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自己紹介

当ページにお越し頂き、ありがとうございます。
心揺さぶるモノカキ屋、兼重日奈子です。

元アパレル販売員で、元研修講師、元研修会社代表、
ビジネス書作家、そして、シナリオライターの2児の母です。
ややこしいので、それぞれのパートに分けて自己紹介させて頂きます。
ご興味のあるところからどうぞ。

①【アパレル販売員時代】

短大を卒業後、アパレル企業に就職しました。
正直、それほどやりたかった仕事ではなく、
(第一志望は別の業界)
そもそも、自分は高校を卒業したら就職するつもりでいて、
公務員試験を受けて、市役所で働く人生しか考えてなかったので
高3の10月に不採用通知を受け取り、まさに、青天の霹靂、
慌てて進学に切り替え、なんとか短大に入学させて頂きました。
(当時の担任の先生には本当にお世話になりました)

バイトとバンドに明け暮れた短大時代もあっという間に過ぎ、
いよいよ、就職となって、「はて、自分は何がやりたいんだっけ?」
と、就職活動らしきものを始め、
「旅行会社に入ったら、いろんなとこ行けんじゃね?」
と、実に安直に、旅行業界を目指したものの、
そんな薄っぺらい志望動機は、まんまと見抜かれ、
まんまと不採用続きで、途方に暮れかけた時、
同じサークルの同級生が、
「この間、アパレルの集団面接行ったら、帰りに高級中華ごちそうしてもらえたよー。ラッキー」
とかいうので、ホイホイとその会社に面接を受けに行きました。
結局、私は、その会社に就職しました。
「ゴキブリホイホイ」より簡単な入社でした。

思えば、そういう時代でした。
今も変わらず、慢性的な人材不足のアパレル企業にとって、
新卒で右も左もわからないぴちぴちギャル(念のため私のこと)を、
中華料理で捕獲できれば、随分安い買い物だったと思います。

入社が楽な会社ほど、入ってからが地獄、とはよく言われますが、
私の場合、実に幸運だったのは、
「販売」という仕事をとても好きになれたこと。

「店」という場所も、「接客販売」という仕事も、
本当に楽しくて、大好きで、というのも、
まだまだやればやっただけ結果がついてくる時代だったので、
更に言うと、サービス残業やりたい放題の時代だったので、
閉店後、一人売場に残り、売場を変え、サンクスレターを書き、
時には、スタッフやお客様とオールで飲み歩き、
なんというか……思えば、無我夢中で働ける良い時代でした。

20代を、心から夢中になれる仕事と共に過ごせたことは、
やはり、その後の人生に於いても、大きく影響しており、
人に喜んでもらった結果、売り上げになり、
その結果として、人から認められたり、、、ということが、
人生の土台になっている気がします。

目の前の人に喜んでもらう

売上になる

この図式はガッツリ自分の中で根を張り、
良くも悪くも、その後の自分の生き方に影響していきます、
(そう、良くも悪くも、ですね)

販売員で入社し、1年後には店長になり、
二回の転職を経て、大手アパレル会社では、
エリアマネージャーを務めさせていただきました。
「人材育成」に対しての強い情熱が芽吹いたのはこの頃です。

――人が育ち、お客様が育って、店が育つ。
大切なのは、順番を間違えないこと――

尊敬する経営者様のお言葉です。
どんなに時間がかかっても、「人育て」から始めないと、
結局、店は育たないのだということを、
アパレルの現場で学ばせて頂きました。

*『実録ファッション販売員の奮戦記』商業界
今や幻となってしまった、兼重、初の単行本!
アパレル販売員現役時代のことは、こちらの本で。
(あら~。中古品、大変お買い得になっておりますわ)

奮戦記


② 研修講師時代

32歳の時、大きな人生の転機がやってきます。
子どもができました。
当時はまだまだ、子どもを育てながらアパレルの現場に立つ女性は少なく、
自分の中でも「やり切った」感があったので、
出産を機に退職、しばらく子育てに専念しようと思ってました。

一方で、これまでやってきたことを、「かたちにしたい」という想いが
むくむくと湧き、
この時、初めて「書く衝動」に駆られた気がします。
出会ったお客様のこと。
共に闘った仲間のこと。
売上をつくる極意。
目標を達成する喜び……。
書くことは、いくらでも浮かんできました。
アパレル販売員の専門誌『ファッション販売』に
頼まれもしないのに「名古屋販売物語」というタイトルの原稿を、
送りました。
幸運にも、それが編集長の目に留まり、そこから連載、出版へとつながっていきました。

出版をしてわかったことが2つあります。
ひとつは、思いがけないチャンスが舞い込むことがある、ということ。
もうひとつは、だからと言って、安定した仕事につながるとは限らない、ということ、です。

出版を機に、東京のコンサルティング会社にお声かけ頂き、
修行をさせて頂くことになりました。
これが、思いがけないチャンス、でした。
なにせ、ほんの少し前まで、1アパレル販売員だったわけで、
いきなり、講師とか、コンサルティングとか言われても、
なーんにもできないわけですよ。
私が初めて本格的にパソコンを触ったのは、33歳の時。
自分の「経験」を、「コンテンツ化」する苦労は、
この時、嫌というほど学ばせて頂きました。

