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ふるふるのやわやわ

LINEに返事がない。
様子を見に行くと、感情移入しすぎてまた泣いていたようだった。
「悲しい話?」部屋に入ってきたのも気づかなかったのか、かけられた声に照れながら「胸がいっぱいになっちゃって」と顔を上げた。
「本でよく泣くよね」
「この作家さんって、すごくいい表現をするんだよ。中の人と一緒にいるみたい。今回の話は残された家族の日々を追っていく話なんだけど、様々な葛藤を柔らかくしなやかに見つめていくんだよね。お父さんの語り口は淡々としているのにすごくあったかくて」
言いながらまた目を赤くしている。こういうときのあーさんは揺れる心の制御ができなくなっている時で、心配になることもある。
ただ今回は濡れた瞳の奥には力強い光が灯っているから良い出会いだったのだろう。よかった。

昔からたくさん読む人だった。小学校の時、読書週間になると毎回あーさんはクラスで一番本を読んだとして表彰されていた。ハリーポッターシリーズなんかは手に入るとすぐに寝食を忘れて(本当に寝ないから焦った)読みふけっていた。
あたしは長い時間、同じ態勢でいることは苦手だし、読書ならあーさんの感想を聞く方が楽しみだった。あたしにはできないことができる彼女はすごいなと思う。

ただ、彼女は生きるのが下手でかわいそうに思うこともある。
低学年の頃、ある読書週間に珍しく競い合うほど本を読んでいる女の子がいた。最後の方は意地のスピード勝負になっていたが、あーさんは見事トップを守り抜いた。しかし、表彰されたのは一冊しか読めなかった女の子だった。
先生は「守屋さんは6年生が読むような長い作品を、この週間にコツコツと読み進めました。多くを短い時間で読めることも大切ですが、少し難しいものに挑戦するのは素晴らしいことです。作品をじっくりと楽しむ読書になるといいですね。拍手」とほめたのだった。
帰り道にあーさんは恥ずかしそうに「短いのばっかり読んでたの、ばれちゃったね」とはにかんだ。あたしが途中で「本棚の下にある絵本ならいっぱい読めるし、負けないよ!」とけしかけたせいだが、彼女は決してそのことを口にしなかった。

読書感想文が県のコンクールに出されるとなった時も、毎日居残りで書いていたが「先生がね、どんどんこの時はこういう気持ちでしょ。この時はどう思った?その言葉よりも、これがいいよねって言うから、自分で書いたやつじゃなくなっちゃった」と少し寂しそうにしていた。一緒に感想文を書いた時には、「この本、大好き」と屈託ない笑顔を見せていただけに切なくなってしまう。
その後、市の最優秀賞として新聞にも載ったのだが、両親が嬉しそうな様子を見せるたび、少し困ったような視線をこちらに向けてきたのだった。

怒るときもあーさんは大変だ。失礼なことを言われてもその場ではうまく怒れず、家に帰ってからふつふつと思い出し怒りが湧くのだ。「その場で言い返してくればいいのに」と言うたび、彼女は「あの時はそれもそうかと思って気づけなかったの。でも、やっぱりおかしいよね」とまくしたてるのだった。
昔からそうだった。すぐに言葉にできないから、いつもふくれて貝のように黙り込む。両親ですら「ちっちゃい頃からあいみはすぐふくれるから、お手上げ」と匙を投げてきた。
だけど、誤解しないであげてほしい。彼女は感情をかき分けて気持ちを理解するまでに時間を要するだけで、だんまりしていたいわけじゃない。考えてもいるし、伝えたい気持ちだってある。考えすぎて時期を失するのは考えものだけど、諦めてるわけではない彼女を見ているといつも背中を押してやらねばと思う。


環境を変えるのが本当に苦手なあーさんだが、最近コツコツと転職活動をして仕事を変えた。人付き合いは悪くはないが、良くも悪くも人の感情に飲まれるから心配だったのだが、どうやら信頼できる人のもとで働けているようだった。
ある日「くーちゃんのやりたいことって何?」と憔悴した顔で聞いてきた時には、前職の不安がよぎったが、どうやら彼女が今まで逃げてきた壁と対峙したようだった。
「大富豪に手伝ってもらって、映画館作って、好きな作品引っ張ってきて好きなだけ上映したい。経営は難しいから、それも手伝ってくれる人は募集だね。カフェ併設したいから、その時はわかなちゃんに声かけるかな。完璧〜」
「くーちゃん、やりたいことのために何かやってる?」
「映画見たり、展覧会行ったり?」
「それをどうつなげていくの?」
「さあね」
あーさんはジロリと目をくれると「やりたいことって、くーちゃんが言うようなことなのかなぁ…」とぶつぶつ言いながら部屋に戻っていった。
そこから2週間ほどいつものようにじっと考え込んでいたが、これから見つけると今の仕事を頑張っていくことに決めたようだった。

最近はやりたいことを見つけるため、人と出会える機会には一番に手をあげて方々へ出かけていくようになった。さらには今までの出会いや思い出の整理もし始めたのだった。思い出を雑多に箱に入れて封じ込めているところがあるので、大丈夫だろうかと思っていたが、時々透明な瞳に涙を並べながらも、終わった恋や信頼していた人との決別を濾過していた。
あーさんはあまり逃げたりごまかしたりしない。何度も何度も感情が両端に振り切れながら、それでも自分なりの落としどころを探っている。すごいことだと思う。
だから、あたしは一つ一つを積み上げようともがく彼女のことをこうして書き残している。
いつかあたしが書きためたものを見てみて、彼女が自分の成長を誇らしく思ってくれたらいい。


「くーちゃぁん、フルーチェって牛乳じゃないと固まんないってー!くーちゃん買ってきてるの低脂肪乳だよぉ」
階下から嘆く声が飛んでくる。2、3日前にあーさんが「フルーチェみたいな、ふるふるメンタル」だと言われて帰ってきたことをのんびりと話していた。それからずっとフルーチェが食べたかったのだ。
安いからと低脂肪乳を一緒に買ってきていたが、材料は目を通しておくべきだったかもしれない。
どうするのかと様子を伺っているうちに心地よい午後の風に意識が遠くなった。

「見て見て。できたよ」
微睡んでいたはずが、どうやらすっかり寝てしまっていたらしい。急な明るさに目をしばたいて見ると冷えた銀のボールとスプーンを持って、つやつやとした笑顔のあーさんが立っていた。
「懐かしいね。食べる?」そう言って、最初の一口をくれるあーさんは本当にいじらしい。
「ああこんな味だったね。やっぱこれ大好き」
「ね。くーちゃん買ってきたのナイスだね」
「ね。フルーチェメンタルって言われたのナイスだね」
まあそんな時もねと、柔らかく微笑みながら二口目を口にする。あーさんは食べている顔が一番幸せそうだ。

「ふるふるでやわやわのフルーチェ」がどんなふうに成長していくかが、たまらなく楽しみだ。そう思いながら、スプーンを奪ってもう一口ほおばった。

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くまみ
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