止しろ」(by「Dr.ナイフ」)

「原発、戦争、反対、平和、憲法」は日本共産党のスローガン

「原発、戦争、反対、平和、憲法」のクラスターは、日本共産党の主張に特徴的な単語で構成されています。日本共産党の政策ビラやポスターを示します。

れいわ新選組の場合、脱原発は訴えていますが、前面には打ち出していません。また、別のコラムで掘り下げましたが、れいわ新選組は基本文書である綱領に、憲法や外交・安保に対するスタンスを書き込んでいません。この問題への意識の低さを示しています。この点は「参政党」と同じです。

対外的な政策チラシでも、憲法や外交・安保には触れていません。

では、「Dr.ナイフ」自身のツイートも見てみましょう。

「全世界で原発は廃止しろ」(by「Dr.ナイフ」)

「処理水海洋放出は戦争への道だ」(by「Dr.ナイフ」)

「憲法が平和という結果を出し続けた」(by「Dr.ナイフ」)

ここで整理すると、

  • 「Dr.ナイフ」は消費税廃止論者であり、消費税廃止を主張するアカウントと、消費税廃止を主張する「れいわ新選組」の関係者・支持者をたくさんフォローしている。

  • 「Dr.ナイフ」は戦争と原発と憲法改正に反対し、戦争と原発と憲法改正に反対するアカウントと、戦争と原発と憲法改正に反対する「日本共産党」の関係者・支持者をたくさんフォローしている。

「Dr.ナイフ」のツイートは幅広い政治イッシューにまたがっていて、中心的主張はわかりにくいのですが、フォローしているアカウントを分析すると、「軸」のようなものが見えてきたと思います。例えば環境問題やジェンダー問題への関心は明らかに薄いのです。

「れいわ新選組は消滅する」「日本共産党の政権入りには反対」(by「Dr.ナイフ」)

さて、これまでの分析で、「Dr.ナイフ」はれいわ新選組と日本共産党に多大のシンパシーを抱いていそうなことがわかります。また、前述した通り、「Dr.ナイフ」は、野党共闘路線を支持しています。

ところが不思議なのは、ツイートでは、れいわ新選組にあまり期待をしていないようにも見えることです。

20年後には、国民民主党が立憲民主党に吸収されて新「民主党」が誕生する一方で、れいわは消滅しているかもしれないと述べています。

ちなみに、「Dr.ナイフ」は、れいわの「財源論に反対」なのだそうです。消費税に代わる財源はきっとどこかにあるはずだ、とも言っています。

また、日本共産党についても、

と(共産党を評価しつつも)、共産党政権には反対しているばかりか、

と、共産主義じたいにも反対しているのです。

不思議なツイートはまだまだあります。

この日本共産党へのツンデレぶりや、れいわを中道、リベラルと定義しながら、山本太郎代表を保守政治家ととらえる独自の見方はどこからくるのか。一貫性も整合性もないのです。

さらに、持論である野党共闘による政権交代については、こんなツイートもしています。

もし「党がなんでもいい」のであれば、日本維新の会や国民民主党が入った政権交代だって歓迎していいはずです。しかし、そんな主張は一回もしていないのです。ここでも一貫性も整合性もありません。

一貫性も整合性もないのはなぜなのか

見てきたように、「Dr.ナイフ」は

  • フォロー関係から浮かび上がる政党への親和性と、じしんのツイートとの一貫性と整合性の欠如

  • じしんのツイートの中での一貫性と整合性の欠如

の二つの矛盾を抱えています。この矛盾をどう理解するべきなのか。3つほどの仮説が考えられると思います。

①煙幕仮説

実際にはれいわ新選組と日本共産党を支持しているにも関わらず、それを隠しているという仮説です。旗幟鮮明にすると、フォロワーへの影響力が薄れると考えて、わざと時々、批判的なツイートをするという高等技術です。

ツイッターは、過去のツイートがあっという間に流れていきますから、発言の整合性を問われる心配も薄い。SNSの特徴を知り尽くした、極めて知的な戦略だといえるでしょう。

②認知的不協和仮説

もう一つの仮説は、日本共産党やれいわ新選組が政権を取る可能性が現実的でないことを十分認識している一方で、自分の政治的主張も否定できないために、「認知的不協和」を起こしているという仮説です。

認知的不協和とは、

個体がある事柄について矛盾した,相反する認知もしくは知識をもっている状態をさす。一般にこのような認知的不協和にある個体では,不快や心的緊張が高まり,その結果この不一致を低減させるための行動を生じさせる傾向をもつとされる。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

選挙での得票数や政党支持率を見れば、れいわ新選組や日本共産党が政権を取ることはまず見通せない。そういう事実を受け入れてしまえば、どうしても自分の政治的志向との間で矛盾が生じます。その不快や心的緊張を低減させるための行動としては、

  1. 選挙での得票数や政党支持率を現実のものとして受け入れない(陰謀論)

  2. 政治的志向を変える

  3. れいわ新選組や日本共産党が政権を取れないと認める

の3つがあり、1や2をとれない場合には、3をとるしかないわけです。

この3のスタンスは、客観情勢から見たら、立憲民主党を巻き込んだ野党共闘以外に政権交代の芽はない、という認識にもつながります。「Dr.ナイフ」が「党がなんでもいい」というのは口先だけで、実際には立憲民主党ですらなく、れいわ新選組や日本共産党が活躍できるための政権を望んでいるのではないかと思います。

③天然仮説

上記の二つの仮説は考えすぎで、アカウントの分析にも意味がないという仮説です。

すなわち「Dr.ナイフ」は戦略もなく、認知的不協和も起こしておらず、ただその時々の思い付きと知ったかぶりで分かったようなことを書き飛ばしているうちに、人気アカウントになって朝日新聞記者に見いだされ、影響力だけが肥大化したという仮説です。

この場合、筆者も含め、「Dr.ナイフ」を買い被っているということですから、あまり同意したくない仮説ですが、もしかしたらそのような可能性もあるかもしれません。この説を否定したくなる筆者こそが、認知的不協和を起こしている可能性もあります。

9万人への影響力を軽視できない

どの説が正しいのか、またはどれも間違っているかにかかわらず、一つ確かなことがあります。

このように矛盾に満ちているうえに、正体不明のアカウントに9万人のフォロワーがついていること自体が、薄気味悪い現象だということです。朝日新聞の責任も問われるべきだと思います。

しかし、我々は否応なく、そんな社会に暮らしています。SNSからの影響を遮断して生活するのは、程度の差こそあれ、もはや不可能といっていいでしょう。

それだけに、巨大アカウントの責任は重大なものがあります。例えば書籍で10万部を売ればヒット作といえるでしょう。地方の日刊紙も発行部数が9万を下回るところはあります。たった一人の個人のアカウントとはいえ、政治的な問題に関しては特に、根拠と責任を持った発言をする義務があることは、強調しすぎてもしすぎることはないと思います。

なお、言わずもがなですが、5つのクラスターのうち残る「自民党、自公、維新、安倍、政権」は、例えば以下のようなアカウントです。与党や日本維新の会を支持するアカウントではありません。

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