『イッチーピーチ』セルフ歌詞解説
今回は『イッチーピーチ』の歌詞を掘り下げていこう。
「Itchy(イッチー)」は直訳で「痒い」。なので「Itchy peach」は「痒い桃」ですね。
歌詞の中で「痒い桃」は何を表したかったのか。それを考えていくと、アトピー性皮膚炎という身体中がとても痒い症状を10年以上もの間患っているぼくだから書けた歌詞だということがわかった!
「痒み」との向き合い方を考える上で生まれた一曲だったのだ。
___以下歌詞全文__(読み飛ばし可)
頭の中が痒くて仕方ねえんだ
次々現れる言葉のターミネーター
切っても打っても焼いても何度でも蘇る
チクチクヒスタミンが痒くて堪らねえんだ
ひと口かじれば飛び散る魅惑のフレーバー
あちゃちゃ、口の周りにジューシーがくっついちゃった
赤く滲んだアレルギー反応
止まらない掻きむしりたい衝動
l listen to doctors words.
触らないで我慢してないとno no no !
I don't care !!
デリケートな話題を避けて進むこの
会話劇like a レザボアドッグス
確信に触れることもなく
ビニールに包まれたままのリボルバー
l listen to doctors words.
触らないで我慢してないとno no no !
I don't care !!
薄っぺらな皮を剥いてあげよう 果汁
心配事話そう
薄ピンクの純情な感情の症状を
張り切り振り切り切り刻むことでこっちのピーチが傷だらけ
ポンチーカンリーチ棒出してもロンできないツモできない
君の番だよ話して御覧なさい
待てど暮らせどぬるくて薄いアイスコーヒー
みたいなレスポンス
赤く滲んだアレルギー反応
無茶苦茶に掻きむしりたい衝動
l listen to doctors words.
触らないで我慢してないとno no no !
I don't care !!
薄っぺらな皮を剥いて...
薄っぺらな皮を剥いて...
薄っぺらな皮を剥いてあげよう 果汁
心配事話そう
あちゃちゃ、
口の周りに飛び散った戯言拭い忘れてまた
痒くなってく痒くなってく
サルトル曰く地獄
本当のこと隠したまま裸になれイッチーピーチ
______
『ひっかきまわす』とリンクする冒頭
「頭の中が痒くて仕方ねえんだ」という嘆きから始まるこの歌は前回解説した『ひっかきまわす』の歌詞とリンクしている。
『ひっかきまわす』の中では頭の中に浮かぶアイデアは電球の光でチカチカと光っていたのだが、今回の『イッチーピーチ』では「痒くて仕方ない」と書いている。それは頭の中を「ひっかきまわした」代償による痒みである。
「チクチクヒスタミンが痒くて仕方ねえんだ」
と書いてあるように「ヒスタミン」という痒みを司る化学物質が引き起こすアトピー性皮膚炎について歌った歌詞なのです。(化学物質を歌詞に入れ込むことで『ケミカルカルマ』にもリンクさせている)
ぼくとアトピー性皮膚炎
ぼくは18歳くらいから長きにわたり身体中至る所にアトピー性皮膚炎を発症したことがある。ひどい時は背中全体、両ふくらはぎ、手指に同時に発症していたことがあるほどだ。原因はどう考えても不摂生。生活習慣を改善することで今は最小限の症状で暮らせている。
アトピー性皮膚炎が発症すると最初は「なんか、痒い」くらいで皮膚が赤く腫れてくる。もちろん痒いので、かいてしまうのだが、ここからが地獄の始まり。この皮膚炎、かけばかくほど痒くなる。そして、掻き傷から身体中に侵入し更に症状は広がっていく。
気づいたらいつのまにか身体全身が痒くて仕方ない状態になってしまう。本当に一度爆発させてしまうと取り返しがつかない量の症状になっていく。
この痒いのにかけないという経験を「他人との関係」に例えた歌が『イッチーピーチ』なんですね。
掻きむしると気持ちいい。で、後悔する
