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#63 日本語の曖昧さから考えたこと(2024.11.22の日記)
先日3年生の国語で主語と述語と修飾語の授業をしました。
「私は学校へ行く」
この場合の主語は私は/述語は行く/修飾語は学校へです。
これは割と簡単にわかります。
この日の授業のおわりに子どもたちに
主語、述語、修飾語を使った文をノートに書いて提出してもらいました。
パラパラと読んでいると子どもが考えた文の一つに少し引っかかるものがありました。
「花に/水を/あげる」
たまたまこの授業を見に来てくださっていた国語が得意なA先生がいたので、「この文の主語って『花に』で合っていますか?なんか違うような気がするのですが」と聞いてみました。(勉強不足で本当にすみません…)
その先生は簡潔に答えてくれました。
「ああこれは主語じゃないですよ」
(私は)花に/水を/あげる
のように主語がない文章です。
なるほどと!私は理解することができました。
そのあとのA先生とのやり取りが面白かったので紹介します。
A:日本語って主語がなくても成立しちゃうんですよ。
私:確かに日本語って手紙とかでもわざと主語を曖昧にして、責任が誰か分かりにくいように書いていることってありますよね。
A:普通の日常会話でも主語を省略しているものが多いです。「よろしくー」とか「おつかれさまー」とか
私:確かに友だちから「どう?」って聞かれて「うーん微妙‥」というような会話も普通にしていますものね。これって自己を曖昧にする日本人特有の文化ですかね。
A:言葉で伝えなくても、映像や動画で完結している時代になっちゃっているのも原因だと思います。だから、学校で言葉をしっかりと教えていかないといけない。そうしないと日常生活で勘違いやトラブルが起きる‥
私:なるほど…なんかいろんなことが繋がりました。
‥みたいなことを話したと思います。
家に帰ってからもう一つ気になったことがあったので調べてみました。
① 私はイチゴをもらった
② 私は勉強を教えてもらった
この時の①述語はもらったです。
では②の述語は
もらった?/教えてもらった?どっちかなということが気になりました。
調べると、
これは②の「もらった」は本来の意味から離れて前にある「教える」の意味を補足する
「補助動詞」の関係であることわかりました。
そういえばこれも中学校で習ったなと思い出しました。
すごく話が長くなりましたが、このように日常の中にある違和感を掘り下げると結構面白いことたくさんあるなと感じました
「主語がなくても成立する日常会話」と調べたら、面白いサイトがたくさんがありました。
また、今週読んだ漫画(ハンターハンター407話)でも登場人物が「否定疑問形」(○○ではないですか~?)の解説をしていて、日本語って難しいけど面白いなとちょうど思っていた所でした。
これからも日常の中にある「楽しい違和感」をキャッチすることを意識してみようと思います。
広く、大きく、でも深くまわりのを見ていくと、まだまだ見過ごしていることがたくさんありそうです。