クルマ好きがクルマのどこにどんな魅力を感じるのかを良くわかっている アルファロメオ SZ
このテキストノートは2018年のイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com
誰もが“美しい”と認めるクルマがある一方で、“どうして、こういうカタチになってしまったのだろうか?”と理解に苦しんでしまうクルマもある。
ランボルギーニ・ミウラやフェラーリ・デイトナは、誰が見てもその美しさに圧倒される。時代をもっと遡れば、ジャガーEタイプやベントレー・S2コンチネンタルクーペなども美しく、さらに昔ならばブガッティ・T57アトランティークやキャデラック・V16ロードスターなども永遠の美を備えている。
しかし、1989年から92年まで1000台限定で造られたアルファロメオSZはその反対とと言えるような存在で、必ずしも誰もが“美しい”と認めるとは限らないカタチをしている。
SZは、1989年のパリ自動車サロンで発表されたアルファロメオのコンセプトカー「ES-30」を発展させたものだ。SZという車名は、「Sprint Zagato」に由来している。トリノのカロッツェリア「Zagato」がコンセプトカーのデザイン段階から携わり、製造はザガートの工場で行われた。
メカニズムとしては、当時に製造されていた4ドアセダン「75」を踏襲していて、搭載する3.0リッターV6エンジンは最高出力を210psにまでチューンアップしている。
日本での新車価格は1200万円と高価で、輸入台数も少なかったが、生産を終了してから並行輸入されたものもある。
1000台限定で造られたことが示しているように、SZは特別なアルファロメオの高級スポーツカーとして誕生し、一代限りで消滅してしまった。
東京に住む会社員のオーナーさん(52歳)もそう考えていて、2008年に1991年型のSZを手に入れた。
「何にも似ていないクルマが好きですね」
たしかに、SZは他のどんなクルマにも似ていない。似ていないどころか、強烈な個性を放っている。SZに似せたクルマというのも他にない。
正面、真横、後ろ姿。どこから眺めても、SZは個性的だ。
正面から見ると、小さめのライトが左右に3個ずつ計6個も並んでいる。外側からロービーム、ハイビーム、ポジションライトの順だ。この時代は、まだLEDはおろかプロジェクタータイプのライトでもまだ一般的ではなく、ハロゲンライトを内包した矩形もしくは円形の大きなユニットがヘッドライトを形作っているのがほとんどだった。そこをそれぞれ三つに独立させたライトを真横に並べた理由がわからない。わからないけれども、このクルマならではの個性を与えていることは間違いない。
中央にはアルファロメオの盾が形作られているはずなのだが、他のアルファロメオ各車のようなクロムメッキされた盾はなく、盾のカタチに穴が空いていて虚を突かれる。
真横から見ると、ボディ下半分は前が薄く後ろにいくに従って太くなっていく楔そのものだ。
テール部分左右の角がほとんど直角に切り落とされ、楔にしか見えない。
ボディ下半分は直線と平面で構成されているのに対して、そこに載っているキャノピー部分に直線と平面はなく、曲線と曲面でまとめられている。ルーフの後半部分は湾曲した大きなガラス製で光を反射し、艶消し塗装されたAピラーと組み合わされ、独特の見え方をしている。
どこを切り取ってみても特徴があるし、一台丸ごと眺めても他とは同じカタチをしていない。見れば見るほど味が出てくる、というか不思議な想いに捉われてしまう。
しかし、ただ奇を衒っだけの変わったカタチなのかというとそんなことはなく、この造形として首尾一貫していることは間違いないのである。
そして、このカタチが好きか嫌いかは別として、このカタチが人を魅了することもまた確かなのである。
オーナーさんの他の好みのクルマを教えてもらうと、そこにはある傾向があった。
「このクルマを買わなかったら、1974年頃のディーノ308GT4を買っていたかもしれません」
フェラーリ・ディーノ308GT4はV8エンジンを積むフェラーリだが、エンツォ・フェラーリの亡き息子ディーノの名前を冠し、フェラーリの馬ではなく黄色地にDinoと書かれたエンブレムが付けられていた。
2+2の2列シートを持ち、決してカッコ悪いわけではないのだが、あまり人気がない。
「ハハハハハハッ。カネコさんが挙げたミウラやデイトナなどのような流れるような曲線が美しいクルマが好みではないことは確かですね。他には、アルファロメオ・アルフェッタGTやアルファスッド・スプリント、フォルクスワーゲンの初代シロッコなどが好みです」
1970年代から80年代に掛けての直線と平面が主体のデザインが施されたクルマが好みだ。
18歳で運転免許を取り、最初のクルマにはフィアットX1/9を買いたかったけれども、親の反対でホンダ・CR-Xに変更した。だが、これも反対され、同じホンダの2代目プレリュードを買ってもらった。
大学を卒業し、大手都市銀行に就職。故郷を離れて大阪に赴任し、クルマのない暮らしを3年送り、1991年に結婚。ほぼ同時に、アルファロメオ75ツインスパークを新車で購入。諸費用込みで約400万円だった。
この75がSZの伏線となっている。
「アルファロメオには、いつか乗りたいと思っていました。75のことは、1985年のデビューの時から自動車雑誌を読んで知っていました。重量配分を前後50対50に近付けるためにギアボックスをリアにマウントするトランスアクスル方式やトーションバー式のサスペンションスプリング、ドディオン式のリアサスペンションなどの独創的なメカニズムに惹かれました」
75の主要メカニズムは、その前の「アルフェッタ」シリーズから引き継ぐもので、当時は独創的で高度なものだった。
「“75に乗ったらスゴいんじゃないか!?”と自分が運転している姿を想像し、買いたいと思っていましたね」
75には17年間乗って6万km走った。北海道にも2回旅行した。
憧れていたメカニズムがもたらす走りはどうだったのだろうか?
