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“飛ばない複葉機” モーガン 3ホイーラー
本日の投稿は、2018年にイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です。
存在は知っていても、実物にはなかなかお眼に掛かれないクルマがある。
モーガンの「3ホイーラー」はその代表格で、僕も今まで一度も見たことがなかった。
それが、先月、ついに東京でも見ることができたのだ。それだけでなく、オーナーと立ち話もできて、取材の約束まで取り付けることができた。
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モーガンの日本代表法人が発足することになり、明治記念館という庭の美しい施設で記者会見が行われた。招待されたのはメディアだけでなく、日本にふたつ存在するモーガンのオーナーズクラブのメンバーたちも呼ばれていた。
モーガンが日本に輸入され始めた歴史は古く、日本各地の小規模なディーラーが販売していた。オーナーズクラブも古くに発足し、二つ目も10数年前に発足している。
その席で旧知のメンバーから紹介されたのが3ホイーラーのオーナーの鈴木義彦さん(54歳)だった。
鈴木さんは気さくな方で、僕が3ホイーラーに興味津々なことを伝えると、後日、時間を作ってくれることをその場で約束してくれた。
その日の記者会見では、発足したモーガン・ジャパンの新体制が発表された。イギリスのモーガン本社と関係を緊密に取り、新車やパーツの供給を迅速かつ確実に行うことや、日本導入の4モデルなどについてである。3ホイーラー、4/4、プラス4、ロードスターの4モデルなどだ。
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3ホイーラーは、1910年(!)にモーガンが発表し、その後製造していた同名モデルを2011年に復活させたものだ。Vツインエンジンを車体最前部に搭載し、1輪のみの後輪を駆動するという珍しいメカニズムを採用している。
船のようなボディにはドアがなく、上から乗り込むスタイルなども新旧で変わらない。車両本体価格は766万8000円(消費税込み)だが、さまざまなオプションパーツも用意されている。
約束の日にガレージを訪れると、そこは鈴木さんの仕事場でもあった。鈴木さんは「PROTECS」というクルマにコーティングを施す会社を経営している。国内に10拠点構えるうちのひとつがここだ。クライアントの多くは自動車ディーラーや販売業者で、多くの従業員が新車や中古車などを磨き、コーティングを施している。
ここでは主に個人顧客を相手に、特別なリクエストを持った個人のクルマやオートバイ、果ては自転車などを鈴木さん自らが磨いている。そうした顧客たちが寛げるようなラウンジのような設えが施されており、バーカウンターには酒瓶が並び、1970年代の日本のポップスのLPが広げられている。
明治記念館で見たグリーンの3ホイーラーはその片隅に置かれていた。じっくりと見せてもらうと、やはり特異なクルマだ。
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空冷式のVツインエンジンが、ボディの先端に横向きにマウントされている。そこからのパワーは、トランスミッションを経てオートバイに用いられているようなコグドベルトを伝わって、後輪を駆動する。
後輪は1輪だけだからボディの中心に位置していて、横に立ったところからは見えない。地面に顔を近付けて覗き込むと、ようやくコグドベルト越しに後輪が見える。
ドアもサイドウインドウもない運転席はむき出しだ。オプションのレーシングタイプのウインドスクリーンに交換してあるから、余計に昔のレーシングカーや複葉機のように見える。
でも、スピードメーターやタコメーターなどが取り付けてあるベゼルやその下に並んでいる各種のレバーなどはモダンなデザインが施されているのが面白い。
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鈴木さんが購入したのは2017年のことだった。相手は、モーガン・クラブ・ニッポン前会長。
「3ホイーラーが欲しくて、ちょくちょくモーガンオート・タカノのショールームに寄っていて、紹介されたのがこのクルマでした」
モーガンは新車を注文しても、ハンドメイドだからが故に納車されるのが3年先とも5年先とも言われていて、程度の良い中古車で乗り始める人が珍しくない。その時にやはり頼りになるのがクラブということになる。
つまり、モーガンはモーガンに純粋に乗りたい人だけを相手にする小規模なディーラーがあって、オーナーズクラブと緊密に連携している。
鈴木が3ホイーラーに乗りたくなったキッカケはオートバイのハーレーダビッドソンにある。
「ハーレーに乗る延長で3ホイーラーに興味を持ち始めました」
鈴木さんは5台のハーレーを乗り継ぎ、今でも2台を楽しんでいる。
決定的にしたのが、そのハーレーに乗ってツーリングに出掛けた時に、偶然に遭遇した3ホイーラーだった。
「東名高速道路の中井パーキングエリアで休憩していたら、本線から3ホイーラーが入ってきたんです。“うわぁ~、3ホイーラーだ”って、眼が釘付けになってしまいました」
どんな様子だったのだろうか?
