ヘッドセットを被って外が見えないはずなのに、なぜ運転して戻って来れたのか? 試乗ノート#18 MINI “Mixed Reality E-GOKART”
クルマの新技術というものは、メディアを通じて世間に披露される頃には、もうすでに完成しているか、ゴールが見えている場合がほとんどだ。
だから、どのようなかたちで製品に組み込まれ、ユーザーがどんなメリットが得られるのかるのかがハッキリしている。各地のモーターショーなどで展示されている新技術などは、そうしてお披露目と宣伝の両方の役割を兼ねている。
しかし、先日、そのゴールがこちらからはまったく見えない新技術を搭載した「MINI Mixed Reality E-GOKART」というテストカーに試乗することができた。
場所は、スペインのバルセロナ近郊。山の中のそれほど広くはない未舗装の空き地だった。何本か並べられたパイロンを巡って、多角形に一周するコースだ。コースといっても白線で区切られているわけではなく、パイロンはあくまでも目安だ。
乗り込んだところからスタートして、3周して終了。前の人の走り方を見ていると、10~30km/hぐらいのスピードで走り、途中で一時停止もしている。
テストカーは新型MINI COOPER SEを元に造られていて、黒いボディに緑色の細い線でグラフィカルに描かれたOとXの模様で擬装されている。
自分の番になって、運転席に座り、助手席のスタッフから渡されたヘッドセットを被った。スキー用のゴーグルよりも大きく、中は全面がスクリーンとなっているから被ると真っ黒で何も見えない。
これでどうやって走れば良いのか!?
と不審に思った瞬間に明るくなって、VR(Virtual Reality、仮想現実)空間が映し出された。
“アニメーションのように表現された架空の街の道路に停まっているクルマに乗った自分”が設定されている。助手席のスタッフの「レッツゴー」に促されて、走らせ始めた。
アクセルペダルを踏み込んで加速していくと、VR空間の中の自分とクルマもそれに連動して、走り出していく。見えているのは仮想現実(VR)空間なのに、手足を通じて伝わってくるのは土の路面とタイヤの感触なのが不思議だ。アニメーションは第三者の視点から描かれているから、街並みも後方へと流れていく。
シンプルなアニメーションとはいえ、一般道から高速道路に乗り、再び一般道に降りてからは山道に入っていく辺りは凝っている。右に左に道が曲がるのに合わせて、こちらもステアリングを切っていく。一時停止するところもあれば、現れた障害物を避けるために急角度で曲がるところもあった。
その時は何の疑いも持たずに運転操作を行なっていたが、いま考えると不思議だ。ヘッドセットの中にはアニメーションしか見えておらず、現実世界は何も見えていないのである。パイロンに接触したり、最悪の場合は敷地を飛び出して隣接地との境界になっているフェンスや塀にブツかってもおかしくはない。
つまり、自分は眼を瞑って運転しているのと変わりないのである。でも、コースに従って、右に左に曲がり、大きく逸脱することもなく周回を繰り返し、スタートしたところに戻ってくることができたのだ。
これが不思議でなくて、何なのだろう?
https://www.picdrop.com/bernhardfilser/6AKaBJQfcJ?file=656f5fa4ecc8ac05e93d80aeaa108251
VR空間に映し出されているアニメーションと現実がシンクロナイズでもしていない限り、コースアウトせずに周回し、スタート地点に戻ってくることは不可能だ。VRをなぞるように運転することで、クルマは安全に現実世界を走ることができたのだ。
しかし、アニメーションと現実がシンクロナイズできたとしても、こちらの運転が寸分違わずにそれに合わせることができなければ、すぐにズレが生じる。ズレはどんどんと拡大していき、とてもじゃないが3周回るなどということはできない。
さらに、ズレはドライバーの運転でも生じる。一流のテストドライバーでもない限り、現実世界を見ることなく、同じペースで同じ軌跡を描きながら周回するなどという芸当はできるわけがない。
つまり、VR空間内のアニメーションと現実世界のコースとドライバーの運転、これら3つがシンクロナイズしなければ、現実世界を見ることができていないドライバーがコースを周回させ、スタート地点に戻ってくるなどという芸当は奇跡が起きても実現しないのである。
ということは、消去法で考えていけば、VR空間のアニメーションの方からドライバーの運転に合わせていっているとしか考えられないのだ。加速が強すぎたら、それに合わせてアニメーション上の道路の距離を伸ばし、コーナーで大回りしそうになっていたら、アニメーション上のコーナーの径を小さくして帳尻を合わせたりしているのではないか?
ドライバーの運転はつねに捕捉されていて、いくつかのズレを修正するためにVR空間内で瞬時にアニメーションが補正され続けているのではないか?
そのような仮説を立てないと、説明ができない。BMWは、「このMixed Realityは、自動運転技術に関する先行的な開発」であって、これがこのままの姿ですぐに製品化されることはないと発表している。
では、“このままの姿”ではないにしても、何を目指しているのか。
ひとつ想像できるのは、現実空間をVR空間に置き換えることで、ドライバーの認識漏れや疲労による把握不足などを補うことだろうか?
137年前に自動車が生まれて以来、進むべき道路や空間などの周辺状況はドライバーがすべて認識して、それに基づいて手足を動かして操縦していた。その認識をクルマに任せてしまえば、ドライバーのミスや疲労などに起因する事故を防ぐことができる。
現実に、現在販売されているクルマが搭載しているACC(一定の車間距離を保ちながら前車に追走していく)やLKAS(車線からハミ出そうとするとステアリングを戻す)などの運転支援機能も、運転状況の認識の一部をクルマに任せている。
ただ、現実世界の認識をVR空間に置き換えてしまう理由がよくわからなかった。カメラやレーダーなどの個数を増やし、精度を上げ、コンピュータの演算速度を向上させることによって現実世界を把握する能力を上げることが運転支援の能力を上げることと同義になると考えられるからだ。
いずれにしても、人間の認識能力を超えたデジタル技術が開発されることは間違いないのだろう。そう遠くないうちに、人間がクルマを運転していた主従関係が、VRなり自動運転技術などの進化によって、クルマが人間に運転をさせるように逆転してしまうのかもしれない。