「本音をぶつければ相手を傷つけるかもしれない」とか「自分ばっかり喋ってないで相手の話も聞いてあげなきゃ」などのように相手と上手くやる術を使ってる間は他人との関係は良好でしょう。
でも時々、全部面倒くさくなってぐちゃぐちゃにしてやりたくなる時ないですか?ぼくは多いです。
痒いところ掻きむしっちゃうというか、本音をぶつけて関係を終わらせてしまいたくなる瞬間というか。「それを言っちゃおしまいよ!」てこと相手にぶつけたくなる。
あの感じ、アトピーを掻きむしっちゃう時にめっちゃ似てるんですよ。掻きむしってる間は最高に気持ちいい!で、血だらけの指見て後でめっちゃ後悔する。
人間関係となると「相手」がいるからなかなか出来ないことだけど、きっとそういうストレスかかえてる人は少なくないんじゃないかなと思ってこの曲の歌詞を書いたんです。
他人との関わりって付かず離れずくらいがちょうどいいとわかってるのに踏み込み過ぎたり、踏み込まれ過ぎたりして衝突する。で関係が悪くなっていったりね。
「サルトル曰く、地獄」について
そんなとびっきりの本音を歌にすると決めてからあれこれ言葉を探していると
「地獄とは他人である」
という言葉に辿り着いた。
これは、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Satre 1905~1980年)による戯曲、「出口なし」(英語訳:No Exit)の最後の方で、登場人物の一人が言うセリフです。
サルトルの哲学としては、人は皆、他人の目を気にして生きている。自分の価値や存在意義を他人の目から判断している。だから人は皆取り繕って生きていくしかないのだ。と言うのだ。なるほど確かにそうかもしれない。自分ひとりだけの世界で生きていけるのならこんな歌必要ないし、思いつきもしない。
史上初のノーベル賞受賞の辞退者であるサルトルは他人からの評価や称賛すらも拒否していた人物で、そのきっかけは彼の目が斜視であったり、身長が低いというコンプレックスなどからきていると語られることが多い。しかし、ぼくが感じる「地獄とは他人である」の本質はそういったコンプレックスだけで語られるものではないと考えている。
痒いのに掻けない。というシンプルな地獄と同じで、他人との深い関係を作ろうとすればするほど徐々に不満や衝突のきっかけは広がっていく。かといって、自分ひとりだけの世界に閉じこもれば閉じこもるほどに他人からの目は冷たく厳しくなる。じゃあ、どうしろって言うんだよ。そう、これこそ地獄である。
解決方法がなく、求めても求めなくても、そこに他人が存在する限りその関係は始まってしまうのだ。
この歌にも答えは無い
そして、この歌には答えは無い。最後の最後に「本当のこと隠したまま裸になれイッチーピーチ」と締めくくる。
取り繕って、庇いあって、尊重しあって、みんなで仲良くやりましょう!みたいな気持ち悪いところで終わらせた。何故なら、アルバム内でその後に収録されてる『ケミカルカルマ』に繋げるためだ。
『ひっかきまわす』で自分ひとりの世界を完成させた主人公は『イッチーピーチ』で他人との関わりに挫折し、『ケミカルカルマ』という自分ひとりのダークサイドの世界へと潜り込んでいくのです。
取り繕った自分自身を嘲笑うかのように「バレバレ薄っぺら」と歌い始める『ケミカルカルマ』の解説はまた別の機会に!
おまけ : ヘルステロイドへ繋がっていく?
アトピー性皮膚炎の痒みに対して皮膚科の先生が出してくれる塗り薬が複数存在する。その塗り薬たちには基本的に「ステロイド軟膏」と呼ばれており成分の中に「ステロイド」が含まれている。アルバムをよく聴いてくれてる人ならもうお気づきでしょう。『ヘルステロイド』という曲はこの『イッチーピーチ』と遂になっていて同時期に作っていた曲なのです。