見出し画像

このボタンを押しても

「ね、アメリカ行くことなった」
久しぶりに連絡がきた思ったら、東京出張と言うから渋谷のお店で会ってるのに、なんなんだろう。

「え、マジ!仕事で?寿々子やっぱ頭いいね。」口々にバレー部の子たちがはしゃぎだす。2人きりじゃないと知ったときには落胆もしたけど、逆によかったかもしれない。思ってもない感想を伝えなくて済む。黙ってるのも不自然なので、目の前の人の笑顔をそのまま貼り付けた。
「大学でも留学生支援したり、英語頑張ってたもんね。あっち行っても余裕じゃん。いつから?」
「美波よく覚えてんね。えっとね、この出張も実はその準備でさ。来月14日に宮城出るよ」
「1ヶ月ないじゃん。どうせまだ何にも用意してないんでしょ。いつまで?」
貼り付けた笑顔が取れかかりながら、必要なことを聞いていく。彼女の友人たちも矢継ぎ早に質問を重ねていった。
「最低2年。その先は場合によるけど、そのままあっちかもな。素敵な旦那様見つけて結婚ってのもね」
今までにそれらしい彼氏もいたことないくせによく言う。
「だね」と適当に相槌を返すと、寿々子は「出来ないと思ってるんでしょ」と口を尖らせてぶつぶつ言っている。いいよ、出来なくて。
高校の頃にはみんな彼氏なんて出来たこともなかったのに、今やここにいる中で結婚してないのは寿々子と私ぐらいになってしまった。30歳を前にしたら、みんなそういうものなのかもしれない。

「なんかいい話で胸いっぱい。お酒って感じでもなくなっちゃった。デザート食べない?」
さっきまで散々海外転勤に興味津々だった子たちは、今度は口々に美味しかったスイーツの話をしている。
いつまでも途切れない話に店員を呼んで、おのおの食べたいものを頼ませる。
食べたいと言い出したくせに、今日のガトーショコラはなんだか味気ない気がして手が止まる。
「ね、美波のうまい?」
「ひと口食べる?」
「いいよ。食べな」


取り壊しが決まった体育館で1年間だけ授業を受けていた。体育館脇にはパック飲料の自販機があって、授業終わりにはいつもいちご牛乳を飲みながら教室まで帰った。
あの時もいちご牛乳だった。
ストローを刺しながら歩いてると、後ろから「ね、それうまい?」と聞かれた。
振り向いた先に寿々子がいた。
「ひと口いる?」
「いいよ。飲みな」
同じクラスだから顔は知っていたけど話したことはなかった。背が高くバレー部のエース。私は外部活だからあまり接点はなかった。
「いつも飲んでるから、うまいんだろなって」
そう言ってニカッと笑う顔は今でも変わらない。

そこからなんとなく話すようになり、卒業してからもなんとなく連絡を取り続けていた。
上京してからも宮城に帰る時には、一度は声をかける。
連絡を取り続けていたといっても、お互い連絡不精を極めていたし、私はあまり実家に帰ることがない。だから、半年に一回連絡があればいいくらいだった。

いつも近くにあったなんてほどでもないくせに、もっと距離が開くと思うと少し寂しい。


線が違うからと寿々子とバレー部の子たちを改札前まで連れて行く。
「美味しかった。美波、趣味いいね。またいこ」
「はいはい。そしたら早く帰ってきてください」
音が雑多に混じるからオーバーなジェスチャーで返す。
寿々子は「だね」とニカッと笑い片手を振ると、改札を通り抜けていった。

チャージのために財布を開いた時、入れたことすら忘れていたリボンを思い出した。
大学受験前に願掛けでクラス全員に配られた臙脂のリボン。友だち同士で励ましの言葉を書き合うのが伝統だった。私はなかなか受験に前向きになれなくて、その時はなんとなくその輪から外れて眺めていた。寿々子だけはそれに気づいたようで、書いて欲しいと言ってきた。書き合ってる中で、書いてもらわないのも気まずい。気まずさを悟られないよう、自分のリボンを差し出した。
「美波だいすき!」
そう書かれていた。取り出さなくてもわかる。受験だというのによくわからないメッセージだと笑ったことまで、覚えている。


あっちに渡ってからは何かと発信していく気でいるようで、SNSの更新頻度は上がった。あの連絡無精が。
こなれた英語のキャプションと日本語文でのキャプション。見知らぬ土地で、服すらうっすら異国感が出るその写真にハートマークをつける。一回しか押すことのできないそのボタン。
相互にフォローしていない鍵付きアカウントの押したハートは多分名前がつかない。

私がフォローしていても、寿々子はそれに気づいていないのか、気づいてて私のアカウントに興味がないのか、一向にフォローしてこない。
それも寿々子らしい気がして、そのままに彼女の投稿を眺め続けている。

甘く響くものがある。持て余すことも知っている。だけど、まだどうしたいかわかりたくない。

だから今日も誰のものか伝わらないままで、あなたに一回きりのハートを投げてしまう。

誰かのどこかに届いたらいいなって思って書いてます! サポートいただけたら届いてるんだなって嬉しくなります。