「独特でした。ハンドリングはシャープではなく、ボディをずいぶんとロールさせながらコーナリングしていきます」
過大なロールはスポーティな走りの妨げになりそうだが、そんなことはなかった。
「ロールを利用して曲がっていくという考え方なのですね」
僕も75の運転感覚には同じような感想を持っている。4輪のサスペンションがそれぞれに良く上下動して、タイヤを路面から離さないように掴んでいた。それがアルファロメオ流なのだと強く感じたのを憶えている。
75を気に入って乗っていたが、小柄な妻が運転するのには運転席を一番前に引き出しても足らず、中古のルノー・ルーテシアを買った。インターネットオークションで40万円だった。他に、1967年型のフィアット850も持っていたから、3台クルマを持っていたこともあった。
その後、ルーテシアをプジョー307ブレークに換え、850を160万円で手放した。どちらも、インターネットの「ヤフーオークション」で買い、売った。
ヤフーは日本に数あるオークションの中でも最大規模で、クルマそのものやパーツなど、様々なものが出品され、売買されている。クルマとその関連商品の売買にインターネットを活用している人はとても多い。
「ヤフーオークションでは、いろいろなものを買いました。早く帰宅した晩や週末などは、“ネットパトロール”が欠かせませんね」
オーナーさんが、2008年にこのSZを買ったのもヤフーオークションだった。都内の自動車販売業者が手持ちのSZを300万円でヤフーオークションに出品していた。リアからの異音が認められたので、275万円に値引きされた。それ以外は、走行距離がまだ6300kmの良好なコンディションだった。
「いつかは手に入れたいとずっと思っていたクルマなので、とてもうれしかったです」
なかなか遠くに出掛けられずにいるが、それでも愛好クラブ「ザガートジャポネ」が主催したSZ生誕25周年記念イベントには静岡県の沼津まで走って参加した。
ふだんは、休日にSZを連れ出して自宅の周辺などを走らせるのを楽しみにしている。
「SZは75よりも機敏です。ハンドルを切ったり、アクセルペダルを踏んだ反応がダイレクトに現れます。だから、クルマとの一体感が大きいですね。コーナリングスピードも高く、自分の運転がうまくなったような気がしてきます」
東京湾岸沿いにある「船の科学館」駐車場で行われていた「有明会」という集まりも、自宅の近くを走っていた時に偶然出くわした。今は場所を若洲公園に移して「若洲会」という名称に変わって、毎月第2日曜日に行われている。
この会が独特なのは、公園の駐車場に自分のクルマに乗って三三五五集まっては立ち話するだけという、束縛のようなものが一切ないところだ。集合時刻や解散時刻すら定まっていないから、好きな時に来て好きな時に帰る。会則や名簿などあるはずもない。だからがゆえなのか、会はずっと続いていて、SZを手に入れて以来の10年間通っている。
ちょうど、開催日なので僕も連れて行ってもらった。
天気が良かったこともあって、すでに公園の駐車場には30台くらいのさまざまなクルマが停まっていた。日本車も外国車も来ていたが、中でも異彩を放っていたのはインドのヒンドスタンだった。オーナーの男性が質問攻めに会っていたが、うれしそうに答えていたのがこうしたオフ会の和やかなところで良い。良く知っている人もいれば、そうではない人もいる。
SZも最初のうちは遠巻きにされていたが、オーナーさんがボンネットを開けると、人の輪がグッと小さくなり、みんなエンジンルームを覗き込み始めた。話し掛ける人も出てくる。
ボンネット裏側のスポンジが“6C”というカタチに凹んでいるのは、エンジンのヘッドカバーが当たっているためだ。それだけギリギリの隙間しかない。
スポンジは新しく、張り替えたものだ。「SZレジストリ」というサイトを主宰しているオランダのヴァンデンピーク氏から分けてもらい、輸入して自分で張り替えた。
個性的なエクステリアデザインがSZのまず第一の魅力となっているが、上質なインテリアもそれに劣らない。
「限定生産のクルマの割りにはちゃんとしていますね。75と共通のところは残しながら、それ以外のスペシャルなところに腕をふるっている。アルファロメオの玄人っぽさと言うのでしょうか、クルマ好きがクルマのどこにどんな魅力を感じるのかを良くわかっているのでしょうね」
同感だ。久しぶりに、こうしてSZを間近にしたが、こんなに魅力的だったとは思わなかった。
「自分にとってのSZは単なる移動手段以上のものです。乗って楽しく、運転して気分が晴れます。それは、75の実力が高く、長く乗り続けたことが基礎にあるのだと思います。だから、それを引き継いで特別にしたSZへのモチベーションが下がらないのでしょう」
オーナーさんは自分の想いとSZの魅力を冷静に分析してみせた。またどこかで再会する時まで、このままずっとSZに乗り続けてもらいたい。