でもこれ、今になって思うんですが、
新しい自分に生まれ変わるとき、
新しい山に登り始めるとき、
人生が大きく動くとき、って、
必ず、一度、ぺしゃんこになる。
ぺしゃんこになって、どん底まで落ちて、そこから大きく展開していく。
ちなみに、この後の人生で何度かこの「ぺしゃんこ」を経験するのですが、
でも、人生は、そこからまた始まるんですよね。
しかも、とんでもない方向に連れていかれることもある。

この時の自分も、毎週新幹線通勤をしながら、
随分と、人生、遠いところまで運ばれちゃったなぁ~と、
心のどこかでずっと、呆然としてました。
ただの田舎のショップ販売員だった私が、本まで出させて頂き、
しかも、東京の会社で働き、あろうことか、違う会社のコンサルティングまでさせて頂くなんて……。
今書きながら改めて思いましたが、随分、背伸びをしていたと思います。
「大した人間でもない私が、大したことをしようとしてたんだな」と。
それでも、人に喜んでもらえると嬉しくて、
無理ゲーも、必死でこなしてきたように思います、今だから言えますが。

③次男の出産~研修会社設立時代

東京での修業時代に、またしても転機がやってきました。
二人目を妊娠しました。39歳の時です。
ギリギリまで働いていたのが仇となり、妊娠7か月の時、大阪出張中に、
切迫早産で、緊急入院。
そのまま2か月間、ベットの上で過ごすことになりました。
関わっていた案件も、全て引継ぎ、仕事はゼロになりました。
緊急帝王切開で産んだ次男は、低体重児だったため、出産後しばらくは、
母乳を病院まで運ぶ毎日を過ごしました。
生きてさえくれればいい――。
切実に願ったあの日々は、今でも忘れることはありません。
育児に追われ、なかなか動き出せなかったときに、
ある大手のクライアントさんから直接依頼を頂いたことをきっかけに、
独立を決意。
コンサルティング会社を離れ、
フリーの研修講師として活動をスタートします。
フリーになり、直接現場のスタッフさんと関わる機会が
急速に増えていきます。
「研修」という場だけでは知り得なかった、現場の生の声に触れるにつれ、
自分の中にまた新たな「想い」が芽生えていきます。

それは、「頑張っていないお店はない!」ということ。
にもかかわらず、売上という結果につながらない限り認めてもらえず、
消耗していくスタッフの姿は、
自分に新しいミッションを与えてくれました。

それが「ねぎらい伝道師」というミッションであり、
現場で奮闘する皆さんをねぎらうことが、
やがて、自分の活動の目的になっていきました。

そこで、2009年、主人の会社の名義を引き継ぐ形で、
「有限会社ねぎらいカンパニー」を設立。
年間数十件の案件をこなす、研修会社へと成長していきます。

『幸せな売場のつくり方』¥1572
Discover21 ebook選書 (電子書籍)
兼重が、自身のミッションに出会うきっかけとなった一冊。
ある店長との出会いをベースに描かれた、ショップ再生ストーリー。
2008年に(株)商業界様から単行本化、
2021年8月、Discover21様に、電子書籍化していただきました。

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④「ねぎらい伝道師」時代

「ねぎらい」とは、「無条件の承認」であり、
「成果の有無にかかわらず、感謝と敬意を伝えること」です。

結果が出ようが出まいが、「今日もありがとう」を伝え続けること。
「頑張ってる人」に「頑張ってるね」と伝えること
正直、それだけのことなんですが、
「それだけのこと」が、どの職場にも、そして家庭にも、
本当に大切だと思っています。

『職場で使えるねぎらい言葉30』↓↓↓(音が出ます)

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ご縁ある皆様のお力をお借りし、
これまでたくさんの方に「ねぎらい」を届けることができました。

自分への「ねぎらいレター」が届けられた瞬間の、
あの感動は、それを受け取った方にしかわからないかもしれません。

間違いなく、その感動は、その人の人生をも変える
大きなパワーがあると、今でも、信じています。

*「ねぎらいレター」のパワーはこちらから↓↓↓

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『人間関係が一気にうまくいくねぎらいの魔法』¥748
三笠書房 知的生き方文庫
「読むねぎらい」です。
実話を元にした、6人の「ねぎらいストーリー」。
取材を通じ、「全ての人には、物語がある」と実感できた一冊。

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電子書籍版はこちらをどうぞ。(内容は同じです)
『職場も家庭もうまくいくねぎらいの魔法』¥1,133
角川フォレスト出版 Kindle版

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⑤仕事ゼロ~シナリオライターへ


2020年。

新型コロナが、全世界を襲いました。
小売業界やアパレル業界、ショッピングセンターも、
厳しい選択を迫られ、
自身も、一旦すべての仕事(研修や講演)が、キャンセルになりました。