「いやもう、入ってきた瞬間から存在感が他のクルマとはまったく違っていましたね」
休日のパーキングエリアだから、さまざまなクルマが停まっている。中井というパーキングエリアは東京と行楽地で有名な箱根の中間に位置しているから、フェラーリやランボルギーニなども珍しくない。
「最新のどんな高級車よりも存在感がありましたよ。個人的にも、私は昔のクルマの方が好きなんです。今のクルマは便利で速いですけれども、どれも個性がありません。多少は疲れても構わないから昔のクルマに乗りたいですね。その気持ちは今でも変わりありません」
鈴木さんの3ホイーラーは100年以上前のものを蘇らせたカタチをしているとはいえ、2012年に製造された現代のクルマである。すべてのクルマをデザインや設計を昔と変えずに造り続けているモーガンだからこそ造り得た1台だ。
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3ホイーラーを表に出してもらった。好天のもとで、グリーンのボディやVツインエンジンが映える。クラシックスタイルのオーバーオールを着て、キャップとゴーグルを被った鈴木さんの姿は3ホイーラーにキマり過ぎるぐらいにキマっている。
路肩に停めて撮影をしていると、道ゆく人が話し掛けてくる。
「なんていうクルマですか?」
車名は知らなくても、独特の存在感が人を惹きつけるのだろう。
「モーガンというイギリスのクルマで、日本でも新車で買えるんですよ」
答えを聞くと、みんな一様に驚く。
「写真を撮られることには、もう慣れました。この間なんて、高速道路で隣のクルマがスマートフォンをこちらに向け続けて動画を撮影して、ずっと横を走り続けていましたよ。ハハハハハハッ」
クルマ好きじゃなくても、誰だって、3ホイーラーと遭遇したら撮影したくなるなるだろう。
でも、3ホイーラーと遭遇した人々の顔がみんな和やかになっているのがいい。3ホイーラーを見ることによって、人々の気持ちが癒されているのではないだろうか。
それこそフェラーリやランボルギーニなどを前にした時の表情とは正反対のものだ。それもまた、3ホイーラーの、あるいはモーガンというクルマの持つ独特の存在感のなせる業なのだろう。
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走る姿も独特だ。ビートの効いた排気音を響かせながら、リズミカルに向かってくる。
「タイヤをハーレーのものと交換したので、ワダチでハンドルを取られて、真っ直ぐに走るのが難しかったんです」
標準で装着されていたタイヤはブロック形状のトレッドパターンのもので、路面の舗装のつなぎ目や段差などを乗り越える時に、それに影響されて進路を乱されることが多かった。ハーレー用のタイヤに交換したら、それは治った。
「これよりも新しい3ホイーラーはトランスミッションからの変速ショックがなくなって滑らかになり、走りやすくなっていましたね」
クラブのラリーで、メンバーの3ホイーラーと交換して乗り較べてみたら、新しいものの品質が向上していることがわかった。モーガンも漫然と造り続けているのではないということだ。
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「でも、空冷エンジンだから、渋滞に巻き込まれるとオーバーヒートすることもありますよ。カネコさんも運転してみませんか?」
さっそく、運転させてもらうと、鈴木さんをはじめとするモーガンオーナーの気持ちがわかった。
独特という言葉だけでは形容し切れない運転世界があった。モーガンはプラス4を以前に何度か運転したことがあったけれども、3ホイーラーと較べたら、プラス4はまだまだ現代的なクルマだ。
3ホイーラーは、むき出しのエンジンが眼の前にあって、風が直接にこちらの身体に当たって来る。これは“飛ばない複葉機”そのものではないか!?
現代のクルマが自分自身をカバーし、外の空気を遮断することによってどんどんと密室化していっているアンチテーゼとして、むき出しの3ホイーラーは存在感を際立たせている。これはもう、クルマであってクルマではない。
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近い将来、仮にすべてのクルマに自動運転が義務付けられるようになったとしても、モーガンだけはこのままの姿で生き残るだろう。公道は走れないかもしれないが、サーキットや閉鎖された道路などで、忠実なペットのように人間に寄り添って存在していてくれるに違いない。最も古いクルマが、実は最も未来的なのである。
このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com
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