半年経っても、なかなか状況は好転せず、この間、
多くの研修会社や、講師業は、着々とオンライン化を進め、
自分は完全にその波に乗り遅れてしまいました。

現場が一番大変な時に、動けなかったことは、
今でも自責の念に苛まれます。
共に活動していた仲間も、守れませんでした。
本当に申し訳なく思っています、今でも。

「ああ、もう、自分には難しいな」

ある時、諦めがつきました。
でも、私はどこか、ホッとしていました。

もう、新規案件を取らなくていい。
「ねぎらいとは何か?」について、懸命に説明しなくていい。
「どうしたらねぎらいをビジネス化できるか?」について、
これ以上考えなくていい……。

もちろん、不安でした。
20年以上続けてきたことをやめる。
しかも、50歳を過ぎて、全てを手放す。
収入がゼロになる。
これまで自分がやってきたことは、全て間違っていたのか、と
思い込まされる瞬間というのは、本当に苦しいものです。

人生、何度目かの「どん底」を味わい、
自分を恨み、社会を恨み、どんどん荒んでいく心。

でも、そんなどうしようもない自分でも
家族だけは味方でいてくれました。

朝起きて、ご飯を作って食べて、寝る。
「ただ生きてるだけ」の私の姿を見ることは、
家族もしんどかったと思います。

当時、自分には、テレビを観ることくらいしか、
楽しみはありませんでした。
地上波だけでなく、Amazon PRIME、各オンデマンドサービスで、
ひたすらドラマや映画を観続けました。

こんな自分でも、ドラマは、ずっと寄り添ってくれました。
泣いたり、笑ったり、ずっと、心を動かしてくれました。

あ。
そうだ。
小さい頃、「おはなし」を書く人になりたかったんだ……。
思い出した途端、自分で失笑してしまうような、儚い夢でした。

今更。
もう、この歳で。
こんな自分で。
できるわけない。

いいや。
やっぱり、「おはなし」が書きたい。
人の心が震える瞬間を生み出したい。
ちゃんと、学んで、ちゃんと書ける人になりたい。

そうして、シナリオ・センターのオンラインゼミで、
1からシナリオを学ぶことになりました。

オンラインで授業が受けられるようになったのも、
コロナのお陰、だったかもしれません。

毎週、全国からメンバーが集まって、
課題を発表し合っていく。
この時間が、本当に楽しく、幸せでした。
この時の、先生や、ゼミ生の皆さんには、心から感謝したいです。

――――自分の書いたもので、喜んでくれる人がいる。

それは、忘れかけていた、でも自分にとってとても大切な喜び、でした。


シナリオを学び始めて半年。
あるシナリオコンクールに出会います。

ダイキン工業様と、シナリオセンター様が共催された、
「第一回 くうきのシナリオ大賞」でした。

このコンテストで、なんと、最優秀賞を受賞させて頂きました。

みらいのくうきいかがですか?

*受賞作『未来のくうき、いかがですか?』
ダイキン工業様、シナリオセンター様のご厚意で、
全文公開させて頂いております。(上の画像から見られます)

*この作品については、また別の機会に。

正直、、、これは、出来すぎ、と言いますか、
棚からぼた餅的に幸運なことでした。
神様、私に甘すぎないか……?とも思いました。

でも、長男がこう言ってくれました。
「母ちゃん、頑張ってたもんね」

そうか、私、頑張ってたんだ。
いや、頑張ってたつもりはないぞ、ぜんぜん。

もう、人生終わった……と思いながら、
起きて食べてひらすら書いて、寝るだけの日々。

でも……、シナリオのことだけ考えていられる毎日は、
とても、幸せでした。

私がやりたかったことって、これだったのか。

「好きなことを仕事にした方が幸せ」の理由は、
「好きなことなら、寝なくても食べなくても、たとえ貧しくても、
それができること自体が幸せで、人よりずっと長くやり続けられる」から。

寝なくても、食べなくても、人に会わなくても、いいね!がなくても、
経済的に豊かになれなくても、
たぶん、私は、この先「シナリオ」をずっと書き続けていくと思う。

それが、楽しいから。
シナリオの中で、登場人物が動いていく様を、
いつまでも、見ていたいから。

そこから、仕事に結びつくかどうかは、
もちろん、自分次第。
そして、自分の能力を高めるためにする努力は、想像しただけで楽しい。

……ということで、社会に出てから33年。
随分遠回りをした気もするし、全て必要なことだったとも思うけど、
とにもかくにも、「シナリオライター」として、
そして「心揺さぶるモノカキ屋」として、デビューします。
(↑勝手に)

こういうものは、「名乗ったもの勝ち」のような気がするので、
胸を張って名乗りたいと思います。

noteでは、新作のストーリーや、
シナリオを不定期投稿していきます。

どうか、よろしくお願いいたします!

「心揺さぶるモノカキ屋」
サービスメニューは、こちらからどうぞ。



少しだけ、頑張るのが疲れたあなたに。 「ねぎらいの物語」を贈ります。